11 まゆ著 蜜蜂 『ワスプの生き方』
麦秋を迎え、小さな村は大忙しだった。
村人は、山裾から段丘へ広がる麦畑で収穫に追われていた。
今年、十五才になるフィーナも父や兄たちの手伝いをしていた。刈られた麦の束を集め脱穀をしている母たちのところまで運んでいく。乾燥した麦は軽く、女のフィーナでも両腕で抱えながら運搬できた。脱穀所では、女たちが麦を棒で叩いているリズムカルな音が響き、金色のホコリが舞っていた。
フィーナは、兄たちのように鎌を持って麦を刈ってみたかったが、女に鎌は持たせられぬと言われ口を尖らせていた。同じ年の男の子であるマイクは麦刈りを手伝っているのが面白くなかったのだ。
畑に戻ったフィーナが兄たちが刈った麦束を抱えようとかがんだとき、警鐘がけたたましく打ち鳴らされた。
「ワスプが来た! 逃げろ!」
兄が砦の方を指さして叫んでいた。
フィーナはワスプを見たことがない。婆やから聞いた話だと、恐ろしい兵器を持って人間を襲い、食料などを奪う軍団なのだという。ワスプの襲来に備えフィーナたちの集落は、砦の中に作られていた。
がっしりした躰の父が、立ちすくむフィーナの前にしゃがみ込み目線を会わせて言った。
「よくお聞き、このまままっすぐに砦に行って、指示にしたがいなさい。怖がることはない。落ち着いて行動するのだよ」
そう言うと立ち上がり、他の男たちに指示を叫んだ。
「女と子供の避難を優先させろ! 収穫物は放棄だ。砦まで走れ」
フィーナは砦へ向かって走った。
砦までは緩やかな上り坂になっている。中腹まで来たとき、フィーナは立ち止まり息をついた。
麦畑が広がる河岸段丘が見える。麦畑の真ん中を黒っぽい岩のようなものが動いていた。岩は5つあり、その後ろから黒い人のような者たちがつづいた。
動く岩は、まだ刈り取りが済んでいない麦を容赦なく踏みつぶして進んでいる。逃げ遅れた人影が見えた。岩から光りと煙が吐き出されたかと思うと、人影がバラバラになって吹き飛ぶのが見えた。空に響き渡る爆発音が聞こえる。
「こ、殺されたんだ!」
フィーナは胸が締め付けられるような戦慄を覚え立ちすくんだ。
「フィーナ、ぼんやり突っ立ってんなよ。走れ!」
後から登ってきた兄が鎌を手に叫んだ。
フィーナはうなずき、砦への道を駆け上がった。
砦の入り口には、母親が待っていて、「フィーナ、早く中へ!」と急き立てた。
砦は、村全体を囲むように分厚い土壁で覆っている。フィーナが生まれる前から何十年もかけて築き上げられた難攻不落の砦と聞く。どんな強力な敵が襲ってこようともビクともしないように思えた。
畑から戻った男たちは、槍や弓を取り砦の外へ駆け出していく。まずは野戦を仕掛けるつもりなのだ。
フィーナは、マイクが弓を手にして駆けてくるのを見た。
「マイク! あなたも戦うの?」
「おうっ! 初陣だ! フィーナは俺が守ってやる」
この前まで、いっしょに遊んだり、農作業の手伝いをしていた幼馴染のマイクが戦うなんて、思ってもみなかった。
「気をつけて! 死なないで」
フィーナは手を振るが、マイクは振り向かずに砦の外へと消えて行った。
外からは、爆発音が何回か響いてくる。
フィーナは母と砦の奥へと行くように父に言われた。
「敵は戦車を持ってきている。手ごわいぞ」
と言って父は鎧姿に戦斧を担ぎ、外へ出て行った。
フィーナはたまらず、母の手を振り切り駆けた。
「フィーナ、だめよ」
「少し外を見るだけ」
フィーナは、砦の土壁に登り、のぞき窓から外を睨んだ。
