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自作小説倶楽部 第6冊/2013年上半期(第31-36集)  作者: 自作小説倶楽部
第32集(2013年2月)/「チョコレート」&「宝物」
25/63

14 まゆ 著  宝物 『ガーゴイルの恋』

 昔々、湖と森の王国に、きれいな王妃様が澄んでいました。

 王妃の名はロレーヌと言い、十四で王子を産み、明日で十五になろうとしていました。

 その夜、ロレーヌは寝室でベッドに腰を下ろし、王子にお乳を与えていました。

 窓から差し込んだ月の光は、大理石に反射しロレーヌの姿を照らし出しています。

 金色の髪は風渡る麦畑のように波打ち、ほっそりとした腕は光に包まれたように白く、碧く澄んだ瞳はサファイアが沈む湖のようでした。

 ロレーヌに抱かれた玉のような王子は、白桃のごとき乳房に口をつけ懸命に乳を吸っておりました。

 そのときです。

 窓から差し込む月光を遮る影がありました。

 ロレーヌが顔を上げると、窓枠にしゃがんでこちらを見ている影が見えました。

 王妃の寝室はお城の塔にありますので、窓枠にしゃがみ込んでいる影は人間ではないことは確かです。

 そして、悪夢の底から聞こえてくる死人のうめきのような声が言いました。

「美しく聡明な王妃よ。そなたが悲鳴を上げると同時に、乳房ごとそなたの心臓を引き抜けるのだよ。静かの話してもらえるかな?」

 ロレーヌは、息が詰まるほど恐ろしかったのですが、勇気を振り絞り震える声で言いました。

「あなたは、誰ですの?」

 影の主は、背中の蝙蝠のような翼を広げました。

 背中からの月光で影のように見えますが、頭にはねじれた角が生えており耳先も尖がっています。

 指の先には獣のような爪が生えているのがわかりました。

「わが名はガーゴイル。そなたの宝をもらいに来た。宝を渡すか、命を渡すか選んでもらおう」

 ガーゴイルと名のった魔物は、耳まで裂けた口を開けて言いました。

 月の光が漏れ白く尖った歯が光ります。

「宝物なら、なんなりと差し上げます」

ロレーヌは、王子をベッドの上に寝かせると、ダイヤとルビーで飾られたプラチナのネックレスを外しました。

「これは、わが王家の妃に代々伝わってきた宝物です。どうぞ、これをお持ちになって去ってくださいませ」

「そんな宝はいらぬ。それがなくても、そなたは美しいではないか。そなたの一番大切にしているものを差し出すのだ。そうしないと命をもらうぞ」

 ガーゴイルの鋭い爪で指差された王妃は、恐ろしさで体中が震えるのを感じました。

「まさか、王子を欲するつもりなのですか」

 ロレーヌは、王子の体を抱きしめ、ガーゴイルを睨みつけました。

「そなたが一番大切に思っているものは、その王子なのだな」

「ちがいます!この子は、ちがうのです」

「何が違うのだ?」

「王子の体も心も王子のもの……。わたしのものではありません。わたしの宝物を欲しているのなら、王子は王子の宝物です。わたしのものではありません」

 ガーゴイルは、首をかしげて何事か考えているようでした。

「聡明なる王妃よ。確かにそなたの言う通りだ。では、そなたが一番大切にしているそなた自身の宝物を差し出すのだ」

 ロレーヌは困ってしまいました。

 ロレーヌ自身のもので一番大切なものは命です。

 命を差し出しても殺され、差し出さなくても殺されてしまうのです。

「わたしが、一番大切に思っているのは生きてきた日々です」

「なんだ、それは?」

「わたしが生まれてから、両親に愛されて育てられました。周りの人たちも皆親切で、わたしによくしてくれました。王もわたしを愛してくれましたし、お城の召使たちも心から使えてくれました。そんな日々がわたしの宝物です」

