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自作小説倶楽部 第6冊/2013年上半期(第31-36集)  作者: 自作小説倶楽部
第32集(2013年2月)/「チョコレート」&「宝物」
14/63

02 真珠 著  宝物 『干支が人の露天風呂で』

これは、続き物になっています。

多分前作を読んでいない方には、意味不明だったりします(汗)

よろしければ、こちらにまとめて掲載しておりますので、ご一読くださいm(_ _)m


http://mbbook.jp/rotenburo/

 湯の中に隠れている岩に頭をのせ、仰向けで浮かんだ馬子は杉の木の先端を見つめていた。やはり、昼間のうちから天狗はのぞきには来ないようだ。夜になると、10メートル程もある杉の木のてっぺんに天狗が立って、こちらを伺うのだ。気づいてからというもの、夜は重い番傘をさして露天風呂に入っている。内風呂へ行くのは、逃げているようで癪なのだ。

 ここは、干支の露天風呂ではない。九州は阿蘇のふもとの温泉。馬子のたっての願いで両親に用意してもらった山荘だ。敷地四千坪の中にあるのは、数千本の竹と、数百本の紅葉。そして、その中に小さな庵が11戸あるが、一番奥の熊紋庵が馬子の楽園だ。

 秘湯の源泉に仰向けの馬子は、顔と乳房だけ湯上に浮かべ、無音の世界で流れる雲のはやさに見とれていた。視界の端に動くものを感じ、慌てて起き上がる。ポニーテールにした栗色の髪から、温泉を滴らせながら振り返った。

「ばあや」

「まーこお嬢様。エスプレッソが入りましたよ」

 庵から伸びる渡り廊下の階段から、足元のおぼつかないばあやが、盆にチタン製のカップをのせてやってきた。

「ありがと」受けとると、馬子は胸いっぱいにエスプレッソの香りを吸い込んだ。嬉しそうに、伏せたまつ毛の奥で黒目がちの瞳が笑う。ひんやりとしたカップに、湯気をあげたエスプレッソは熱く、馬子は注意深くすすった。

「お嬢様、そろそろお出にならないと、のぼせますよ」

「そうね、いったん、あがろうかな」

 馬子は湯から上がると、ふかふかのバスタオルで躰を包み、庵に入った。健康的な肌は水を弾き、温泉のつぶが転がった。バスタオルに包まれていても、馬子のしなやかな筋肉の伸びが感じられる。女らしくも、運動選手のように均整のとれた躰だ。

 庵には、大きな囲炉裏の掘炬燵があり、そこに座ると大きなガラス窓から庭の露天風呂が一望できる。ガラス窓の横には、さっき入ってきた戸があり、外の渡り廊下の先には小屋がある。その中は内風呂として、野趣あふれる洞窟風呂と洗い場がしつらえてあった。これらはすべてプライベートゾーンで、人との接触がなく寛げる空間だ。元々風呂好きの馬子は、この庵に来てから、ずっとタオル一枚で庵と岩風呂と露天風呂とを行き来していた。

「お嬢様、浴衣も用意してございます。よくお似合いになると思いますよ」

 ばあやが手に取り勧めるのは、桜の模様の可愛らしい浴衣だった。

「いいよー、あっちーもん」体に湯気を纏い、バスタオル1枚で股を広げて座る馬子に、ばあやは渋い顔をしながらひざ掛けを掛けた。

 窓の外は、弱い太陽の光で粉雪が舞っていた。

 エスプレッソ1杯で、長湯の喉の渇きは癒されるわけはなく、ばあやに出してもらった、ナタデココ入りのヨーグルトドリンクを飲み干して、やっと馬子は一息ついた。

「さて、温泉ばっかり入っててもしょうがないよね。本来の目的を達成しないと!」

「ばあやは、およしになったほうがいいと思いますが……」

「何言ってるのよ!何のために、熊本に来たと思ってるの!私、絶対に告白するんだもんっ」

「お嬢様……」ばあやは、深く溜息をついた。

 事の起こりは、馬子の父親が彼女にiPadを与えたことだった。

「干支の神も人の世の流行を知るべきだ」という方針だ。馬子はYouTubeで色々なものを学んだ。そしてある日、彼に出会ったのだ。

 熊本県川辺川の橋からのバンジージャンプ。

 橋からのバンジーとしては、日本一の77mで、その男気溢れる姿にノックアウトさせられた。黒い毛皮に包まれた、あんなに丸い体で、自分の重さなどもろともせずに身を投げ出す男、くまモン。そう、馬子はゆるキャラ【くまモン】に惚れたのだった。そして前の年越しのとき、干支の神の中で、一番年も近く仲良しの巳妃が、龍五郎につのる想いを告白したのだ。その恋は儚くも散ったのだが、その出来事は馬子を刺激した。

「私も告白する!」と勢いづいてしまったのだ。

 バレンタインもそうだが、乙女の恋のイベントというものは、感染するらしい。

「あぁ~っ。どうしてアナタは、くまモンなのっ? どうして、神でも人でもない、くまモンなの~」

 あまり好きではない桜柄の浴衣を着た馬子は、囲炉裏の掘炬燵でくまモンのぬいぐるみに抱きつきながら悶えていた。

「どうして熊年ってないのかしら?彼が干支の神ならよかったのにっ……あ、これも、種族を超えた、許されざる恋なのかしら? 巳妃と同じ?」ばあやは黙っている。

(いえ、お嬢様。巳妃さまとは全然違うような……あれは、着ぐるみです)

「私、気づいたのよね。巳妃を励ましに行った時、私もこのままじゃダメだって!」

(いや、中身は知らないオッサンですよ……)

 ばあやは、困ったような顔で黙っている。

「明日、会いにいくから。スケジュールを確認するわね」

 馬子はiPadで、くまモンサイトのスケジュールページを開いた。

「えっと……朝はテレビの収録なのね。入れないみたい……それから募金キャンペーンに、JAの植木市ね。うわ、関西・関東・東海で九州展ですって!きゃー、台湾にも行くって!」

 ひとりで賑やかだ。

「くまモンって、神……? 一日でこんなに移動するなんて」本気で驚いている。

 ばあやは、そんな馬子に驚いている。

(お嬢様……着ぐるみが何体もあるんですよ……)

「でも……これじゃあ、ゆっくりお会いすることもできないじゃないのっ」

 イライラしてきた馬子は、iPadを放り出して寝転がった。掘炬燵のなかで、足をブランブラン動かしている。

「まあまあ、お嬢様。それよりも、まあるいお方がお好みでしたら、ほら、ばんえいの道産子の若様のほうが、体も大きくていらっしゃいますよ」

「イヤ!」

 ばあやは、馬子の機嫌をますます損ねてしまい、少し焦った。

「あら、そろそろお夕食のお時間ですわ」タイミング良く、庵の玄関戸から声がかかった。

「失礼いたします」

「はい、はい」ばあやは、少し慌てたように立ち上がると戸を開けた。そこには、下働きの人間が縮こまっていた。人の姿をしているとはいえ、長身で馬面のばあやを恐れているのだ。

「本日のお料理ですが……お選びいただくものになっております。熊本の最高級桜肉で、お刺身とたたきとお鍋が」

「イヤ!」

 最後まで言い終わる前に、ばあやは戸を閉め、馬子は叫んだ。

 イライラが最高潮の馬子は、戸に向かっておもいっきりくまモンのぬいぐるみを投げつけた。すると戸に当たって跳ね返ったくまモンは、そのまま囲炉裏の中に。

「ぎぃゃあああ!」馬子の一番の宝物がジリジリと焦げた。

     了


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