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昼休み、いつもの三人が俺の机に集まって昼食を広げ始める。晃は栄養補助食品とミネラルウォーター、夏瀬くんは女の子らしい小さな弁当箱に手作りのおかずを入れてきており、清十郎は購買のパンと牛乳……俺は自分で作った弁当だ。皆、いつものように思い思い食事をし始めた。清十郎が話題を出し、晃と夏瀬くんが答え、時には突っ込む。本当なら俺も参加したいが……。少し待ち、三人の会話の頃合を見計らって俺は昨夜のことを話し始めた。
「知ってのとおり、俺は昨日美衣ちゃんに会ってきた」
三人はピタリと会話を止めて、俺に目線を集中させた。思わず、尻込みしてしまう。
「やっとですか……。何時になったら話してくれるのかと焦れていましたわ」
「えっ?」
「待ってたんだよ、僕たち。こっちから訊くのも迷惑だと思ってね。まぁ、僕らの勝手な気配りだ」
「俺もずっとウズウズしてたぜェー! でも会長が「炎燈寺くんが私たちを”本当の意味で”頼ってくれるまで待ちましょう」って……もがッ!?」
夏瀬くんが清十郎の口にウインナーを押し込んで口を封じた。彼らの言葉に、俺は自分を恥じた。
俺は正直、この三人を巻き込むのを最後の最後まで躊躇していた。言葉では「仲間だ」なんて言っていたが、本当の意味で”信頼”していなかったのは俺だったのかもしれない。昨日も「止めてくれ」なんて言ってはいたが、頭の中では一人でどうするかと考えていた。きっと晃も、夏瀬くんも、清十郎も、俺が話さなかったら何も無かったように振舞っていたに違いない。もし、俺が一人で決着を付けようとするならばその選択に従い、俺が頼ったならば力を貸す……三人とも自分たちの行動を俺に委ねていたのだ。それまでに、俺を想っていてくれたのだ。
(だったら、俺もそれに応えるべきだ。彼らの心意気に応えなかったら……全部嘘になるっ!)
覚悟は決まった。今までの”自分”だけの覚悟ではない。この、自分の大切な親友が傷つくことも厭わない覚悟だ。酷く残酷な、それでいて何処か嬉しくなる覚悟だ。
「……きっと、辛いことになると思う。司も”四天王”も必死に美衣ちゃんを引きとめようとするし、邪魔してくるだろうぜ。……力ずくでもな」
ここで一旦区切り、
「……俺の一番は美衣ちゃんだ、これは譲れない。当然だが、俺はその”一番”を何より優先したい。だから、頼む。晃、夏瀬くん、清十郎……助けてくれ。俺一人じゃ無理だ。頼む……俺の為に、闘ってくれ。腕がもげようが足が千切れようが、頼む。あいつ等を止めてくれ……!」
頭を下げた。ここ最近、俺は毎日頭を下げているような気がする。それだけ俺が情けないということだろう。こんな男を慕ってくれている三人には本当に申し訳がない。
「…………」
何の言葉も返ってこない。やはり勝手な言い分だったのか、と不安になり、顔を上げる。
「……うぅ」
夏瀬くんが目元を拭っていた。薄々感づいてはいたが、まさか本当に泣いていたとは思わなかった。
「お、おいおいっ。泣くもんじゃないぜ? そもそも泣く要素なんて無かったじゃないか」
とりあえず、泣かれると目立ってしまう。昼休みということもあって「なんだなんだ?」という目線が集まってしまい、居心地が悪い。泣き止んでくれないものか、と俺が右往左往していると、
「仁、君は気付いていないかもしれないが、さっきみたいに本当の意味で誰かに”頼った”のは僕が知っている限りでは今回が初めてだ。いつもの君は、何だかんだ言っても”自分でどうにかする”って考えているのが伝わってくるからね。だから、必要とされて夏瀬さんは嬉しかったんだよ。僕としても……その、嬉しい。とても」
