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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

メンドウな恋

作者: 青白



 今日も空はひたすら青く、雲は優雅にぷかぷかと流れている。

 うん、平和だ。学校の屋上のベンチに寝そべりながら、私はそう思った。


「あーあ、めんどくさ……」


 ここまで天気がいいと、こうぼやきたくもなる。もうすぐ昼休み終了のチャイムが鳴るが、午後の授業はパスしたい気分だった。ひと眠りしようと、目を閉じる。


 その時、屋上の扉が勢いよく開け放たれた。


たの!」


 つかつかと早歩きで私の元へやってきたのは、香野山咲かのやま さきだ。両手を腰に当てて、威圧的な吊り目で寝転がった私を見下ろしてくる。吹き付けた風が、彼女のきっちりとしたポニーテールを揺らした。


「何さぁ、咲。人が気持ちよく微睡んでるのに」

「あんた、また午後の授業サボるつもりでしょ?」

「あ、いや、別にサボる訳じゃないよ。ちょっと休むだけ」

「同じだっつの!」


 頭上に雷が落ちてきて、一気に眠気が冷めた。こいつの声は、凛としていてよく響く。


「もう、うるさいなぁ。ほっといてってば」

「そういうわけにもいかないの! あんたがサボったら、規律委員のあたしが叱られるんだってば。ほら、行くよ!」

「うん、わかった。一時間経ったら起こして」

「授業終わってるわ! さっさと立つ!」


 私はほとんど無理矢理咲に引きずられるようにして、屋上を後にする羽目になった。

 こうして私の華麗なるサボり計画は、見事に無に返してしまったというわけだ。




 私と咲は、昔からずっと一緒だった。いわゆる幼馴染、ということである。

 私は今と変わらず大層なめんどくさがりで、何かをして遊ぶよりも家でゴロゴロしている方がいいという体たらくだった。

 そんな私を引っ張りだして連れ回していたのが、咲だ。

 彼女は小さい頃から真面目で、進んで人の前に立つような子供だった。そんな彼女が高校に進学してから規律委員に入ったのも、至極当然のことと言える。

 一番疑問に思えるのは、どうして私にずっと付き合ってくれるか、ということだ。

 自分で言うのも何だが、私のめんどくさがりは子供の時から全然改善されていない。むしろ、悪化しているくらいである。

 これには両親もお手上げで放置しているくらいなのに、咲は違う。それはどうしてだろう。

 何となく本人に尋ねることもないまま、私たちは小中高と、今までの友達関係を送ってきた。




 どこかで目覚まし時計が鳴っている。


「んー……」


 私は唸りながら、手を伸ばして目覚ましを止めた。針はちょうど七時を指している。大丈夫、まだ寝られる。あと、ほんの二時間だけ……。

 再び目を閉じかけると、今度は隣の携帯がバカでかい着信を鳴り響かせた。


「うー……」


 何だよもう、と携帯を開く。どうやらメールが来たらしい。こんな時間に送ってくる人間なんて、一人しかいない。

 受信ボックスを開くと、一番上にやはり咲の名前があった。「今日学校! 寝坊厳禁!」という簡潔な本文。


「めんどくさ……」


 私は携帯をマナーモードにしてなるべく遠くに放り投げると、布団の中に潜り込んだ。これでようやく、私の元に安眠が訪れる。

 そう思った矢先、部屋のドアが大きくノックされた。


「楽! どうせまだ寝てるんでしょ? 早く起きないと遅刻するよ!」


 どうやらご本人が登場のようである。一体この流れの朝が、何度繰り返されたことか。これも家が隣同士であるからこそ、できる芸当である。


「あー、もう……」


 私は観念して、ずるずるとナメクジのようにベッドから這い出た。




 口に出すのが億劫なほど面倒な一時限目の授業が終わり、私はそそくさと勉強道具を鞄に詰め始めた。


「おや、楽。もう帰るのかい?」


 のんびりとした声がかかる。川原鈴かわはら りんだった。高校に入ってから、隣の席と言うことで話すようになった友達だ。彼女の雰囲気は時間がゆっくり進んでいるのかと錯覚するほど、穏やかでおっとりとしている。ゆるいウェーブが掛かった長い髪も、その印象に拍車をかけていた。


