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自作小説倶楽部 第6冊/2013年上半期(第31-36集)  作者: 自作小説倶楽部
第34集(2013年4月)/「夜桜」&「ジレンマ」
40/63

03 E.Grey 著  夜桜 『公設秘書・少佐』

  清水へ 祇園をよぎる桜月夜 今宵会う人 みな美しき


 近代の歌人・与謝野晶子の首だ。今回の事件はこの中に謎解きの鍵がある。

 高度経済成長期に湧く一九六〇年代。ソビエト連邦やアメリカ合衆国といった第二次世界大戦の戦勝超大国が、有人ロケットを宇宙に飛ばし、世界に国威をみせつけていた。曖昧ファジーなものは、どんどん、片隅に追いやろうとするのだが、一般大衆はまだまだ迷信深い。ホラー映画は相変わらずヒットし、怪獣・ゴジラは皇居を外した東京市街を破壊していた。

 そのころ、私が住んでいる長野県の山間部・月ノ輪村では村を挙げての桜祭りの準備で大わらわだった。もっと忙しい事態になっているのは、パトカーやら報道陣の存在。非常に沢山押し寄せてきている。もちろん祭りの警護や取材のためではない。別件だ。

 村役場はブロック塀と桜の樹で敷地を囲っている。塀の門扉のところに、寄棟平屋の建物があり、バス停にもなっている。そこへ、 若い女性車掌がいるボンネットのバスが、村役場前のバス亭前に停まった。降りてきたのは、黒スーツの若い男で、身長は百九十センチある衆議院議員の公設秘書・佐伯祐さえきゆうだ。

 バスが走り去る。

 出むかえた私は三輪明菜(みわあきな)。村役場職員である。ブラウスに灰色地にチェックの入ったチョッキを羽織り、スカートがセットになった事務服を着て、黒いロングソックスに底の低い黒靴を履いている。肩まで伸ばした髪で細面で丸眼鏡をかけているところが、「村長にいわせるところの、なんとなくアカぬけていない」という言葉は、トーキョーからやってくる、この男の言葉だ。

「お久しぶりです、少佐」出迎えた女子職員は無表情だ。

「殺人事件……警察の仕事だ。センセイや私が出る幕ではないと思うのだがね」

「いえ。あなたが警察に助言をすれば、停滞した捜査はたちどころに進展する。村長はそうおっしゃっていましたよ」

 田舎という世界は強力なネットワークをもっている。隣の家が百メートル離れていても、小学生の子供が風邪を惹いたことや、婆様が敷居でつまずいて転んだことまで知っている。この村出身でトーキョーに住んでいるセンセイが、自分の代理人として、よく派遣する男のことが話題にならないはずがない。やたらに背が高く、嫌味なことにハンサムだ。佐伯が来ると、村の女性・幼稚園児から九十九髪の老婆まで浮き立つ。

 村人たちはなぜだか、佐伯を、「少佐」と呼んでいる。まあ、私は部外者のようだが。

「しかし、明菜君。いつもながら君は事務的だな」黒スーツがいった。

「少佐、人のことはいえませんよ」事務服の私が答えた。

 背丈のある青年は、両手の人差し指で口の端をつまんで、「笑えますよ」といった。

 白目をむけている眼鏡の明菜も真似して、両手人差し指で、口の端を上げ、笑う素振りをして対抗した。

 場所代わって、県警が現地捜査本部を置く村の駐在所だ。私は、佐伯を、板を張り付けた切妻屋根平屋に案内した。県警本部から出向してきた桜木警部と、駐在の安田巡査が待っていた。

「村会議員・熊田清四郎氏一家が惨殺された。凶器は匕首あいくちと思われる刃物。遺留品は変った書体で書かれた、『祇園』と書かれた護符のような神切れが一枚。ほかに遺留品はない。証言はいくつかあるが決め手に欠ける……」

 警部は、現場見取り図と写真、それから、例の護符をみせた。

「ほお」無表情の佐伯が、珍しくはにかんだ。

「えっ、佐伯さん、もう何かひらめいたのですか?」警部がそういってから、巡査と顔を合わせた。

「確証はありませんがね。じゃあ、現場へ案内してくれませんか」

 村会議員宅は、砂利道の県道から坂道を上ったところにある。石を積んで平場を設け、そこに、茅葺屋根の母屋、納屋、蔵を並べている。敷地の横には牛舎があり、糞の臭いがする。私たちは、一様に、ハンカチで鼻を覆った。

