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1-7

小刻みな投稿になってしまいました。


 ここは一階の廊下。いまここで晃と清十郎が互いの装備、仕掛けをチェックし合っている。一階の廊下には登下校口が存在し、朝と夕は生徒たちで混み合うが今は二人の声が響くのみで人っ子一人いない。この静謐は、嵐の前の静けさと言うべきだろうか。

 「……清十郎は本当に胴着に着替えるだけでいいのかね? 今からでも何か取りにいくなら、どうだ? 一緒に行くが」

 複眼のスコープを装着し、黒のジャージと黒のベストを身に付けた晃は見るからに重装備といった感じだが、清十郎は胴着に着替えたのみで特に何も用意をしていない。さらに付け加えると一階に施した仕掛けも晃が考えたものであり、清十郎はただその手伝いをしたまでである。つまり、清十郎はこの闘いに小細工などを用いず、体一つで闘うつもりでいるということである。果たしてそれは自信の表れか、それともただの油断か。

 「んァ、俺はいらねェ。殴り合ってるときにそこまで頭回んねェな。俺にゃアこの身体だけで精一杯だ。悪ィけどそーゆーのは全部晃に任せッゼ!!」

 「そう言うと思ってはいたけどね。いいかい、仕掛けはさっきも説明したとおりだ。僕が君の様子を見て適宜、独断で使わせてもらう。合図できるときは……」

 晃がベストから黒いイヤホンのような物を取り出した。しかしイヤホンにしてはやけにゴテゴテしており、片耳分しかない。その上コードもなく、横に小さなスイッチがついているのみである。それを清十郎が摘んで不思議そうに眺めている。

 「何だコレ? ブッ壊れてンじゃねェか?」

 「無線、だよ。ちなみに受信オンリーの。ほら、こうやって着けるんだ」

 清十郎からその受信機を受け取った晃が彼の耳に引っ掛けてやる。むず痒そうにしていた清十郎は、晃につけてもらった位置が気に食わないのか、何度か自分で弄って調整している。

 「受信だけってこたァ、俺の声は晃には聞こえないってことかァ?」

 やっと位置が落ち着いたのか、清十郎は自分の首を激しく動かして具合を確かめている。その様子に思わず晃は噴き出してしまう。

 「ははっ、君の声ならこの学校中どこに居ても聞こえるから大丈夫だよ。それで僕は合図できるときはする。だけど、必ずしも出来るとは思わないでくれ。緊急時はそれどころじゃないだろうしね」

 送信機を取り出した晃がそのマイクに「テス、テス」と呟くと「おう、おう!」と清十郎が答えた。その様子に晃が満足げに頷く。

 「よし、感度は良好ってやつかな」

 「あぁ、オッケーだ。んで、アレだな。取りあえず俺が切り込みで、晃が援護。それで、アー……正直俺ァ馬鹿だ。晃、お前が俺を上手く使ってくれよ? 頼むぞッ!」

 月明かり差し込む廊下で、清十郎はいつもヘラヘラと半開きになっている口を真一文字に閉じて晃を見つめている。その目は普段の彼とは似ても似つかないほど真剣味に溢れていた。 

 そして何より、彼の身体が僅かながら震えているのを晃は見てしまった。

 (清十郎も怖かったのか……)

 晃は自分が弱いことを知っているし、仁や”四天王”のような超人の足元にも及ばないことも知っている。もしかしたら自分は無様に袋叩きにされて酷い目に遭うかもしれない。しかし、それでも自分の大切な友人のことを思ってどうにか此処に立っているのだ。”仁の為に”というそれだけを支えに。

 (怯えているのは僕だけだと思っていたのにな……)