「しーっ。次は大嫌いな古典だからさ、それ受けるくらいなら、家で寝てる方が有意義かなって思って」

「まあ机よりかは、家のベッドの方が寝心地がよさそうだもんね」


 そういう問題でもないような、と自分のことを棚に上げて思う。彼女とは、いまいち会話が噛み合わないのだ。


「じゃあまあ、咲にはよろしく言っといて。それじゃ」

「あ、でも咲なら丁度――」


 歩きだそうとした私は、背後に阿修羅が放つような殺気を感じ取った。恐る恐る、振り返る。


「――楽の後ろにいるんだけどね」


 腕を組んで、鳥肌が立つほど爽やかな笑顔を浮かべた咲が立っていた。……うむ、目に見えるほどすさまじい怒りの炎だ。


「たーのー? もうすぐ二時限目始まるけど、どこ行くのかなぁ?」

「あ、いやぁ、ちょっとトイレに行こうと思ってさ」

「あれ? 楽、帰るんじゃなかったっけ?」


 空気の読めない鈴が、火薬庫に銃弾をぶち込むような発言をする。私は背中がさーっと冷たくなっていくのを感じた。そのまま曲がれ右で、駆け出す。


「そ、それではごきげんよう」

「こら楽! 待ちなさい!」

「咲。待てと言われて待つ人はいないと思うよ」

「鈴は黙ってて!」


 こっそりと咲の目を忍んで早退するつもりが、学校内での全力鬼ごっこへと発展してしまった。

 咲は嗅覚が鋭いというか、私がどんな行動に出るかあらかじめ把握しているような感じで、先回りしてくることがあるのだ。これもきっと、幼なじみ故に私のデータが揃っているからなのだろう。

 結局、頭脳も駆け足も抜群な咲に叶うはずもなく、無念にも私は大嫌いな古典の授業を受ける羽目になってしまった。




「はぁ……やっと終わった」


 授業終了のチャイムと同時に、私は机に力無く突っ伏す。

 あれから途中撤退を許されることなく、学校内でお昼を迎えることとなってしまった。咲が後ろで目を光らせているから、居眠りもできない。まさに地獄だった。


「お疲れサマンサ、楽」


 鈴が気の抜けるような挨拶をしてくる。


「ほんとお疲れサマータイムだよ、めんどくさい。四時限一気に授業を受けるなんて、健康な女子高生がすることじゃないね」

「アホ、それが当たり前なんだっつの」


 後ろから咲が私の頭を軽く叩いた。規律委員の職務を果たせたからか(主に私関連で)、機嫌が良さそうだ。よし、今なら言える。


「あー、咲? 実は今日のお昼ご飯なんだけど……」

「はいはい、どうせお弁当持ってくるの忘れたんでしょ? パンとか持ってきたから、分けてあげる」

「やりぃ」


 朝は意識が朦朧としているため、私はお弁当を忘れることが多々あった。そこでそのことを知っている咲が、お昼を余分に持ってきてくれるのでそれをいただく、という流れになっていた。もはや定番である。


