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自作小説倶楽部 第6冊/2013年上半期(第31-36集)  作者: 自作小説倶楽部
第32集(2013年2月)/「チョコレート」&「宝物」
23/63

12 かいじん 著  宝物 『太陽神』 

 メシトリ(メヒクトリ)

 アステカの守護神ウィチロポチトリの別名、太陽神、軍神、狩猟神(神に選ばれしもの)と言う意味を持つ。メキシコの国名は(メヒクトリがいる地)という言葉に由来する。

   ・・・

(太陽神)

 アルベルトが6歳の時、4歳の妹ロレーナが高熱を出しその日の真夜中に息を引き取った。メキシコでは、貧しくても、(大衆健康保険)に入っていれば、公立病院で無料で診察が受けられる事になっているが、予算不足で設備が十分でなく、すぐには診察が受けられない。民間の病院は高額で、一部の高額所得者や、外国人しか診察を受ける事が出来なかった。

 ロザリオ(連珠の付いた十字架)を握り締めて、熱にうなされているロレーナを町に働きに出ている母に代わって、2歳年上の兄リカルドとともに看病していた。アルベルトは、自分が苦しんでいる妹に何もしてやれない事が辛かった……。

 結局、ロレーナは最後は眠る様な健やかな顔で天国に召された。この悲しい出来事の事を、アルベルトはずっと忘れる事が出来なかった。

   ・・・

 小学生の頃、アルベルトは勉強はクラスの誰よりもよく出来たが、 痩せた体つきで、女の子と間違えられる様な顔つきだったのでクラスの男子生徒は、ニーニャ(女の子)と言ってからかった。そんな時、大人しいアルベルトは気弱な笑顔を浮かべたまま ただ黙っていた。

 何人かの男子生徒から、いじめられる事もあったが、その度に兄のリカルドや他の近所の友達に助けられた。

「ベト(アルベルトの愛称)、何でやり返さないんだ?」兄のリカルドが言った。

「人を殴ったりするのは、好きじゃないんだ。……。他人に暴力を振るうのは良くない事だよ。」

 アルベルトが静かな笑顔を浮かべて答えた。

    ・・・

「よう、色男さんよ。その綺麗なツラが見られねえ様な形に変わっちまっても

 俺を恨むんじゃねえぜ。」

 口髭を蓄え、いかにも腕っ節が強そうな二の腕の太い男がアルベルトをニラミすえながら言った。しかしこの時は、アルベルトは気弱な笑いを浮かべていなかった。ただ、黙って相手に視線を合わせていた。アメリカ、ロサンゼルスで行われた、WBC世界フェザー級タイトルマッチ(ダイナマイト)の異名を持つ強打のチャンピオン、ロジャー・ホプキンス(米国)が 21歳のメキシコの新鋭、同級4位、アルベルト・ペレスを挑戦者に迎えての6度目の防衛戦、試合前の賭け率オッズは3・5 対1で、目下3連続KO防衛中の

チャンピオンがさらに記録を伸ばすだろうと言うのが大方の予想だった。

「……GOOD LUCK!」

 試合前のレフェリーの注意が終わった後、両者は赤と青のコーナーに別れた。セコンドがロープを潜ってリングの外に出て行く。

  第1ラウンドのゴングが鳴った。

   ・・・

 第6ラウンドに入ると、チャンピオンの両目の腫れがかなり目立つ様になって来た。執拗に繰り出される挑戦者の左のリードパンチが邪魔をして、中々相手の懐に入り込めない。ロングレンジ(長い距離)ではリーチに勝るアルベルトが圧倒的に優位だった。ジャブとストレートで、チャンピオンを自分の距離に釘付けにし、タイミングを見て自分から踏み込んで左右のコンビネーションを上下に打ち分けた。

 業を煮やしたチャンピオンが中途半端な距離から、力まかせのロングフックをスィングするが空しく空を切る。

「大きいのを狙うな!」「距離を詰めてショート連打だ!」赤コーナーから声が飛ぶ。

 チャンピオンが低い体勢から突進を試みるがアルベルトのワン・ツーに阻まれた。それでも強引に踏み込んでロープに追い詰めようとすると足を使われた。ラウンド終盤にアルベルトの右ストレートでチャンピオンの左まぶたがカットすると 追撃と手数が鈍りはじめた。

 第6ラウンド終了のゴングが鳴った。

 赤コーナーでは、止血の準備をした、トレーナーのルイスがリングに飛び込んでチャンピオン、ホプキンスを待ち構えた。

(それ程、長くも無いし深くも無い、取りあえずは血は止まる。……問題は腫れがかなりひどくなって来た事だ。左はもうほとんど塞がってる。……このままだと右が 塞がるのも時間の問題だろう。)

 タオル(ストップ)を考えた方がいいのかも知れない……と、止血を続けながらルイスは思った。

(まさか、あの女の様な顔をした、痩せっぽちのメキシカンがこれほどやるとは……)