あの動く岩は、戦車というものだ。戦車は岩のように固く弓や槍を受け付けない。戦車から発射される目に見えないくらい速い砲弾を避けるすべもなく、フィーナの村の男たちは蹴散らされていた。戦車の後ろにつく兵士たちも、長い銃を構え、弓よりも遠くから人を殺める力を持っていた。戦いと言うより一方的な殺戮である。
爆薬を持った男が運よく戦車に体当たりをして、一台の戦車を止めたが、戦果はそれだけだった。数台の戦車はまっすぐに砦をめがけて進んできた。
男たちは総崩れで砦に向かって撤退を始めた。その背中に容赦なく砲弾や銃弾がふりそそいだ。
「みんな、逃げてーっ」
フィーナは声を限りに叫ぶがその叫びも爆発音に消された。
フィーナは壁を離れ、下をに降りた。
砦の門からは撤退してきた男たちが走りこんできた。みんな、青ざめた顔をしている。 フィーナは兄の姿を見つけ駆け寄った。
「兄さん、無事だったの!」
「ああ、だが、父さんがやられた。俺をかばって、飛んでくる砲弾を斧で打ち払い爆死したのだ。フィーナ、この砦は持たない。母さんの所へ急ぐのだ。お前には、お前の役目がある。俺たちはここで時間をかせぐ」
そういっているうちに、地面を揺さぶるような爆発の音が聞こえたと思うと、砦の土壁に大きな穴が開き、壁の上の弓兵が空中に放り出されているのが見えた。
「この砦の土壁なんか、やつらの戦車にとっては紙のようなものだ」
フィーナの頬や頭に細かい土の破片が雨のように降り注いだ。
「フィーナ! 母さんの所へいそぎなさい」
フィーナは、砦の奥へ走った。じっとしているのが怖かったのだ。 砦の奥では女たちが戦支度をしていた。
母はフィーナを抱きしめると、なぜか旅の支度をするように行った。
「フィーナ、ここ四十年、ワスプに見つからずこの土地で暮らしてきたけれど、見つかってしまった以上、逃げなければなりません」
「父さんや兄さんたちはどうなるの」
「みんな、死ぬのです。そして、わたしも……でも、あなたは逃げなさい」
「えっ、わたしだけ逃げるなんてできない」
「いいえ、これは私たち人間の生き方なの。ワスプには適わない。でも逃げてまた村を作って栄えさせる。こんどはワスプに何百年も見つからない大きな村を作るのよ」
「そんな、わたし一人で逃げるのはいやっ」
「一人じゃないわ」
母の後ろには旅の支度を終えたマイクがいた。
「二人で逃げなさい。そして生き残りなさい。それがわたしたち人間の生き方なのです」
マイクは泣きながら鼻声で言った。
「俺もつらいよ。でも、死ぬより辛い役目だってある。お前といっしょなら、逃げて生き延びる気力もわいてくるよ。いっしょに逃げて新しい村を作ろう」
「分かった。逃げましょう」
フィーナがうなずいた、その時である。
空を震わす轟音とともに、強風が砦を襲った。岩が空を飛んでいた。岩から弾丸がばらまかれて、砦の中の人々が次々に血に染まり倒れていく。
兄が走りながら、空の岩に向かい弓を放ちながら叫んでいる。
「やつら、ヘリまで出してきあがった。フィーナ! 逃げろ!」
そういうと兄は弾丸を受けて倒れた。
「わたしが囮になるから、逃げるのよ」
母は頭に赤い布を巻くと、抜け穴と反対へ走りながら弓を構えた。
「お母さん、お兄ちゃん」
フィーナは歯を食いしばり、マイクに手を引かれ抜け穴へと入っていった。
数十分で砦は制圧され、蓄えられた食料などはワスプの手に落ちた。
捕えられた村人たちは処刑され、肉は食料となった。
「指令、抜け穴から数名の人間が逃げたようです。ヘリで探せばすぐに見つけて殲滅できますが」
「放っておけ。逃げ延びた人間たちはすぐに新しいコロニーを作るだろう。そうして、ちょうどよい大きさになったとき、また襲えばいい。それがワスプの生き方だからな」
《おわり》




