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自作小説倶楽部 第6冊/2013年上半期(第31-36集)  作者: 自作小説倶楽部
第33集(2013年3月)/「蛙」&「蜜蜂」
26/63

01 ぼうぼう 著  蜜蜂 『怪我』

 田舎には自然が多い。

 ロハスとかカタカナにすればしゃれて聴こえるが、田舎は田舎でしかない。この地を脱出したと思っていた十数年……気付けば、都会という箱に溶け込めない自分を苦笑する。故郷を捨てた,顧みなかった私の居場所はどこなのだろう、と?

 帰郷した理由は父の葬儀。私が目にしたのは、父を看取って疲弊した母と家族を見捨て、都会で生活する情けない長女の私に向けられた妹の憐れむような視線だった。

 後ろめたさに追い打ちをかける妹の視線が心に突き刺さった。

 否ー妹の視線だけでないー私がこの地を離れて以来、私が経験しなかった家の歴史が、私を憐れんでいるような気を感じた。自分のの負い目がそうするのだと、私は理性で否定した。馬鹿馬鹿しいーなのに…

 故郷から脱出するのが私の夢だった。そしてー私はその念願を叶えたーそう思ったのに。疎外感ばかりが私を攻撃する。

(裏切り者)ー故郷を捨てた私の幻聴、幻想。

「姉ちゃん?」

 妹が声をかけた。

「何?」

「父ちゃんの愛用していたタオル。これ棺に入れたいんだ。洗って欲しい」

突き出されたそれはー私が父の死に場所になった入院先に駆けつけた時、持参した物だった。

「これ……」

妹は何も言わずにタオルを私に渡すと踵を返した。

そのタオルは父が入院したと聞いたとき、病院生活に必要になると思って夢中で百均ショップで買い集めた一つだった。

「愛用?」

 妹が押し付けたタオルには無数のシミがついていた。食べこぼした跡だろうか?吐いた跡なのだろうか?購入した時と変わり果てたタオルに死に行く父の壮絶な葛藤が刻み込まれているようだった。

涙を流すには親不孝な自分だった。故郷を、親を捨てたと同じ自分だ。百円のタオルを死に際まで使っていた、と?

 妹から受け取ったタオルを洗うのに洗面所に向かった。買ったばかりのように綺麗にしてーせめてもの供養のつもりでタオルを握り締める。タワシが目についた。洗濯にでも久しく使っていなかったけれどーそのタワシこそがタオルの汚れを落とすのに一番ふさわしいと思えた。

「いっ! うっ?」

 タワシを掴んだ瞬間であった。思わず手放したタワシから蜂が飛び出し、そしてフラフラと落ちた。ミツバチだった。

 蜂に刺された痛みを感じながら、わずかに残された蜂の生が失われるのを私は見守るしかなかった。痛んだ傷が少し赤みを帯びて腫れてきた。私は痛みに涙を流しながら、タワシでタオルのシミと格闘した。痛みに涙しながら、ゴシゴシとタワシを動かした……。

   (終わり)

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