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また小刻みな投稿になってしまって申し訳ありません。


 緋織はふところに忍ばせておいたある物を弄びながら、二階で、晃たちが通した人間が来るのを待っていた。

 (こんな事に自分が巻き込まれるなんて、一年前の私が思ったかしらね……)

 そんな訳無いわね、と緋織はくすりと笑う。

 「……想像も出来なかったし、嫌悪していたわね。昔の私じゃ……」

 手を胸に当てた緋織は、自分の胸の鼓動が早まるのを感じた。

 (炎燈寺くん、あなたが変えてくれたんです。あなたが、私を変えてしまったんですよ?)

 緋織は最愛の人の姿を頭に浮かべるだけで心が躍り、世界の色彩は鮮やかに、天上の音楽すら聞こえるようだと思った。彼女自身、言葉にするとやけにちっぽけで安っぽく感じることは分かっていたが、そう形容するしかない、感情に包まれていた。

 これほどの幸せが以前の自分にはあっただろうか、と自問し自答した。

 “あるわけが無い”と。あるわけがない、絶対に、と緋織は断言した。

 彼女の愛はもはや、熱心な信者が神に贈る崇拝に近いものにまで昇華されていた。そして緋織自身もそのことを自覚しており、それを誇りに思うまでになっていた。

 そうして、緋織が愛する人を心に描いていると、そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、その本人から電話がかかって来た。緋織はあたふたと携帯を探し、胸元のポケットに仕舞ったことを思い出して咳払い一つ、通話のボタンを押した。

 「はい、夏瀬です。炎燈寺くん、もしかして……」

 『あぁ、司たちが来たらしい。用心してくれ。誰が夏瀬くんの下へやって来るが分からないが、あいつ等は――』

 「しっ、ですわ炎燈寺くん。戦場に立つ女性はそんな無粋な言葉よりも、もっと欲している言葉がありますわ」

 『そ、そうなのか? なんて言えばいいんだ、夏瀬くん』

 「……”君が俺には必要だ”。非力な私だって必要だと言ってもらえませんか?」

 『そんな風に自分を卑下するもんじゃないぜ? 俺は夏瀬くんを大切な友人だと思ってるし、これからも失いたくない、大切な人だ』

 「はぁ……。取り合えず、その言葉で満足しておくことにしますわ。では、この後の祝勝会で――覚えていなさいな」

 『え、あ、ちょ、夏瀬く……っ』

 緋織は一方的に電話を切った。緋織としては”友人”という言葉が必要無かったのだが、そんなことを仁が知る由も無い。

 (まぁ、”大切な人”という言葉は戴きましたから充分嬉しいんですけどね)

 耳に残った仁の声を何度も何度も脳内で再生し、堪能しているところに廊下の向こうから誰かが走ってくるのが聞こえてきた。

 身構える緋織。そこに現れたのは美衣だった。その走りは非常に遅いものだったが、美衣はそれでも一心不乱に走っており、緋織の存在に気付いたのは言葉通り、目の前までやって来てからだった。

 「ぁ……」

 美衣にとって緋織とは非常に恐ろしい存在であるらしく、彼女の存在に気付くとピタリと立ち止まり、たじろいでしまい、じりじりと後ずさりまでする始末だった。

 その様子に緋織は長い長いため息を吐くと、廊下の端へと寄った。さも、「早く行け」と言わんばかりに。

 「橘さん、あなたが私を苦手に思うのはしょうがないことだと思いますが、そこまであからさまなのは失礼だと思いますよ?」

 「ひゃ、あの、その、ごめんなさい……」

 「そうやってすぐ謝るのはよしなさいな。……まぁ私が言えた義理ではありませんが。して、橘さん?」

 「え……は、はい!」

 立て続けに問いかけられた美衣は思わず”気をつけ”の姿勢で返事を返した。

 「ここに居るという事は――炎燈寺くんに会うのですね? そう判断してよろしいかしら?」

 緋織はレンズ越しに片目を伏せて訊ねた。それはまるで、決められた勇者しか通さない門番かの如く、答えを間違えた人間を食べてしまう人獅子かの如く。

 「はい……仁くんとの約束、守らないと……」

 弱気な口調とは裏腹に、その言葉に見え隠れする決意を、緋織は見逃さなかった。そして、緋織も許した。

 「そう――じゃあ、行って来なさいな。もっと胸を張って! 炎燈寺くんに会うのですから笑顔で、ね?」

 笑みすら浮かべ、緋織は美衣に「ほら早く」と促す。その様子に美衣はほっと一息、暖かさすら感じる、春のような笑顔とともに、

 「ありがとう、夏瀬さんっ」

 と、丁寧に頭を下げる。呆気に取られていた緋織のことなど気付かないようで、先ほどとは打って変わって嬉しそうに廊下の先へと駆けて行く。何処となく、その足取りは軽そうだった。

 美衣が完全に闇へ姿を消す頃になって、緋織は我を取り戻した。

 (見惚れてしまいましたわ……。炎燈寺くんの気持ち、少し分かったような……)

 あの笑顔に抗える者がいるのだろうか、と緋織は自分の心に生じてしまった”何か”を必死に抑える。その”何か”は根を張るように緋織の心を浸食していくが、彼女は、自身の鉄の意志と仁への想いを支えに、猛毒にも似た”何か”を心の内から打ち払った。

「……あの笑顔はもはや魔性のものでなくて?」

 緋織はこの時、理解した。司が”主人公”なら美衣は”ヒロイン”である、と。”ヒロイン”は誰からも好かれる存在でなくてはいけない。この世界の神は美衣にも力を与えていた。それは人の心を捻じ曲げる、どうしようもなく厄介な代物だった。

