04 E.Grey 著 蛇 『ギルガメッシュ叙事詩』より
わが名はギルガメッシュ。シュメール諸都市を一統したウルクの王だ。
錐のような形に石積みをした塔のことをジグラッドという。神殿だ。そこの巫女が私に添い寝した。特に何をするというのではない。私にもたれかかって、眠っただけだ。合わせて私も眠りに落ちた。
長い髪をした巫女だった。腰に布を巻いている。上着は着ておらず、乳房をあらわにしていた。
長い長いトンネルだった。岩をくり抜いた、洞窟のようでもある。人が生まれてくるときたぶんみたのであろう、産道にも似た居心地のいい暗闇。彼女に手をとられ、どこまでもどこまでも降りてゆく。やがて私たちは、道の終りにたどり着いた。
船着き場があって、牛頭の漕ぎ手が、桟橋で座っており、巫女が船賃を渡すと、にんまり笑って、われらを舟へ案内した。葦を紐で束ねてこしらえた葦船だ。
この世界には太陽があるのであろうか。だがそういう天体を頭上に確認することはできない。それでもなぜだか、太陽の下にいるのと同じくらいに明るいのだ。空気そのものが発光しているようにも感じる。それは湿っていた。しかし不快感はない。
葦船には漕ぎ手がいない。かわりに、紐をくくりつけた鳥が、引っ張ってゆくのだ。何日、黄泉の海を漂ったことであろう。やがて、船頭が、「島ですよ」と私に告げた。椰子が生えたオアシスがある。木の下にはベッドに横たわった老人がいた。私は彼が起きるまで、ずっと、待つことにした。
「よく来たな、わが子孫よ。」老人がいった。
老人は、私の先祖だ。大神に気に入られ、この島と、永遠の命を与えられたのだ。永遠の命。これを手にさえすれば、いままでに得た富も名声も返上しても良い。私はそう考えていた。
「先祖よ、あなたを捜していた」私は呼びかける。
「汝が訪れることは分かっていた。望みのものとは、これだな?」
禿頭、白い髭、肉の落ちた腕。右手に握られていたのは小瓶だ。
「こ、これが、不死の聖水……」両手で、おずおず、手に取る。私は興奮した。
背後の巫女が微笑んでいる。
何度も、祖先に、お辞儀をした。
彼に見送られ、巫女とともに、葦船に乗った私は、再び帰路についた。喜々とした私は、透明な容器に入っており、上にかざすと、小さな気泡が透けてみえた。栓をあけ、さて、飲もうとしたときのことだ。足元に、ぬめりをもった、紐のようなものが巻きついたのだ。私は驚き、小瓶を床に落とし割ってしまったのだ。人を呑みこむほどに大きな大蛇だった。そいつは、驚き跳び退いた私を尻目に、こぼれた液体を細い舌で、ちろちろ、舐め、やがて海の深淵に消えていった。以来、蛇は脱皮して、永遠の生命を得るに至る。
「よかったと思う。あなたが不死の身とならなくて」
「考えてみれば確かに良かった。そなたと一緒に老いることができるのも幸せなことだ」
絶望した私を巫女は優しく慰めてくれた。
そうだ、そなたを妃としよう。子を産んでもらうことで私は永遠の生命を得たと同じではないか。そして今を生きよう。舳先にいた私は彼女を抱きしめ、長い髪を撫でた。
夜が終わり、朝が始まる。
END