「そうだな……では、その幸せな日々を渡してもらおう」

 ロレーヌは長い金色のまつげを伏せ言いました。

「それを渡してしまうことはできません。それを渡すということは私が死んでしまうということです。わたしが死んでしまったら、幸せだった日々の記憶も消えてしまうでしょう」

 ガーゴイルは、漆黒の瞳を見開きました。

「確かにその通りだ。ならば、どうする? 渡さなければ、そなたの命をいただくぞ」

「わたしの今まで暮らしてきた日々をあなた様に差し上げます。でも、それを渡すことはできません。わたしが生きている限り、これから過ごす日々もあなた様のものであるとお考えください。それはすべてあなた様の物だとわたしが認めます。そうすれば、それを渡したも同じことでしょう」

 ガーゴイルはしばし考えました。

「美しく聡明な王妃よ。そなたの過ごした日々、これから過ごす日々を確かにいただいた。そなたの日々の生活は、我が物であると認めよう」

 そういうと、ガーゴイルは窓の外へ踏み出し、翼を開くと音も立てず飛び去っていきました。


 ロレーヌは、その夜のことを誰にも言わずに過ごした。

 幾星霜の月日が流れ、国はますます栄え、王な子は成人し新しき王となりました。

 古き王はなくなり、年老いた王妃は静かな日々を過ごしていました。

 金色の豊かな髪は白金の流れに変わり、眩いばかりの肌にはしわが刻まれていました。

 しかし、老いたとてロレーヌの美しさは、変わるもことはありませんでした。

 ロレーヌを見た人は、その美しさに安らぎを覚えるのでした。

 ロレーヌは、それまで過ごしてきた日々が、愛に満ち、幸運に満ちていたことに感謝していました。

 長い年月の間に、王国はいろいろな危機に直面したこともありました。

 恐ろしい魔物があらわれたり、凶悪な国と戦争になったりしたこともあります。

 しかし、幸運にもそれらの危機を乗り越えてきたのです。


 そして、ロレーヌは体調がすぐれずベッドに伏せることが多くなりました。

 もう自分は長くはないとロレーヌは思いました。

 夜、一人になると、青白い月光が部屋に差し込んで大理石を照らしました。

「あの夜もこんな夜だった」

 ロレーヌがそう思ったとき、窓辺に影が現れました。

「こんばんは」

 ロレーヌがそう言うと、獣のようなうなり声が答えました。

「王妃よ。そなたはもう長くはなかろう」

「あなた様に差し上げたわたしの日々も、わたしと友に消えてしまいます」

「うむ。よい日々であった。我の物であると思って眺めているとまた格別だったわい」

「ありがとう。ガーゴイル様。あなたのお陰で、よい人生を送れたわ」

「何を言う、そなたの人生は我が物だからな」

「町のあちこちに、魔物の像が建っているわ。それも、あなた様にそっくりの」

「良い迷惑だ」

「あれは、この国の危機を救ってくれた神の像だわ」

「我の幸せな日々を守ったまでのこと」

「ありがとう」

 ガーゴイルを見ると、角が折れ尖っていた爪もすり減り丸くなっていました。

 翼もところどころ破れて、月光が漏れています。

「そなたの暮らした日々、確かに全部いただいた」

「それ以上の物をあなた様はわたしにくださったわ。それはなぜかしら」

「さあな。美しき王妃よ。あなたの日々は確かに我にとって宝であった。それだけのことだ」

 ロレーヌとガーゴイルはクスリと笑いました。

「あなた様も随分とくたびれましたね」

「我もそろそろ、この姿をとどめているのに疲れた。賢明なる王妃よ。我の願いを聞いてくれるか」

 ロレーヌはうなずきました。

「願わくば、そなたの墓石に我の骸を使ってほしい」

「約束しましょう」

 ロレーヌがそう言うと、ガーゴイルは動きを止めました。

 石のように堅くなったかと思うとそれは砕けて岩の破片となりました。

「ほんとうにありがとう」

 ロレーヌはそうつぶやくと、ベッドに伏せ静かに眠りにつきました。

《おわり》

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