晃がそっぽを向いて顔を真っ赤にしながら答えをくれた。なるほど、確かにそうだ。しかし、そんなところまで見透かされていたとは、驚きを通り越して感心してしまう。
「しかし大将ッ、ついに一皮向けたッつーかマトモになったッつーか……炎燈寺の大将は何でも一人でやっちまうからなーッ! 誰かの力を借りるッてのが苦手なのかもなー」
その清十郎の言葉に気付かされたが、俺はこれまで一人で戦い続けてきた。無論、司に対しても勉学においてもだ。俺だって最初からそうであった訳ではない。小学校の低学年辺りまでは周囲の人間に人並みに頼っていた。
(美衣ちゃんを意識したあたりからだな……)
“誰かに頼るのは格好悪い”なんて思ったのではなく、何でも出来る俺を見た美衣ちゃんに「格好良い」と思われかっただけだ、あわよくば頼ってもらえたら……なんてことを思っていた。それで努力に努力を重ねて琢磨した結果、知らないうちに”頼る”ことを忘れていたのかもしれない。
「う、嬉しい……ですっ。やっと私、炎燈寺くんの為に何か出来ると思うと、嬉しくて嬉しくて……!」
こんな風に泣かれるほど俺は一人で生きてきたのだろうか。自分の事ながら不安になる。
「これからは俺も素直に力を借りることにするぜ。だから、その……夏瀬くん、泣き止んでくれっ」
普段の彼女がやるように俺がパタパタと手を振る。その光景を見て朗らかに笑う晃と清十郎。きっと、俺は”今日”という日常を何度も何度も思い出すだろう。
やっと夏瀬くんが泣き止み、食事を再開しようとしたその矢先、
「ちょっとここ借りるぞ」
音もなく一人の男子学生が現れ、俺の机に無理やりスペースを作って弁当を置いた。そいつは――
「……長宗我部?」
椅子を空いている机から引っ張り出し、そこに優雅な仕草で座る。その動作は絵になるほど似合っている。
「テメェ……!?」
拳を作った清十郎を掌で制し、長宗我部は弁当箱を広げながら話し始めた。
「うむ、今日はカレイの餡かけか、好物だ。では、いただきます……我が妹も腕を上げたものだ」
俺たちが唖然としているなか、長宗我部は弁当のおかず一つ一つに感想を言って食している。
「……きんぴらは白米と食べることを想定して、かなり味が濃くなっているな。俺はあまり好かん。どうだ炎燈寺、食べてみるか?」
長宗我部が箸でつまんだきんぴらを俺に差し出しており、思わず受け取ってしまう。
「あぁ、ありがとう……って馴染むなッ!! なんでお前がこんなところに!? いや、どうして来たのかも疑問だがぁ!!」
俺はそれだけ一息で叫び、きんぴらを口に放り込む。
「……確かにしょっぱいな。体を動かす人間には最適だが……もう少し人参の割合を増やすべきだ」
「分かった、妹にはそう伝えておこう。……そう、俺がここに来たのは忠告だ」
箸を握ったまま俺たちを見渡し、
「藤堂も含め、一条もアリシアも随分怒っていてな。当然、俺も、だ。俺たちは全員で橘を諌めたんだが彼女は「仁くんに会いに行く。誰も来ないで」って言い張って大変だったんだ。それでまぁ、皆が君、つまり炎燈寺に対して敵意剝き出しでな。比較的”落ち着いている”俺が来たわけだ。ここまで理解してくれたか?」
頷く。いや、頷くしかなかった。そうすると長宗我部は「よろしい」と言って話を続けた。
「今夜8時だったな。失礼だとは思うが、俺たちも邪魔させてもらおう。なに、歓迎なんてしてくれる必要は無い……俺もそんな気分じゃあないしな」
ペキリ、と乾いた音が聞こえた。目を長宗我部の手元に移すと、彼の手の中には折れた箸が握られていた。なるほど、これは宣戦布告というわけだ。
「……ぬァにが、「そんな気分じゃあないしな」だッ!! こちとらトーブン前からイラついてんだゼッ!?」
青筋を立たせた清十郎が立ち上がった。俺はそのまま殴りかかるものかと思って、止めようとしたが、彼はなんと、折れた箸を引っ掴んで――己の口に放り込んだ。
