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自作小説倶楽部 第6冊/2013年上半期(第31-36集)  作者: 自作小説倶楽部
第34集(2013年4月)/「夜桜」&「ジレンマ」
43/63

06 かいじん 著  夜桜 『丑の刻を駆ける鬼』

 車窓の外では、陽が落ちて、次第に春霞の空が闇に包まれて行くのが見えた。汽車は蒸気と煙を吐きながら、山あいの谷間を流れる川沿いに沿って並行しながら走り続けている。ぼんやりと、がらんとした車内に目を移すと、斜め向かいの座席に座っているロイド眼鏡を掛けた中年男が手にしている新聞の見出しに、公布されたばかりの「国家総動員法」の文字が見えた。昨年からわが国はずっと支那で戦争を続けている。


♪ 臣民我等皆共に御稜威みいつ()はむ大使命

  往け八紘はっこういえとなし

 四海の人を導きて

  正しき平和打ち立てむ……


  嗚呼悠遠ああゆうえん神代かみよより

  轟く歩調受け継ぎて

  大行進の行く彼方

  皇國こうこく常に榮えあれ ♪  

 (愛国行進曲)


 僕は一年前に村から町に出て徴兵検査を受けた時の光景を思い出した。

   ・・・

「軍医さん、わしゃあホンマに結核なんですかのう?」

 検査官の軍医に僕は訊ねた。

「貴様、陸軍軍医のワシの診察を疑ォとるんか? 貴様は確かに結核じゃ。今の体じゃお国の役に立てりゃあせんわい! しっかり、養生せい!」

 検査官の軍医はそう答えた。

   ・・・

 汽車がトンネルに入り、窓の隙間から冷たい風が入り込んで来て僕は少し咳き込んだ。僕の父も母も僕と姉がまだ幼い頃に結核で相次いで死んだ。その後僕は、2つ上の姉とともに祖母に引き取られて村にある

祖母の家で暮らす様になった。3年前に姉が少し離れた他の村に嫁入りして、今は祖母と2人で暮らしている。そうして僕は21歳の今日まで生きて来られたわけだけども僕も両親と同じ様にそれほど長くは生きられない気がする。僕は窓の外を流れて行く闇を眺めながらそんな事を取りとめもなく考えた。

   ・・・

 荷物を抱えて、プラットホームに降りると真っ黒い山並みの上の方に朧月が浮かんでいるのが見え、少し湿り気のある、春の夜風が心地よく感じた。駅の改札を抜けて、駅前の小さな広場には薄っすらとした月明かりの下で何本かの桜が満開になっている。

 僕はその真下に立って枝々を埋め尽くした花を見上げながら、ちょうど1年前の今と同じ頃、夜になって真っ暗になってから村の神社の境内に行き、満開の桜の木の下の暗がりの中で密やかにサエと会って過ごしていた事を思い出していた。

 今ではいろんな事が、あの頃とはすっかり変わってしまった……。駅前の広場を抜け、何件かの家を通り過ぎて、田んぼの中を山際に向かって伸びた、真っ暗な道を月明かりを頼りに祖母と暮らしている家のある

集落に向かって歩いて行く。道は途中で別の集落に向かって行く道と僕の集落に向かって行く道との二手に分かれていて、道の脇に沿って続いている電柱と電線もそこでもまた二手に分かれている。

 僕は集落が停電になった時、集落の人達から修理を頼まれて、その電柱に上った事があるので、その気になれば、僕の集落の送電だけを切断して集落を停電させる事が出来た。僕はその分かれ道を左に曲がり山の峠に登って行く途中にある僕の集落に向かって歩いて行く。

   ・・・

 僕が徴兵検査で丙種合格(注・この頃では召集される事が無く事実上の不合格に近かった)になり、結核である事が知れると、集落の中で僕は少しずつそれまでとは違う目で見られる様になって来た。

「なんぼ頭がええ言うてもなあ……お国の為に役に立てんのじゃったらおえりゃあせんがな」

 集落の女の1人は、僕が側を通りがかった時、僕に聞こえよがしに一緒にいた女に向かって言った。その女は僕が18の時、僕に女を教え、僕に女の体で孤独を紛らわせる事を覚えさせた。

「あんたも、今までずっと一緒におったお姉さんが嫁いで行ってしもうて寂しゅうなってしもうた

な。……まあ、ちょっとウチでお茶でも行きんさい」

 そう言って亭主が遠くに出かけていない日に僕を家に招き入れた。それから、集落の何人かの女と関係を持ち、一時の間、孤独を紛らわせる事が出来る様になった。僕は山奥の集落で鬱屈した思いを内に感じながらも、そうやって何とか日々を過ごしていたが、やがてサエと会う様になって、それまでとは違った、それまで感じられる事の無かった満ち足りた気分を感じられる様になった。僕とサエは相手を求め、相手に求められる関係になった。

 しかし、そのサエも手のひらを返した様に冷淡になった、他の女たちと同じ様にやがて僕を避ける様になり、その後縁談がまとまるとすぐに 他の村に嫁いで行った。

   ・・・

 竹藪には囲まれた真っ暗な坂道をしばらく登って歩き、藪を抜けた所でようやく僕の暮らしている集落が見えて来る。いつの頃からか、僕の心の中には、押さえ切れなくなった感情が出口を失ったままぐるぐると渦巻いていて、それがずっと僕の胸を疼かせている。僕は長い間、その感情を爆発させる事をずっと考え続けている。しかし、祖母や今は他家に嫁いでいるが、子供の頃、母親代わりの様にずっと面倒を見てくれた姉の事を考えると、僕の心は暗く、重くなる。

   ・・・

 祖母が寝静まった後、僕は自分の部屋として使っている、屋根裏部屋で今日、町で調達して布に包んで持ち帰って来た日本刀を取り出して電球の下で鞘を抜きあらためて刀身を調べて見た。次に部屋のずっと奥に隠しておいた、五連発式を自分で九連発に改造したブローニング猟銃を手にとってその重量感を確かめた。

猟銃を隠している場所には900発の弾と懐中電灯も2つ用意してある。

 僕はそのひとつを手にとって、電球を消して、それを点灯させてみた。暗闇の中で懐中電灯に照らし出された部分の壁が小さな輪になってぼんやりと見えた。小型なので、光も弱く2つ同時に点灯させたとしても照らせる範囲は小さいだろう。

(自転車用のランプならもっと明るく広い範囲を照らし出せる……)と、僕は思った。

 電灯を消すと部屋の中は真っ暗になった。

(来月、サエが家の手伝いの為に、この集落に帰って来る……)

 3日前、祖母が集落の誰かからそう聞いて来た。暗闇の中で僕はその事を思い出していた。

   ・・・

 昭和13年(1938)5月21日。同日午前一時四十分頃から、同三時前後にかけてO県T郡N村K部落に於いて同部落に住む、21歳の青年が自宅で祖母をナタで、殺害したのを皮切りに、5連発猟銃を、改造した9連発銃、日本刀等で、武装して11件の民家を次々に襲撃、わずか1時間あまりの間に30名を殺害(即死28名、重傷後死亡2名)重軽傷者3名を出すと、言う事件が起こった。襲撃された家は、1軒を除き、全てK部落内にあった。犯人は、事件直後に、山中で自殺した。

     了


(※この話は実話をヒントにしたフィクションです。)

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