 清十郎は仁ほどでないにしろ、晃から見たら充分に強い。そして常に過剰とも思える自信に溢れている。そんな彼だからこそ、今夜も余裕綽々で挑むと晃は思っていた。

 しかし、実際は違った。清十郎も恐怖している。強いと思っていた清十郎が恐怖している。その姿を見た晃は、不思議と自身の恐怖が和らいでいくのを感じた。

 晃はスコープを外し、裸眼で清十郎を見つめ返す。言わなくてはいけないことがあると、その目は清十郎を見つめる。

 「……僕に任せておけ。清十郎、君に絶対後悔なんてさせない。どんな手を使ってでも勝たせてみせる。だから君も僕に誓ってくれ……絶対に倒れない、負けないってね」

 差し出された晃の手を、清十郎は強く握った。互いの約束が叶うように。

 「ッシャア! これで燃えなきゃ男じゃねェ!! 両足折れても立っててやッゼ!!」

 そして両雄は廊下に並び立ち、ついに現れた怨敵を睨め付けた。




 仁を置いて教室を出てきた緋織と火子は二人並んで廊下を歩く。互いに何か言いたいことがあるようで、廊下が終わるのを惜しむようにゆっくりと、歩く。

 「「あの……!」」

 二人の声が重る。互いにドウゾドウゾと譲り合い、緋織が咳払いをして話し始めた。

 「……多分、私とあなた。言いたいことは一緒みたいですわね。――炎燈寺くんのことでしょう?」

 緋織の言葉に「はい」と短く火子が答えた。

 「火子さんも……彼のことが好きなのね? もちろん”女”として」

 立ち止まり、緋織は火子に問う。彼女も歩くのを止めて緋織の目を見つめて答えた。

 「はい、会長。火子は仁お兄ちゃ……いえ、炎燈寺先輩を愛しています、ずっと、ずうっと小さい頃から。もう自分でも呆れてしまうほど好きです」

 ふふっ、と「私の前でも仁にぃでも構いませんわ」と緋織が笑みを含めて返す。その笑みに悪意が含まれていないのを感じ取った火子は「じゃあ仁にぃで」と嬉しそうに答えた。

 「……会長も、火子と”同じ”ですか?」

 火子が”同じ”という言葉に込めた意味を緋織は正しく受け取った。彼女は少し哀しそうに、そのまま笑みを浮かべたまま言葉を紡ぐ。

 「えぇ、自分の恋路よりも”炎燈寺くんの願い”を優先させる。絶対に、どんなに苦しくても。これは、譲れません……」

 その言葉を聞いた火子は、緋織とは対照的に、哀しそうではあるが、何処か嬉しそうでもあった。

 「良かったです。同じ苦しみを共有出来る仲間がいて……すごく後ろ向きな考え方ですけど」

 「私も嬉しいですわ。一応、ライバルでもありますけどね。でも、火子さんは炎燈寺くんのことが好きなのに、どうして今の今まで彼に力を貸してあげなかったの?」

 それが緋織は疑問だった。彼女が仁に惹かれ、行動を共にするようになってからの記憶を辿っても、仁の傍に火子の姿は無い。緋織にとって火子はただの優秀な後輩という認識程度でしかなかった。それが先日、血相を変えた彼女が緋織の下へやって来て、

 『話は兄から全て聞きました! 手伝わせてください会長!! 今回ばかりは火子も黙ってはいられませんっ!!』

 と、生徒会室で書類を届けに来ていた緋織に頭を下げてきたのだ。最初は何が何やら分からなかったが、詳しく話を聞くと火子が仁と因縁浅からぬ仲であったため、今回の参加を許したのである。

 「……苦しかったんです、仁にぃの傍にいるのが。仁にぃは一途で、美衣お姉ちゃんのことしか眼中にありません。火子も色々頑張ってはみたんですけど、振り向いてはくれませんでした。なのに、優しくて……。まぁそういうところが大好きなんですけど、ね。……でも会長は凄いです。自分は会うことも控えていたのに、いつも仁にぃと一緒に居て……」

 笑みは消え、顔には影が掛かる。火子は幼少期から今までの自分の報われない努力を思い出して、肩を落とした。

 緋織は髪を後ろへ流しながら答える。その口調は力強く、何処か自分に言い聞かせるようなものだった。

 「別に、ですわ。確かに苦しいですけど、それより嬉しさのほうが大きいですもの。愛している人の為に何かが出来る、一緒に居られる、これはとても幸せなことです! 短い人生、出来る限り好きな人の傍にいようとする、これは当然のことですわ!!」

 掌は知らず知らずのうちに拳を作り、目は鋭く、頬は赤く。緋織は誰もいない廊下の虚空に向かって話し続ける。

 「炎燈寺くんの幸せが私の幸せ。そのためなら私情を滅することなど何でもありませんわ。何よりも怖いのは、むしろ――」

 ここまで言うと緋織は話すのをやめてしまった。火子がどうしたものか、と顔を覗き込むと慌てた様子で仕切り直した。

 「とにかく! 火子さん! いつか、来たるべき時が来たら私とあなたは争うことになるかもしれません。でも、その時が来るまで特別な仲間です。互いを支えあえる、協力し合える、同じ秘密を抱えた、ね」