「……なっ!?」
「あら……!」
「僕は知らんぞ……」
バキバキと物凄い音が清十郎の口内から聞こえてくる。その行動に長宗我部は驚いているが、夏瀬くんはどこか嬉しそうだ。俺はと言うと、開いた口が塞がらなかった。
清十郎は長宗我部をまんじりともせずに睨みつけながら、彼の箸を咀嚼する。つぅ、と口の端から血が流れ出した。恐らく、砕かれた破片が口の中を裂いているのだろう。それでも彼は噛み砕くのをやめず、鬼も裸足で逃げ出すんじゃないかという形相で睨み据えている。
砕く音が聞こえなくなるとブフゥ、という音とともに清十郎は床に粉々になった箸と血を撒き散らした。周囲で見ていた生徒たちも唖然としてしまっている。
「オイ、てめェ……聞いてんのかヨォ? アァ!?」
口元とワイシャツを真っ赤に染めた清十郎が長宗我部に顔を近づけ、至近距離で吼えた。
「俺んとこの大将に難癖つけてくれやがってこの餓鬼ガァッ! てめェ覚悟出来てンだろうなァ!?」
血の雫が吼えるたびに長宗我部の顔に飛び散る。長宗我部は冷静ぶってはいるが、怯えているようだ。目を清十郎と合わせてはいるが、呼吸が先ほどより早くなっている。しかしそれも数瞬、すぐに持ち直した。
(さすが”四天王”と言ったところか。いや、俺もぼけっとしてないで止めてやろう)
これ以上、この二人を放っておくとこの場で殴り合いを始めてしまいそうなので、俺は仲裁に入ることにした。
「落ち着け、長宗我部は話し合いに来たんだぜ? ほら、これで口を拭け、な?」
「大将がそう言うなら引くけどよォ……」
渋々といった感じで清十郎は俺の差し出したポケットティッシュを受け取り、席に着いた。しかし、目は依然と長宗我部を睨みつけている。
「ふむ、先に挑発したのはこちらだ。あくまで形式として謝っておこう。……要は今回は宣言に来たというわけだ。”こっちも黙ってはいないぞ”という宣言にな。橘との約束を破ることにはなるが、これ以上、大切な友人が傷つくのを指を咥えてみているのも限界なんでな」
淡々とした口調だがそこには確実に怒りが存在していた。長宗我部の言っていることは何となく想像できていたが、実際に司と完全な敵対関係になるというのは気分が良いものでは無かった。
こんな感傷も独り善がりなものでしかないと分かっている。だからこそ、だからこそ俺は……。
「そうか。ありがとな、長宗我部。じゃあ皆に言っておいてくれ。――知ったことかってな!」
謝ったりしてはいけない。健闘なんかも祈ってはいけない。司が敵であり、司にとって俺は敵であるということをぼやかしてはいけない。エゴとエゴのぶつかり合いに馴れ合いなんて在っちゃいけないんだ。だから、司もそう在れるように蛇蝎の如く嫌われよう。
「貴様らの気分や考えなんて知ったことかっ! 俺と美衣ちゃんの時間をもう一度でも邪魔してみろ! その時は俺が貴様らを赦さないぜっ!!」
自分でも滅茶苦茶なことを言っているのが分かる。俺は不意に虚しくなった。思い返せば何でこんな風に拗れてしまったのだろうか、と。俺が手紙を出した時からか、俺がただの幼馴染をやめた時からか、もしかして……美衣ちゃんを好きになった時からこうなる事は決まっていたのだろうか。
「……そうか。分かった。よく、分かった。その言葉、必ず藤堂に伝えよう。――覚悟、しておけ」
そう言うと長宗我部は弁当箱を片付け、教室から出て行こうとする。俺はその背中に言葉を投げかけた。
「……俺はしたぜ。お前が来る前に、もう済ませた。……なりふり構っていられないのはこっちだって同じだぜ」
教室から出る間際に彼の口元が動いた。残念ながら声は聞こえなかったが、俺には「藤堂の幼馴染、か」と動いたように見えた。その言葉に彼がどのような意味を込めたのか分からないが、きっと悪い意味では無いはずだと思えた。