「まったく、どうやったらいつもお弁当を忘れられるんだか」

「えへへ、いつもお世話になっておりやす」

「ほんとにお世話になってるけどね。いい加減授業サボるのやめなよ、楽」

「まあ、十回に一回くらいは真面目になるよう努力する」

「……あんた、卒業できるわけ?」


 いつもの漫才のようなやりとりをじっと見ていた鈴が、不意に口を開いた。


「二人ってさぁ、何か夫婦みたいだよね」

「はぁ!?」


 それを聞いて、咲がびっくりするくらい大きな声を上げる。


「い、い、いきなり何言ってんの鈴」

「誰の目から見ても、ダメ亭主にまんざらでもない妻の見本例みたいじゃない? 会話のリズムもぴったんこ」

「バ、バ、バッカじゃないの? こんな奴、こっちから願い下げだってば」


 耳まで真っ赤にして咲が首をぶんぶんと振るう。そんな必死になるくらい嫌なのだろうか。ひどい思われようである。何となく気に食わないので、鈴に便乗してみることにした。


「えー? 咲が嫁だったら、色々してくれて助かるのになぁ」

「たたたた、楽っ! ああああ、あんたまで何言ってんの!」

「まあ結婚したら尻に敷かれそうだけどね、楽は」

「う、うるさい鈴! ……ほら、屋上行くよ楽!」


 咲は私を引っ張って教室を出ていく。掴まれたその手が、いつもよりほんの少し熱くて。

 よくわからないけれど、どきり、としてしまった。




 屋上に出る。完璧な青空とは言えないが、薄い雲間からはかすかに日差しが見える。お弁当を食べるには丁度いいだろう。


「ここでいいよね」


 咲は日陰のベンチに座り、私はその隣に腰を下ろした。


「はい、これ」

「ん、ありがと」


 焼きそばパンを私に放ると、彼女はそのままお弁当箱を開く。ありゃ、珍しい。いつもならここで、「次からはしっかりお弁当持ってきなさい」とか、小言が飛んでくるのに。

 そのまま無言で食事は進んだ。やっぱり変だ、とパンを頬張りながら思う。咲が私に何も言ってこないなんて、明日は槍でも降るのだろうか。


「……ねえ」

 ちらちらと横目で様子を伺っていると、咲が口を開いた。慌てて焼きそばパンに夢中だったフリをする。


「ど、どしたの?」

「さっき楽、言ってたよね。あたしが嫁だったら、色々と助かるとか……何とか」

「え、まあ、言ったけど……」


 先ほどのやりとりのことらしい。だけど、それが一体どうしたのだ。


「……ほんとに、そう、思う……?」

「へ?」

「その、あたしと一緒だったらいいなとか、思う……?」

「はぁ? どゆこと?」


 だから! と顔を勢いよく上げた彼女は、日陰いるのにも関わらず、真っ赤になっていた。


「あたし、楽のこと好きなの……!」


 張り上げた声で紡がれる言葉。私の指の隙間から、焼きそばパンが転がり落ちた。

 それが友達としてとか、そういった範囲内の意味ではないことは、咲のらしくない不安そうな顔が物語っている。

 私はあんぐりと開けていた口を閉じて、ゆっくりと長いため息をついた。


「……好きって言ってもさ、私と咲、女同士でしょ。それって変じゃないの?」


 地面に落ちた焼きそばパンを拾いながら言う。もう食べられないだろうから、ティッシュに包んだ。


「だからさ、きっと勘違いだと思うよ。ほら、思春期にはよくありがちだって――」


 言い終わる前に、横っ面に何かが叩きつけられる。カレーパンだった。


「いったぁ! いきなり何だよ!」


 怒鳴りかけて、私はぎょっと固まった。腕を下ろした咲は、泣いていたのだ。ぽたぽたと、ベンチの上に涙が落ちる。


「どうせ、面倒なだけでしょッ!」


 そう吐き捨てて、彼女は屋上から出ていってしまった。

 後には呆然とした私と、湿ったカレーパンが残された。




 耳をつんざくような甲高い音が反響している。目覚ましだ。私は時計を止めて引き寄せる。七時半だった。そろそろベッドから出なければならない時刻だが、体は睡眠を欲している。

 眠い……。重くなった瞼を閉じかけるが、ふと枕元においてある携帯に目がいった。

 画面を開いてみても、メールが来た形跡はない。それどころか部屋の扉をノックされることすらなかった。この時間になっても、だ。

 やっぱり昨日のこと、まずかったかな……。咲の泣き顔を思い浮かべると、心が水を吸ったように重くなった。


「ああもう、めんどくさい……」


 私は頭まで布団を被った。もう何も考えたくなかった。学校は昼から出ることに決めて、私はごちゃごちゃになった頭の中で羊を数え始める。




「おそよー、楽。今日は堂々とお昼登校だね」


 丁度四時限目が終わるタイミングで教室に入った私に、鈴が話しかけてくる。きょろきょろと周りを見渡すが、咲の姿はない。私はほっと息をついた。


「おそよう、鈴。……今日は、過激なモーニングコールがなかったからね」

「咲が楽のこと起こしに行かなかったなんて、今日は槍でも降るのかね」


 そうだね、と私は普段通りを装って返す。本当は、朝から咲のことばかり考えていて、二度寝どころではなかったのだった。

 いつも私を嵐のように起こしにくる咲が来なかったということは、明らかに彼女は私を避けているのだ。しかも、確実に昨日のことが原因で。

 ほんと、めんどくさい。何で私が、このままずっと悶々としていなければならないのだろう。

 そこで、大きなあくびをしている鈴を見て閃いた。こいつに相談というわけではないが、壁に向かって話すよりは、案外楽になるかもしれない。ある程度のごまかしを入れて、私は彼女に言ってみることにした。