 待ち構えていた各新聞社のカメラマンが、盛んにフラッシュをたく。

  ――惨劇に思わず涙する捜査陣

 地元新聞社が翌日の朝刊に写真入りで書いた記事の見出しだが、嘘だ。しかし翌日の捏造が起こることを、佐伯が予想していたか否かということは、本編とは無関係な事なのであえて語るまい。

 一般人立ち入り禁止のロープ結界をくぐって、佐伯が、一家惨殺があった部屋・居間に通される。佐伯は、囲炉裏があり、奥に祇園神を祀った神棚に目をやり、「なるほど」とつぶやいた。

 三輪は、県警の警部と駐在所の巡査は顔をまた見合わせるのをみた。

 そこで、巡査が聴き取り調書を読み上げた。


証言1 村会議員仲間 「熊田さんか。今になったからいうけど、前回の選挙では危なかった。対立候補の鈴木さんが追い上げてきてね。熊田さんは大層な金をばらまいたみたいだ」


証言2 近所の親戚 「殺人事件当日の不審者? そういえば、見慣れない連中が出入りしていましたね。山伏みたいな恰好の人もいましたよ」


証言3 農協関係者 「借金? けっこうあったみたいだ。どっかから借りたかって? そこまでは知らねえな」


 巡査の話の最後で、警部が付け加えた。

「容疑者は、対立候補で落選した鈴木氏が一番だ。熊田さんが殺されたことで繰り上げ当選になる。以下は、山伏ほか熊田邸に出入りしていた連中の存在。いくつかの神社関係者だ。神社の寄付金を募っていたようだ」

 背の高い佐伯が、土間に這いつくばって、入口から居間に至る場所の検分を行った。足跡を保存するため、もちろん、そこは板が敷かれ、踏み荒らされないようにしてある。

夕食ゆうげの膳が弾き飛ばされ、畳に汁がこぼれたままだな。犯人は居間に上がり込んで、刃物を振り回したので、一家が逃げ回ったからだ。居間には犯人が土足で上がった跡がない……」

 佐伯はそこで、何か小さなものを拾った。糸のようなものだ。丁寧にハンカチにくるんで巡査に渡す。警部も巡査もあまり関心がないという顔が率直にでている。私も彼ら同様に、その糸くずが、事件に直接結びつくとは到底考えられるものではないと思えた。

 私が首を傾げているのを尻目に、佐伯は、警部に、こんな提言をした。

「犯人の熊田一家殺害の動機が、清四郎議員に集中しすぎる。家族の動きも注目すべきだ」

 熊田家の家族構成は四人。隠居の弥太郎六十歳、清四郎四十五歳、妻の冴子四十歳、娘のヒトミ二十歳である。

     *

 聴き取り調査に佐伯も加わった。ご近所、田畑家畜の取引先である農協、村議会と、私は彼を案内する羽目した。村から借りた自転車で、凸凹の砂利道をゆくのだ。何度かパンクした。それを修理するのが私の役目でもあった。チビ禿げ村長の考えることは分からない。ハッキリいって、男子職員の仕事ではないのか。

 気を取り直した私は、当たった先で、さらなる証言を得ることができた。


証言5 出入りの職人 「熊田さんちの一人娘ヒトミさんが美人かどうかって? ああ、綺麗な人だったよ。男を離れに惹きこんで何回か寝てたんだな、きっと。朝早く、屋敷にきたら、夜這いにきた若けえ男をみたぜ」

諸言6 後援会関係者 「恨み? 隠居の弥太郎さんのときからあった。熊田家といやあ、このあたりじゃ一番の素封家だ。財をなすからには、それなりに、汚いことにも手をだしたろうさ。戦前に、ダム建設の話が持ち上がっていてね。当然、反対運動が起きた。弥太郎さん、強引に、そういったところに、施主がよこした金で相手の顔を引っ叩いたか、さもなくば村にいられなくなるように仕向けた。皮肉なことに、先の大戦でダム建設計画はパアになったがね」


 佐伯と私は、駐在所で詰めていた警部と巡査に新規情報を伝えた。

「佐伯さん。そろそろ、あなたの仮説を訊かせてくれませんかね?」巡査が入れてくれた番茶を、警部は私たちに勧めていった。

 長身を黒スーツの男がいった。

「祇園というのは、仏教でいう釈迦が創設した仏教アカデミーたる祇園精舎をさし、そこの守護神が祇園神です。この神様の出所は不明とされますが、朝鮮半島の土着神が、日本に流れてきて、八百万神の一柱となったというのが有力な説なんだとか。八坂神社の牛頭天王と同一の神で、疫病神が転じて、平癒神になったのだともいいます」