 しかし深く考える時間は与えられなかった。すぐに、アリシアが巴を従えて現れたからだ。彼女たちは息を切らし、美衣を追ってきたが、緋織に気付いて眉を顰める。

 「あら? あなたは……」

 巴は首を傾げる。それに対してアリシアは緋織を指差し、喧しく騒ぎ始める。

 「あー!! アンタ、覚えてるわよっ! 昔、ライブしたときに最後の最後まで邪魔してきたヤツでしょ!? あの時、よくもこのアリシア様を引っ掻いてくれたわねぇー!? それに何アンタ、あの筋肉ダルマに味方するの!? バッカじゃないの!!?」

 アリシアの話を緋織は無反応で聞き、終わると寄っていた壁から離れて、最初のように廊下の中央に立ち塞がった。まるで、お前らの話に興味など無い、と意思表示しているかのようだった。

 「何よ何よ!? 何か言いなさいよっ」

 無視されたのがよほど癪に障ったようで、アリシアは足を踏み鳴らして怒りを現している。

 「そうね……」

 面倒そうに緋織は溜息に混じりに呟き、

 「馬鹿阿呆頓馬貧相幼稚矮小粗末、と言ったところね、取り合えず」

 早口で、まるで呪文を唱えるかのように囁く。最初、アリシアは理解できなかったが、その言葉が己を卑下するものだと分かると見る見るうちに顔を紅潮させていく。

 しかし、そんなアリシアの様子など知ったことかと緋織は続ける。

 「な、な、な……!」

 「他にも、低脳白痴下等と。趣を変えてみると”井の中の蛙”、”あんぽんたん”、”世間知らず”と、このぐらいですかね?」

 「……夏瀬さん、さすがの私も黙ってはいませんよ?」

 一歩前に出た巴は刀を構え、凍りつくような声で緋織に忠告、いや、警告した。これ以上、自分の友人を貶したらどうなるか分からないぞ、と。

 「あら? 最初に、炎燈寺くんを”筋肉ダルマ”と中傷したのはそちらでなくて? 自分のことを棚に上げて刃物で脅すなんてお里が知れますわね」

 「そ、それは……」

 怯えるどころか頬を吊り上げ、髪を流す緋織の反論に、巴は言葉に詰まってしまった。

 「――いいわよ、巴ぇ。アタシ、この女殺すから。アンタ、先に行って」

 歯を剥き出しにしたアリシアが、巴の肩を叩く。鋭い犬歯が否が応にも目立ち、それが彼女の加虐性を現しているように見える。

 そんなアリシアに気圧されたのか、巴は頷き、先を急ぐことにした。巴が緋織に視線を移すと、もう既にアリシアと睨みあい、臨戦態勢に入っているのが見て取れた。

 「では、先に行かせて頂きます。アリシアさん、御武運を……」

 巴が緋織の横を通って先へ進む。しかし、緋織は微動だにせず、アリシアを睨みつけている。

 数秒ほどの時間が希釈され、何倍、何十倍にも感じる。どちらも相手を睨みつけるのみで、アクションを起こそうとしない。

 「ふふっ……」

 緋織が笑った。この場には似つかわしくない、本当に嬉しそうな笑い声だ。

 「……何がおかしいの?」

 アリシアも思わず訊ねる。

 「ふふっ。だって、これで私も炎燈寺くんの役に立てるんですもの。笑いの一つも零れますわ」

 「なにアンタ!? もしかしてあの炎燈寺とかいう男のこと好きなのっ!?」

 アリシアは睨むのも忘れて目を丸くする。

 「そうでもなければこんな所にいませんわ。あなたもそうでしょう、アリシアさん?」

 そう問われ、アリシアはふん、と鼻を鳴らした。

 「トーゼン!! 必ず司をアタシのものにしてみせるっ!」

 そう断言した彼女は背中に手を回し、あるものを取り出した。

 「――アンタを殺してね」

 アリシアが取り出したものは巨大な鉄塊だった。

 黒鉄のスライド。白金のフレーム。木製のグリップ。そして”ALYCIA”の刻印。

 月明かりを滑らかに反射するそれは、一見すると芸術品のようにも見える。しかし、それは鑑賞されるものではなく、明確な使用用途があって作られた物だった。その用途とは――殺傷だ。

 「……ワルサーP22を原型として、アタシが特注で作らせたの。ドイツは国としては大嫌いだけど解ってるわ、この荒々しさ……たまらないわ!」

 うっとりしたようにアリシアは自分が握っている自動式拳銃を見つめている。

 「この子、名前は”ゴモリ”っていうの。――じゃあ、どうする?」

 スッ、とアリシアは緋織へ照準を合わせ、絶対的優位に立っていることから余裕を感じさせるような声で訊ねる。

 「…………」

 何も答えない緋織を、アリシアは嘲るような笑みと声で嬲る。

 「んー! やっぱり怖いー? でも、さすがに実弾は出ないけどねー!! 恋する乙女は無敵ってヤツ? 降参するなら許してあげるけど、どーする?」 

 勝利を確信したような態度のアリシア。緋織は自分に銃口が向けられていること、そしてその危険性を十二分に理解した上で、相手を見下すように微笑み、

 「――お断りしますわ。おもちゃを手にして、いい気になっている餓鬼に負けを認めるような人間が何処にいますか。それに――愛を知った乙女は強情ですのよ?」

 言ってやった、と笑みを深めた。

 「じゃあ……死ねっ!」

 怒りを爆発させたアリシアが引き鉄を引いた。パスッ、という冗談のような乾いた音とともに銃弾が緋織に襲い掛かる。

 不敵な笑みを浮かべていた緋織は、アリシアの指が動くのと同時に身を翻し――



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