10 奄美剣星 著 珈琲牛乳 『恋太郎白書』
田村恋太郎と川上愛矢が通う椿が丘高校は、地方都市にありふれたデザインの鉄筋モルタル三階建て校舎で、一階から、上にむかうに従って上級生の教室となってゆく。一学年が十クラス、一クラスの定員は四十名強といった感じの公立高校だ。恋太郎と愛矢の成績は真ん中よりは上だったし、周囲にはそれなりに馴染んでいた。
芳野彩という娘がいる。身長は、のっぽな愛矢には及ばないものの、平均よりもやや高い恋太郎と同じくらいある。女子としては高いほうで四肢がすらりと伸びている。長い髪、細面。耳と顎が少し尖っている。世間一般でいうところの、美少女の範疇に属しているのだが、少し変わった容貌だ。成績はいつも学年トップクラスにいる。知恵があるということで、皆は、チエコと呼んでいた。親友は西田加奈、同じような背格好だが、ショートカットを好んでいる。
ランチタイムでは机を並べて食事した。他の生徒たちがするように、チエコは加奈と机二つを一つのテーブルのように繋げて、むき合って、弁当を広げた。不器用な少女は困惑した。チエコは母子家庭だ。母親は仕事で忙しい。チエコも大学受験の準備もあるから弁当など作っている余裕がなく、専ら、売店で弁当を買った。変化が起った。毎日というのではないのだが、ときどき、自分で弁当を作って持ってくるようになったのだ。加奈はチエコの様子がわずかながら変わったことに気づいた。
離れた席に恋太郎と愛矢がいる。牧師の息子である、のっぽな生徒が腕組みをした。いつもは夢見るような眼差しをしている恋太郎が何の妄想も抱かない。恋太郎も愛矢も、母親が作ってくれた弁当をもってくる。おかずは、御飯の入った弁当箱とは別個のタッパ―に入っていた。けっこうなボリュームだ。恋太郎たちは、おかずの容器の蓋を開くと、当たり前のように、机を重ねた真ん中あたりに置いたタッパ―へ、気兼ねなく箸をつけたものだ。二人は特に話題がなければ黙っている。食事が終わると実家が真言宗・檀家である恋太郎は合掌し、牧師の息子である愛矢は拱手して祈った。早めに弁当を食べ終われば、それぞれ、本を読んだ。「何の本だ?」とかはあえては訊かない。ちょっとのぞきこめば済むことではないか。声をかけて中断するという行為はストレスを与える。二人は互いに無粋なことはしなかったのである。
チエコは二人の様子を何気に、ちらちら、みている。加奈は、色白で、まつ毛の長い親友の横顔をみて、(ふうん。なるほどね)とは思ったのだが、追及はしなかった。加奈はタッパ―の蓋を開けた。デザートに苺が入っている。
「食べる?」加奈が訊いた。
「私も持ってきた。どうぞ」チエコのは小さく切ったパイナップルだ。
二人は爪楊枝で交換しあった。
チエコは加奈の顔が愛矢にみえてきた。想像していた。恋太郎が座っている席に自分がいて愛矢とむきあっている。二人ともあまり話はしない。メインの弁当が食べ終わり、タッパ―の蓋を開ける。「食べて」というと、愛矢が、「えっ、いいの?」という。楊枝は二つある。恐る恐る手を伸ばしパイナップルの小片に挿して口に運ぶ。チエコは頬杖をついて、じっと相手の顔をのぞき込むのだ。
「美味しい?」チエコが訊いた。
「うん、とっても」
二人とも微笑んでいる。
ロングヘアの少女は、ちょんちょん、と指で腕を小突かれる感覚がした。加奈だ。チエコは顔を真っ赤にした。
「美味しい?」加奈が訊いた。
「うん、とっても」
チエコと加奈は、食後、売店の前にある自販機で、珈琲牛乳と書かれた二百CC入りの紙パックを買い、ストローを挿して、屋上のフェンスにもたれて飲んだ。
ショートカットの娘が、「あの二人ってさあ、いいよね」と小声でいった。
チエコはまた顔が真っ赤になった。なんて判りやすい娘なんだろうと加奈は思った。
了