 佐伯はそこで、スーツの内ポケットから、煙草をだして一服し、灰皿にそれをおき、続きをいった。

「明治時代、政府は、この手の胡散臭い神様は淘汰されることを政府が決めました。神社側は、祇園神とは、属性が類似した皇室ゆかりの大神スサノオだということにしたそうです。カモフラージュです。ご本尊のお姿は異形な牛頭神。こういう外見の神は、かつて、アフリカ北部からユーラシア大陸の東まで祀られています」

「佐伯さん、そんな話と今回の事件、どういう関係があるですか?」

 佐伯はもったいぶったように茶を口にした。

「警部もいくつかの犯行シナリオを描いておられる。第1は、選挙運動で対立候補の鈴木氏が黒幕で、刺客を雇った。刺客は強盗を装い一家を惨殺する。第2は、選挙資金を借りた先が神社関係で、見返りに多額の資金を村人から集めて寄付してやるとかもちかけておいて、選挙に受かるやホコにした。腹いせに関係者の何人かが襲撃した。第3は、若い娘さんヒトミさんは男性との交遊も多かった。そのうち熱をあげた奴が結婚を迫って家にゆくのだがつれなくされ、逆上、惨劇にいたる。第4はダム建設で立ち退かされた世帯による恨み……」

 警部がじれったさそうに訊いた。

「で、佐伯さん。犯人は誰なんです?」

「私が先に、巡査に渡した屑糸があったでしょ。あれを熊田家出入りの職人に、見せてやるといい。顔色が変わったら、問答無用で駐在所にしょっ引いて、いろいろカマをかけてやるんですよ。きっとボロをだしますよ」

 同日のうちに、警部たちは、佐伯に言われたように、職人の男に屑糸を見せた。案の定、顔色が変わったらしい。警部たちは、問い詰めて、ついに罪状を吐かせた。

 警部が、駐在巡査を通じて、佐伯と私に容疑者訊問の内容を教えた。

 熊田家の隠居・弥太郎が当主だった戦前、ダム建設が持ち上がり、予定地を所有していた自作農の谷口一家がいた。一家は、最初、仲間たちと反対をしていたのだが、代替え地をやったり、そこそこ補償金をやったりして仲間たちを切り崩す。そして最後まで残った谷口一家は、ヤクザを使って脅し、ロクな補償もせずに村から追放したのだ。すべてを亡くした一家は信仰していた神社に拾われ、管理人として細々と生きながらえていた。

 谷口家の両親は続けざまに病死。息子は職人の親方に引き取られ弟子入りする。成人してから独立。親方の紹介があって、村に舞い戻る。そして復讐に及んだというわけだ。

 翌日、私は、村長命令で、村の旅館に滞在している佐伯を案内して、夜桜見物にでかけた。なんでこんなことまでしなくてなならいのか、はなはだ疑問だったのだが……。

 桜祭りは、山の頂に祀られている祇園神社参道で催される。石段の両脇には、火がともされた提灯が、紐にぶらさがって連ねられている。村の老若男女が行き交い、佐伯と私とをいちいちみて行くではないか。考えてもみて欲しい。ここはド田舎だ。嫁入り前の娘が若い男と連れ立って歩けば噂がたって当たり前というものではないか。まったく、村長は何を考えているのか。

 気を取り直して、職人の谷口が、どうして犯人であるか分かったのか、また決め手になった糸屑は何だったのかを訊いた。

 佐伯は答えた。「あの糸屑は、職人が水平を出すのにつかう糸なんだ。朱がついている。祇園神は、この村ではそこそこ信仰されている、疫病平癒の神だ。死体に祇園と書いた護符を置いたのは、かつて自分たち谷口一家を汚い手で村から追いだしたから、『ばい菌野郎め』というメッセージが込められているんだろうな」

「それなら、標的である熊田家弥太郎翁にではなく、清四朗議員に、護符を置いたの?」

「捜査を攪乱するための工作。議員の娘さん・ヒトミさんが男づきあいが激しかっただのという証言のところで、私はピンときたね。まともな出入りの職人が、お得意さん家のゴシップなんざ口にするかよ」

 佐伯は煙草を取り出して一服すると、また、話を続けた。

「議員の家は人付き合いが多くて当たり前。また選挙で当選するには莫大な資金が必要になる。借金があっても不思議じゃない。この事件の動機としては弱いと思えたんで、私の頭の中から早々と退場したね」

 のっぽの公設秘書は、横にいる私をみた。

「それにしても……」

「それにしても?」

「綺麗だ」

「夜桜が?」

「いや、君がだよ。今宵会う人 みな美しき」

 莫迦。

 社殿のある山の頂が近くなってきた。月がそこから顔をだしていた。

   END

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