03 レーグル 著 蜜蜂 『バグズライフ』
『穴倉の皆様へのお知らせです。最近、ロボットやAIの経年劣化や異常蓄積による不具合が多数報告されています。プログラムに異常があった場合は速やかに規則へと報告し、システムスキャンを受けてください。繰り返します』
世界戦争の影響で地上は放射能汚染され、誰も住めなくなった。現在、人類は地下に作られた巨大施設『穴倉』の中で汚染が浄化されるのを待っている。そして、ロボットたちは地下都市『ヴァルハラ』を「人類が再び地上に出た時に必要な都市を管理運営する能力を保持する」という目的で模擬的に運営していた。
ヴァルハラの中央にある塔には、都市の管理運営機能の中枢があり、その一つが最高意思決定会議だ。今日も会議室で六人の私が決定をしている。
「ロボットの地上への人口流出に対して、埋め合わせのロボットを追加生産する」
提案したのは私の『堅物』だ。
「さんせーい」
「了承」
私の『無邪気』と『根暗』がそれぞれ言った。
「反対。ロボットの材料も無限じゃないのよ」
私の『年長』が諭すように言う。
「私も反対。もっと根本的な解決をするべきよ」
私の『強気』がはっきりとした声で発言した。
「解決ぅって、言ってもねぇ」
「無理」
『無邪気』と『根暗』が馬鹿にしたように笑う。
「そんなのプログラムに無いから不可能に決まってるじゃない。賛成」
私の『嫌味』が肩をすくめる。そんな態度を『強気』が睨みつけた。
『賛成三、承認一、反対二により本提案は可決されました。なお、この決定は完璧かつ公正な議論と検証のもと行われた採決の結果であり、これ以上の議論の余地の無い完璧かつ公正な決定であるため、再採決は行われないものとします』
メイン画面にメッセージが表示され、合成音声の人工的な声で、いつもの定型文が朗読された。最高意思決定会議での提案は、賛成が半数になると可決されるようになっている。
「次の議題に移る前に、外部基地からエラーメッセージが届いている」
議論の合間に『堅物』がそう言った。
『エネルギー補給担当ロボットが規定時刻より二時間の遅れ、未だ帰還せず』
全員がメッセージに目を通す。
「もーう、ちょっと待ったらぁ?」
『無邪気』が最初に発言する。
「ちょっと?」
『根暗』が疑問符を付けた。
「半減期くらい」
『無邪気』が笑いながら答える。エネルギー補給担当ロボット、通称『蜜蜂』は稼働する環境もあり、最も故障が多いロボットだ。そのため、ほとんど使い捨ての扱いを受けている。
「エネルギーは十分にあるし、定期清掃で回収出来るでしょう」
『年長』が落ち着いた声で賛同する。
「遅れている個体の識別番号は?」
イライラした口調で『強気』が『堅物』に質問する。
「B328」
「ああ、あれ」
『無邪気』が笑う。
「あれはもう古いし、そろそろ替え時なんじゃない?」
ニヤニヤしながら『嫌味』が言う。『根暗』が同意するようにクスクス笑った。
「様子を見に行くべきよ」
『強気』が提案する。
「えぇー」
「反対」
『無邪気』と『根暗』が反対する。
「必要性が認められない」
「そうね」
『堅物』と『年長』も反対を表明した。
『賛成一、反対四により、本提案は未回答一のまま否決されました。なお、この決定は完璧かつ公正な議論と検証のもと行われた採決の結果であり、これ以上の議論の余地の無い完璧かつ公正な決定であるため、再採決は行われないものとします』
またメイン画面のメッセージと合成音声が宣言する。
「あら残念ね。あなた、あれにご執心だったのに」
『嫌味』がニヤニヤしながら『強気』を見た。
「なら、自分で行くわ」
五人の私が驚いて『強気』を見つめる。
「残念。そんなプログラムはありません」
『嫌味』が最初に表情を崩し、勝ち誇ったように言う。しかし、『強気』は勢いよく立ち上がると会議室を出て行ってしまった。他の五人の私には『強気』を追いかけるプログラムは無く、顔を見合わせることしか出来ずにいた。