 ホプキングのダメージの深さを見て、マネージャーのケビン・スミスは歯噛みした。

 第7ラウンドのゴングが鳴った。

 ゴングと同時に、もう後が無いと見たチャンピオン・ホプキンスが全力で

 アルベルトに向かって突進して行った。そして、体で押し込む様にして、アルベルトをロープに詰めると、がっちりと固めたガードもお構いなしに、これまでKOの山を築き上げて来た左右の(ダイナマイトパンチ)をがむしゃらに叩き込んで行った。

 しかし、アルベルトが連打のタイミングに合わせて左ショートアッパーを突き上げ続け様にストレートをヒットさせるとチャンピオンは大きくのけ反って後退し、攻守が入れ替わった。コーナーに追い詰められたチャンピオンの顎をアルベルトの右ストレートが打ち抜いてチャンピオンが腰を落としかけ、ガードが下がった所で赤コーナーからタオルが投げ入れられた。

 既にストップのタイミングを見計らっていた、レフェリーがすぐに両者の間に割って入り、両手を交差させた。

 新チャンピオン誕生の瞬間だった。

   ・・・

 その後、アルベルトは初防衛戦でウーゴ・ゴンザレス(ベネズエラ)を大差判定で下し、ペドロ・エスピノサ(フィリピン)を4R・KOで破って2度目の防衛に成功した。そして、3度目の防衛戦の日程と対戦相手が正式に決まった。場所は、アメリカ、ラスベガスのMGMグランド・ガーデンアリーナ対戦相手は同級1位 フェルナンド・オリバレス(プエルトリコ)、戦績33戦32勝(32KO)無敗1分、デビュー戦のドロー以外は全てノックアウト勝ち、前WBCスーパーバンタム級チャンピオンで連続KO防衛の世界記録を17に伸ばした後、タイトルを返上 2階級制覇を狙って階級を上げて来た。(軽量級史上最強のハードパンチャー)と評価され、現在のパウンド・フォー・パウンド(全階級中)でナンバー1に挙げられているボクサーの1人だ。

 アルベルトにとって、文句無しにこれまでで最強の対戦相手だった

「今度の(ビッグマッチ)に勝ったあかつきにはヨォ、お前はメキシコのどこに行っても英雄扱いだぜ!」

 最近はもうほとんど頭が真っ白になった、トレーナーのサントスが言った。彼はまだアルベルトが産まれて来る前から、ずっとこの町でボクシングを教えている。

「僕は……。僕はただ、自分が目指す目標の為に、ベストを尽くして向かって行くだけですよ」

 ジムの壁際にあるベンチに腰掛けて、拳に巻いたバンテージを丁寧に解いて行きながら、アルベルトは静かに答えた。彼の横に置かれたチャックの開いたスポーツバッグの中に、何冊かの本と共に連珠の付いた小さなロザリオが入っているのが見えた。

「……全く、お前は大した奴だよ」サントスはそう言って、深い皺の刻まれた顔をほころばせ、ジムの窓の外に視線を移した。

   ・・・

「今度の防衛戦は、メキシコ国内はもちろん、アメリカでも……特にヒスパニック系の多くの人々から注目されています」アルベルトの取材に訪れた、テレビサ(メキシコのTV局)のレポーターが言った。

   ・・・

 アメリカのリングを中心に、これまで圧倒的な強さで対戦相手を次々になぎ倒し観客を沸かせて来た、(ダンディーなKOアーティスト)プエルトリコの英雄、フェルナンド・オリバレスの人気は非常に高く、その挑戦を受けるアルベルトのファイトマネーも最低保証で600万ドル(約5・5億円)とこれまでよりはるかに高いものだった。これまでにも、3度、世界戦を闘って、かなり稼ぐ事が出来た。

(母がまだ生きていれば、今頃は何の苦労も無く、楽な暮らしをさせられたのに……)

 世界王者になった後、アルベルトは幾度もそう思った。妹のロレーナが4歳でこの世を去った後も、兄のリカルドとアルベルトの兄弟を女手ひとつで育てて来た母親のレティシアも、2歳年上の兄リカルドもアルベルトが世界タイトルを手にした時には、もう既にこの世にはいなかった。レティシアはアルベルトが15歳の時、家で突然倒れ、そのまま帰らぬ人になった。

   ・・・

「チャンピオン、聞く所によると、あなたはメディコ(医者)になる為にプロボクサーに なったそうですが?」

 レポーターがアルベルトに質問した。

「そうです。……私は元々、医者になる資金を稼ぐつもりでボクシングを始めました。……私は選手を引退したら、本格的に医者になる為の勉強をするつもりです」アルベルトが、その話をすると多くのものが、その意外な希望に一瞬とまどった様な表情をした。

(貧しい環境で、育った僕には他に方法が思い付けなかったのさ……)