「ねえ、鈴。私の友達の話なんだけどさ」

「ふえ? 何さ、藪から棒に」

「いいから聞きなよ。私の友達がね、そのまた友達に告られたらしいんだよね」

「ふーん」

「でもさ、お互い女同士だったわけでさ。友達は勘違いじゃないかって言ったら、告ってきた子が怒っちゃったらしくてさ。面倒なだけでしょ、って」

「へえ」


 気の抜けたような返事しか返ってこないことで、逆にもやもやしてきた。壁に話した方がマシだったかなと思っていると、鈴が言った。


「んー、その友達は、告白を真剣に受け止めたわけ?」

「え?」

「……あのさ、普通告白されたらね、答えはイエスかノーしかないわけでしょ? それを考えたのかっつってるわけよ、私は」


 鈴から向けられるまっすぐな眼差しに、私は戸惑う。更に彼女はまくし立てるように続けた。


「告白ってさ、結構勇気がいることじゃない? 女同士だったら、特に。それをさ、勘違いじゃん、なんて、何も考えずに言うのってどうなの。答えになってないどころか、相手の真剣な気持ちを完全に無視だよね」


 鈴から吐き出される言葉が、ぐさぐさと刺さってくる。最後にとどめを刺すように、鈴が言い放つ。


「いろんなことが面倒なのはわかるけどね。今までずっと一緒にいてくれた咲の気持ちにはさ、逃げずに向き合おうよ、楽」


 完璧に、打ちのめされた。床に這いつくばりながら、私は自分がいかに愚かだったかをようやく悟った。


 咲はこんな私と、ずっと一緒にいてくれた。こんな私を、好きになってくれた。だからこそ、私のことを見捨てずに隣にいてくれたのだ。


 そんな彼女の気持ちを、私は受け止めることもせず、一言で踏みにじった。めんどくさいと思って、逃げ出してしまった。

 咲への想いは、遥か昔から、私の胸の中に存在していたというのに。それにすら、気づかないとは。


 ほんと、大バカだ。私って。


「ちなみに咲なら、屋上にいると思うな」


 わざとらしいさりげなさで、鈴が言う。


「鈴。あんた、いつから気づいてた?」

「忘れた? 夫婦みたいだよねーって話振ったの、私でしょ。ま、咲の背中を押すつもりだったんだけどね」


 今までぽわぽわしたおとぼけだと思っていたけれど、とんだ観察眼の持ち主だったわけだ。人間というのは、本当にわからないな、と思った。




 屋上に出ると、すぐ手すりに肘をついた咲の背中が見えた。私が後ろに立ったのを察して、振り返る。


「楽……」


 瞼が若干腫れぼったい。どうやら泣いていたみたいだ。彼女は慌てたように口を開いた。


「あの、昨日のことなんだけど、やっぱり私の勘違いだったみたい。忘れて」


 さんざん頭の中で練習したであろう、すらすらと並べられる言葉の羅列。その通りなら、なんで、と思う。


 どうしてそんな辛そうな顔で、笑うの?


 私はいてもたってもいられず、彼女を抱きしめた。体越しに感じる、かすかな驚きと戸惑い。

 彼女は自分の出した答えから、逃げだそうとしている。私のせいで。だからこそ。


 一度逃げ出した私は、もう二度と逃げちゃいけない。


「咲、ごめん。やっとわかった」


 私、ずっと咲を待ってた。屋上でサボろうとしていた時も、毎朝自分のベッドの上でも、一時限目が終わって、そそくさと帰ろうとした時も。咲が来てくれるのを待っていたんだ。

 私の手を、いつも引いてくれていた咲。その頼もしい背中に、繋がれた手のひらに、自分が感じていたこと。その意味。


 全部、わかった。


「好きだよ、咲」


 体を離して、私は彼女と向き合ったまま言った。これが私の、彼女の気持ちへの答えだ。


「面倒じゃ、ないの?」


 めぐるしい状況についていけないのか、放心したように彼女が言う。私はいたずらっぽく微笑んでみせた。


「誰かさんを見習って、たまには真面目になってみようかなって」

「……バーカ」


 拗ねたように顔を逸らす彼女は、とっても可愛いらしく見えて。

 彼女の頬に手を触れて、顔をゆっくりと近づけていく。閉じられた瞳は、肯定を意味していた。唇と唇が触れ合うまで、あと、もう少し。


 だというのに。


 無情にもチャイムが鳴り響いた。昼休み終了の合図である。


「ちょ、ちょっと、授業! 始まっちゃう!」

「えーっ、いいじゃん。めんどくさい」

「あんた真面目になるんじゃないんかい! ほら、さっさと行くよ!」


 私たちは駆け出す。いつも通り繋がれた手には、いつもとはほんのちょっと違う、特別な意味が込められていた。



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