 緋織の頬は先ほどとは違い、恥ずかしさで赤く染まっていた。誰かに自分の想いを打ち明けたことが今更ながら恥ずかしくなってしまったのだろう。眼鏡を直したりそっぽを向いたりと落ち着きがない。ついには耐え切れなくなったのか、火子を置いて先に行こうとしたが、その手を火子に掴まれてしまった。

 「あ、ちょっ……! 放しなさいな!」

 いやいや、と緋織は首を振っている。その姿から彼女がどれほど恥ずかしがっているかが分かる。それも当然だ、彼女が本当に大切にしておきたい本心を誰かに告げることなど滅多にないことなのだから。

 自分の行動原理が知られてしまった緋織は、とてもじゃないが落ち着いては居られなかった。しかし火子は緋織を捕らえて離さない。

 「――いえ、会長。これは握手です。お互いの健闘を祈るという、大切な握手です! 火子は嬉しいんです。仁にぃをそこまで想ってくれている人が居たということと、こんな好敵手が居たと言う事が! 妹としても火子としても……!」

 その言葉を聞いた緋織がやっと落ち着きを取り戻した。火子と手を握ったまま、咳払いを一回。そして彼女の方へ向き直し、

 「そ、そういうことなら構いませんわよっ! 私は絶対に負ける気はありませんので火子さんも全力でお願いしますわ」

 手を握り返す。火子も、

 「はい。会長の恋心に敗北の二文字を刻み込んでやるつもりです。だから会長も頑張ってください」

 緋織と火子、同じ気持ちを秘めた両者が強く握手を交わした。月は遠く、熱は近く。先に手を離した火子が月明かりの下でステップを踏み、緋織にいたずらっ子のような顔を見せる。

 「それじゃあ、変な話ですが、自分の好きな人の恋路を邪魔する奴らに蹴りでも入れてやりましょう!」

 「そうね。私たちの苦しみも込めて、十二分に、この世に”主人公補正”を持って生まれたきたことを後悔するくらい叩きのめしてやりますわよ!」

 頬を上気させて熱っぽく言う緋織に対し、

 (会長のことだから本当に”叩きのめす”んだろうなぁ……)

 そんな事を思っているとはおくびにも出さず、火子は緋織と肩を並べてまた歩き始めた。怨敵を待ち構える己の牙城へと足早に。夜はまだ、静寂に包まれていた。





 俺は、自分の教室から夜の校庭を眺めている。周りが闇に包まれているため、空に浮かぶ月と星がいつもより眩しく見える。

 「不思議なもん、だな……」

 夜の校舎にこうして一人で居る事も、司たちとこんな喧嘩になることも、美衣ちゃんにここまで執着する俺も。全部が全部、不思議に感じる。

大切な友人たちが俺の為に来てくれた。美衣ちゃんが俺と話をするためにもう少ししたら来てくれる。それを止めようとして司たちがやって来る。全ての発端は俺に集束する。そう思うと成る程、不思議に思うのも当然だ。

(単なる”友人A”が話の中心にいるんだもんな。俺が中心、に……)

こんなこと初めてのような気がする。嬉しい、と言うよりはむず痒い。首筋がゾクゾクする。

 舞台に上がるべきではない人間がスポットライトに誘われて上がってしまった、と言ったところだろうか。普通ならば警備員なり、観客なりに押さえつけられて退場を余儀なくされるだろう。当然だ。この舞台は主役とヒロインのために作られたものであって端役のものでも、ましては観客のものでもない。この前提を崩せるのは、それこそ”機械仕掛けの神"ぐらいなものだろう。

 「……そんな都合の良い神様なんかいるわけないぜ。道は自分で切り開かないとな」

 例えそれがどんなに苦痛に満ちた道だとしても。例えそれが俺の友人たちを傷つけるものだとしても。

 「あぁもう! こんなこと考えるのはやめだっ!! いつまでもクヨクヨするなんて俺らしくないぜ!」

 頭を掻き毟り、俺は自分を叱責した。どうせ、なるようにしかならない。だったらドッシリと構えるしかないだろう。時計はまだ七時半、少し早いが屋上で待つことにしよう。

 「……頼むぜ、みんな。無茶だけはしないでくれよ……」

 祈るだけなら約束の反古にはあたらないだろう。そんな偽善溢れる祈りを神は聞き届けてくれるのだろうか。

 空をもう一度見上げる。月は、眩しかった。




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