「……ふぅ」
無意識に安堵の溜息を吐いてしまった。
「えーっと、取り合えずお疲れ様、かな。これで全面衝突は必至ってやつだね。まぁ、分かりやすくなって良いとは思うがね」
肩の力を抜いた晃が背もたれに寄りかかって俺に、草臥れた笑顔を見せてきた。
「……全く、人の感動を横からぶち壊してくれやがって……あのクソ、どう料理してやろうかしら……」
ブツブツと俯いて机を睨んで夏瀬くんが呪詛を呟いている。髪が房となって顔に掛かっていて……その、凄く怖い。
「夏瀬くん、こっちに帰ってこーい……」
「えっ! あ、あら!? 私ったらつい……。もう、嫌ですわっ。ふふっ!」
俺の声で我を取り戻した夏瀬くんが能面のような笑顔で俺を肘でど突いてくる。彼女なりの照れ隠しだろう、甘んじて受け入れよう。
清十郎は……と彼の方を見ると、既にバケツと雑巾を用意して床の掃除を始めていた。バケツの水が赤く染まっているということは相当量の血が出ていたということだろう。
「大丈夫か。清十郎……? 何でジェスチャー……あぁ、そういうことか」
口を膨らませて両手で×マークを作っている清十郎に最初は疑問を抱いたが、成る程。口内の出血は未だに止まっていないらしい。口を開くと血が流れ出すため、話せないらしい。痛々しい姿なのに、彼らしくて笑ってしまいそうになる。
「分かった。悪かったぜ。そのまま片づけを頑張ってくれ」
“任せておけ!”とジェスチャーをすると彼はせっせと雑巾をかけ始めた。先ほどあれほど激昂した彼と同一人物とは思えない。
「ついに、ついに直接対決ですわ! この日のためにしてきた準備と訓練が遂に実を結ぶのですね!!」
「え? 準備なんかしていたのか?」
「そりゃ当然だろう。僕だってある程度の備えをしてある。もちろん、昨夜に仕込んだ物も幾らかあるさ。いや、夏瀬さんじゃないが僕も楽しみだ。悪趣味だが、ああいった”恵まれた"人間に屈辱を味わわせるってのは嫌いじゃない。それも奴等は”絶対に勝てる”なんて思ってるんだろう? くくく、良いよ。こういうの……」
両手をワキワキと動かす夏瀬くんと目をギラギラさせる晃。……やる気に水を差すのも無粋だろう。
「そ、そうか。俺も頼もしいぜ……」
そうすると、俺たちの会話を聞いていたのだろう。清十郎がすっくと立ち上がり、
「お゛れ゛に゛も゛任ぜろ゛ォー!!」
という言葉とともに、また勢い良く血をぶちまけた。笑顔で血を吐き出すその姿は下手すればトラウマものだ。そりゃもう、教室では悲鳴をあげる女の子ぐらいは居て当然だ。
「こ、こらっ! 竈門くんも気をつけなさいな! しょうがないわね、私も手伝ってあげますっ」
「じゃあ俺も手伝うぜ」
「それならば僕も手伝うのも自明の理ってやつかな?」
俺たちが雑巾を手に取り、血溜まりを拭くのを手伝うと、「すまねェなァ……」と清十郎が口からポタポタ血を垂らしながら感謝する。きっと端から見たら酷くシュールな光景なのだろう。
「今夜、だな」
雑巾をかけながらポツリと呟く。
「もう少しだね、仁。ここまで来るのは大変だったと思うけど今夜だね。きっと上手く行くよ」
「その為にも部活中に作戦を練らなければなりませんわ。必ず勝利しなくてはいけない闘いがあるなら、それは今夜。可能な限り勝率を上げるのです!」
二人が励ましてくれた。今夜、どんなことが起きるかは分からない。明日見る世界は薔薇色か、灰色か、はたまた変わりもしないのか。どちらにしろ”決着”は付く。そう思うと期待感と焦燥感が綯交ぜになった不思議な感情が胸に押し寄せた。この感情が”希望”と呼ばれるものだと俺が理解したのは全て終わってからのことだった。
いったん、ここでおしまいです。また少し経ったらあげます。