 アルベルトは思った。

 彼が育った貧民街の多くの少年達は、貧しさから脱け出して人間らしい暮らしをする成功の道は、(組織)から(ヤク)を扱わせて貰える様になる事、売人になる事だと考え、街で幅を効かせているギャング組織の人間に憧れた。そんな環境から医者になるには、普通のやり方では到底無理だった。

「お前は母さんの誇りだった。アルベルト、お前にはどこで何をやっても立派にやって行ける力がある」

 アルベルトの希望に理解を示していた、兄のリカルドはギャング団の一員になり、アルベルトが19歳の時、ティフアナの路地裏で敵対するギャングに4発の銃弾を射ち込まれて死んだ。

   ・・・

「チャンピオンの試合をVTRで観たがスピードがあって、とても高いボクシング技術を感じた。しかしリングの上では何びとであれ、私の拳から逃れる事は出来ない。……私は仕事の時にはいつも出来るだけ時間をかけない事を心がけている」

 試合前日の記者会見場で、挑戦者フェルナンド・オリバレスは記者の質問にそう答えた。

 階級をひとつ上げた事で、減量苦が軽減され万全の仕上がりのオリバレスの表情には自信がみなぎっている様に見えた。次にそれに対してのアルベルトのコメントが求められた。

「オリバレスの強打をまともに受ければ、私はとても立っていられないだろう。しかし私のパンチを彼が受けてもそれは同じ事だ。私は彼にベルトをプレゼントする事は出来ない。私が彼に用意しているプレゼントは、(初めての敗北)と言う教訓に満ちた経験だけだ」アルベルトがそう答えると、会見場に詰め掛けた多くの記者達の間からどよめきが起こった。

(いつも、黙んまりな、コイツにしては中々のグッド・ジョブだ!)

 隣で聞いていた、サントスは思わずニヤリとして肩をすくめた。悪玉俳優の教科書に出て来る様な、悪人顔をしたアメリカの大物プロモータードナルド・ビッグマンがその顔には似合わない笑顔を顔いっぱいに浮かべその両脇に、アルベルトとオリバレスがファイティング・ポーズを取って立つと一斉にカメラのフラッシュがたかれた。

   ・・・

「さあ!これから一発デカイ大仕事をやってのけようじゃ無いか!」サントスが言った。

(母さん、兄さん、ロレーナ、それじゃあ行って来るよ……)

 アルベルトはそれまで手にしていたロザリオを側に置いたバッグに入れると立ち上がった。

 そして、ガウンを翻してロッカールームを出て行った。チャンピオン、アルベルト・ペレスが姿を現わした時、MGMグラウンド・ガーデン・スクエアを埋め尽くした大観衆の怒号の様な大歓声が彼を迎えた。

   ・・・

 第1ラウンドのゴングが鳴って、両者がリングの中央でグローブを合わせた。その直後の意外な展開に観衆は一瞬のどよめき、その後、会場は興奮した人々の大歓声に包まれた。

 足を使って距離を取って来ると思われた、チャンピオン、アルベルト・ペレスが試合開始直後に、速いワンツーの後、さらに自分から距離を詰めて、オリバレスをロープ際に詰めて、回転の速い連打を上下を問わず叩き込んで行った。

 オリバレスもすぐにロープ際からフックとアッパーで応戦するがアルベルトは攻撃の手を緩めなかった。

(序盤はじっくり見させるつもりだったが、これで良いのかも知れねえな)リング下で見ていたサントスは思った。攻撃は最大の防御……オリバレスの強打の嵐から逃れる為には、自分が攻勢を続けて行くしか無い。

 第2ラウンドに入ってもアルベルトは自分から、相手の最も得意とする、接近戦を 仕掛けて、休む事無く連打を繰り出し、オリバレスをロープ際に釘付けにした。激しい打ち合いになった。両者のパンチがヒットする度に観衆の大歓声が一際大きくなった。

 山場は突然にやって来た。

 第8ラウンド、アルベルトの右アッパーがカウンターでオリバレスの顎を 捕らえると、オリバレスの腰が落ち、続くラッシュで遂にキャンバスに崩れ落ちた。必死に立ち上がろうとするオリバレスだったが、足が言う事を聞かないままレフェリーのテン・カウントを聞く事になった。

   ・・・

 激闘から5日後、アルベルトは唯一の趣味である愛車に乗りハイウェイをドライブしていた。助手席には小さなロザリオが置かれている。激しい太陽の光が地上に降り注いでいた。満ち足りた気分だった。太陽の溢れる光の中で、母と兄のリカルド、妹のロレーナの笑顔が見えた。太陽の光の後、大型トレーラーが目の前に見えた。

 2日後、WBC(世界ボクシング評議会)はフェザー級の王座が空位になった事を発表した。チャンピオン、アルベルト・ペレスがタイトルを保持したまま、23歳の若さで交通事故に合い、帰らぬ人となった為だった。

     (終わり)


(この物語は実話をヒントにしたフィクションです)

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