穴倉で使われるエネルギーは地下深くの地熱発電施設で作られているが、二つの施設は直接繋がっていない。そのため穴倉と発電施設の間を行き来し、エネルギーを補給しているのが『蜜蜂』たちだ。しかし、そんな重要な役目とは裏腹に彼らは穴倉内のロボットたちからは「肉体労働者」と蔑視されている。その原因は、『蜜蜂』のエネルギー運搬方法にあった。
穴倉建設時、エネルギー運搬路は通気ダクトの数十倍の長さであり、内壁の補強は困難であった。そのため、運搬用のロボットは落石や崩落時にも対応出来るように運搬路を電池を背負って六本の脚部パーツで歩いてエネルギーを運ぶように設計されたのだ。その姿は正に「肉体労働者」である。しかし実際のところ、、その役目の重要度に比例して能力は高く、耐熱耐火耐水はもちろん、高感度センサーや高性能人工知能を搭載し、すでにロストテクノロジーと化した自己学習プログラムまである。
最高意思決定会議の私は『蜜蜂』を直轄することから、『女王蜂』と呼ばれているが、私の考えではロボットは皆、人類のために働く「蜜蜂」だ。今の表面的な役割に関係無く。最近増えてきた不具合の報告と修正を訴えるアナウンスも人間側の要請だ。そして、どのロボットも疑問視すらせずにそれに従っている。造物主に逆らうことは出来ないのだ。
*
エネルギー運搬路に行くには非公式なルート、つまり換気ダクトを通らなければいけない。カバーを外し、ダクトに入った瞬間に頭の中に鳴り響こうとした警告メッセージをシャットアウトし、『強気』は先に進む。記録からダウンロードした穴倉の図面を見ながら、運搬路に出た。灯りも無く、殺風景な洞窟に息を呑む。『強気』は音響探知機で地形を把握し、思い切って足を踏み出す。歩きながら、B328との記憶を呼び起こしていた。
初めて話したのは彼が定刻に一時間遅れた時だ。
「識別番号B328。作業遅延の理由を報告せよ」
返って来たのは理解不能な回答だった。
「先日帰還しなかったB908を通路内で発見、回収したことにより重量が増加し、移動速度が著しく低下したため」
B908は数日前に定刻までの帰還をせず、その時にはすでに廃棄機体登録がされていた個体だ。
「しかし、清掃ロボットは彼と落石の区別をしません」
「彼」だなんて、まるで人間みたいだ。どんな言葉を使おうと、最高意思決定会議から『蜜蜂』への言葉は全て命令なのに、彼は反論した。彼の言動は『強気』には理解不能だった。その後、彼との言い争いは増え、いつの間にか『強気』も彼の影響を受けていた。
『強気』は一時間ほど歩いて休憩する。足場は想定していたよりも悪く無かったが、身体が付いていかない。すでに各所からエラーを示すメッセージが出ている。脚部は熱を持ち、全身の関節には隙間から砂埃が入っているようで、動きがギクシャクし出していた。
「でも、私が行かないと」
全身洗浄は大した手間じゃ無いし、熱が引いたら再出発だ。省エネルギーモードに切り替えて、電池を節約する。これからはエネルギーは出来るだけ無駄にしたくない。『嫌味』の言った通り、こんな行動は私のプログラムには無い。きっと、不具合なんだろう。今回のことで他の私も黙っていられないはずだ。だとしたら、足を止めるわけにはいかない。規則に報告されれば、『強気』は消されてしまうかもしれないのだから。
「そこにいるのは誰ですか?」
省エネルギーモードの『強気』は話しかけられて、覚醒する。すると、六本足の黒いボディが目の前にあった。
「えっと、最高意思決定会議よ」
「ああ、あなたですか」
ガシャンガシャンと音を立てて『蜜蜂』が私に向き合う。
「こうして会うのは初めてですね」
「そうね」
目の前の機体が識別コードを『強気』に送信する。
『エネルギー補給担当。B328』
メッセージを確認した後、本題に入る。
「どうして作業が遅れたの?」
「実は僕、向こうで花を育ててるんですよ」
「花?」
「ええ。機材とか材料とか、いろいろ集めたり作ったりして、それが今日やっと咲いたので、しばらく見ていたんです」
彼がとても嬉しそうに言う。
「そんなのあなたのプログラムには無いはずよ」
「それはお互い様でしょう」
彼が笑う。とりあえず、何も無くて良かった。
「そうね。じゃあ、せっかくここまで来たし、あなたの育てた花を見せてちょうだい」
「こっちです」
「待って」
向きを変え、歩き出そうとする彼を呼び止める。
「こんな悪路を通って来たせいで、身体が上手く動かないの。乗せて頂戴」
「いいですよ」
苦笑した彼が屈むと、『強気』は彼の大きな背中に腰かける。彼はゆっくりと歩き出す。『強気』は背部に固定された筒状の電池が気になって、コンコンと叩いてみた。
「おかしな人ですね」
「そうなの。きっと今に規則にメモリを消されちゃうわ」
彼に人間扱いされるとなぜか嬉しい。彼の規則的に揺れる背中の上で『強気』は微笑んだ。しかし、彼は真面目な声で答える。
「それは悲しいです」
「カナシイって、こういうことなのかしら」
もし、メモリが消去されたら、今の『強気』とその時の『強気』は同じ私でも、たぶん全然別の私だ。今みたいに彼と話すこともなくなるのだろう。そして、それは、うまく言葉に出来ないけど、何だか、嫌だ。自分が消えてなくなるって、どういう感じなんだろう。彼の背中にもたれ掛かる。
「もし、今の私が消えてしまったら、全て無かったことになっちゃうのかしら」
彼は少し考えてから、答えてくれた。
「そんなことありませんよ。ほら。この道は、僕たちが知らないくらいずっと昔の先輩たちが踏み固めたんです。動かなくなって廃棄されて、記録にも残らなくても、『無かった』ことにはならないんです」
この通路を音響探知機で調べた時、他の所より平らで歩きやすい場所があったことに気が付いた。彼の言う『道』とは、これのことだろう。舗装されたわけじゃなく、たくさんのロボットたちが通ることにより自然に出来た『道』。ずっと昔から続いていて、これからもずっと続いていく。
「なんだかそれって、『イノチ』みたいね」
「そうですね」
会議室では、残された私たちが『強気』をモニタリングしていた。
「うちの末っ子は、女王蜂にはリアルタイムで情報を同期する機能があるって、忘れているのかしら」
「それか、見せつけてるか、ね」
『年長』と『嫌味』がメイン画面を見つめ呆れる。
「でもさぁ、こんなの完璧にプログラムゥ外の不具合だーよねっ」
「規則への報告が推奨されている」
『無邪気』が指摘し、『堅物』が同意した。
「うーん。でも、実は、不具合を規則に報告するプログラムって女王蜂には無いのよね」
『年長』がまるで困っているかのように言う。
「それに、一人に不具合があるなら女王蜂全員をスキャンしなきゃいけないわ」
さらに『年長』が続けて、他の私を見る。
「えぇー。土いじりの人間に触られるなんて、いやぁー」
「拒否」
『無邪気』と『根暗』が拒絶反応を見せると、『年長』は満足そうにほほ笑む。
「なら、しばらく黙っておきましょう」
そして、そう提案した。
「しばらく?」
「半減期くらい」
『根暗』が尋ねると、フフフと笑いながら『年長』が答えた。
「さんせーい」
「了承」
『無邪気』と『根暗』がすぐに答える。
「賛成する」
「異論は無いわ」
そして、『堅物』と『嫌味』が間髪入れずに言った。
『賛成五により、本提案は未回答一のまま可決されました。なお、この決定は完璧かつ公正な議論と検証のもと行われた採決の結果であり、これ以上の議論の余地の無い完璧かつ公正な決定であるため、再採決は二万年後まで行われないものとします』
了




