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1-2

続きです。

 滞りなく一日の授業が終わり、放課後になった。俺はそのまま机に向かって宿題をすませてしまう。いつの間にか癖になっていたが、これが最も効率が良いのだ。クラスの皆が勉学から解放されて自由に 浸っているときに、自分はなおも机から離れない。何故か、自分だけが違う世界にいるような感覚に襲われるが、これもいつものことだ。

 「あら、炎燈寺くん。まだ教室にいましたの? いつもなら橘さんたちのところへ行って下校に誘っている頃ですよ?」

 夏瀬くんが晃と一緒に、俺のクラスにやって来た。彼ら二人は3組、俺と清十郎は1組……美衣ちゃんたちは全員2組だ。これも”主人公補正”のなせる技だろうか。そう言えば中学校までは司と一緒のクラスだったな、などと下らないことを考えつつ、夏瀬くんの相手をする。当然、ペンは動かしたままだ。

 「いや、今日はあんなことがあったから止めとくぜ。俺も今は会いたくない。それより清十郎を起こしてやってくれ」

 清十郎は俺の記憶が正しければ,1限目あたりで船を漕ぎ出し、2限目からは完全に突っ伏して寝ていた。昼休みに起きて弁当を掻っ込み、また寝てしまった。授業などまともに受けていない。そのため、テスト前になると俺が一から教えている。他人に教えるという行為は、己がしっかりと理解していなければ出来ない。ある意味、俺のバロメーターを知る為には良いことだが……。

 「分かりましたわ。私にお任せあれっ!」

 夏瀬くんが清十郎を起こしに行ったようだ。晃は未だに俺の前に立っている。彼が何を言うでもなく傍に居ることは良くあることなので放っておく。

 「仁。今日、ボランティア部は活動するのかい? するなら僕が部室の鍵を借りてくるけど」

 「いや、ちょっと待て……よし! 終わったぜ。皆で借りに行こう。夏瀬くん、君はどうする? 清十郎は拳闘部だろうが」

 俺が荷物を鞄にしまいながら訊ねる。

「私の居る場所がそのまま”生徒会”ですから、ボランティア部に行きますわ。面倒な事務処理は昼休みに済ませてありますし、他の雑務など教師たちの怠慢が引き起こした下らないものですから」

 確かに『廊下を走ってはいけません』などの標語などを決めるのは、教師たちでも構わないだろう。”生徒の自主性”を求めるが、過度の自由は嫌う。そんな教師たちと独自の”当然の理”を好む夏瀬くんは反りが合わないに違いない。

 「……ふわぁあッ! 起きたぜ良く寝たァ! 太陽さん、二回目のおはよーッ!!」

 清十郎が元気良く起きだし、その勢いで服を脱ぎ始めた。ジャージに着替えるためだろう。夏瀬くんがいるのに全く恥ずかしがらない。夏瀬くんも馴れたもので、呆れたように溜息をつくだけだった。

 「大将―ッ! 炎燈寺の大将は今日は誘いに行かないのかッ!? 男には前進しか無いぜ!!」

 「その話はもうしたぜ。ほら清十郎、夏瀬くんにちゃんとお礼を言うんだぜ?」

 夏瀬くんが散らばった制服を畳んでくれている。パッパッと服を翻すだけでクリーニングに出したように畳まれる。全く、大したものだ。俺でもあそこまで手際よくやれるものか。

 「会長サンキューッ! ほら、この拳闘部お手製のナックルペンデュラムを差し上げよう! 大切にしてくれよッ!!」

 「私、これもう6個持ってるのよね……」

 ジャージに着替えた清十郎が何処から取り出したのか、先端に拳を模った重りの付いたペンデュラムを夏瀬くんに手渡していた。ちなみにおれは11個持っている。

 以前、「何故ペンデュラムなんだ?」と訊ねたことがある。そのとき清十郎は、輝かしい笑顔をこちらに向けて「大将、女の子は占いが好きだろうッ!?」と言った。色々と突っ込みたかったが、清十郎なりの考えがあったのだろう。男くさい拳闘部に女子部員が欲しかったのは分かるが……。

 「清十郎も起きたし、俺たちはボランティア部へ行こうぜ。清十郎、お前は拳闘部だろう? 頑張れよっ」

 俺は鞄を手に、立ち上がる。清十郎は「帰りにまた合流だぜーッ!?」と最後まで騒がしく去っていった。しかし、廊下は走ってはいない。あの奇妙な歩法はきっと競歩だろう。彼は彼なりに校則を守っている。晃の言うとおりだった。俺たちもボランティア部へ急いだ。



 俺がボランティア部に入った理由は簡単なものだった。”人助けが人目を憚らずに出来る”、これだけだ。ボランティア部は最初、俺を除いて幽霊部員しかいなかった。そこへ晃が入部し、夏瀬くんも入部した。清十郎は兼部という形でたまに顔を出しにくる。俺一人の時は、ごみ拾いをしていても奇異の目で見られるだけだったが、今はそんなことは無くなった。やはり、集団というものは良くも悪くも力がある。

 殺風景な部室に荷物を置いた俺たちは今日の仕事の打ち合わせをし、その後やけに嬉しそうな夏瀬くんが鞄からあるものを取り出した。

「炎燈寺くん、煙崎くん。この前行った幼稚園のことは憶えてるかしら? あの園児たちのお散歩を手伝ったところですわ」

 夏瀬くんの手元にはたくさんの、やけにカラフルなカードと思しきものがあった。これは……?

 「――お礼の手紙かね。いや、存外に嬉しいものだねこれは」

 手紙か。晃の言うとおりだ。ちらりと見える文字は、拙いながらも全て感謝を示すものだ。思わず、俺も顔が綻んでしまう。

 「部活動も大切だが――その前にほんの少しぐらい手紙を読んでも誰も怒りはしないだろうぜ。夏瀬くん、少し見せてくれないか?」

 「僕も頼む。心の栄養が最近足りてないんだ」

 夏瀬くんも待ちきれなかったようだ。「ふふっ、はいどうぞ!」と俺たちに2、3枚ずつカードを配った。俺に手渡されたカードにはこう書いてあった。

 『ありがとうございました またきてね』

 『かたぐるまがたのしかったです またしてほしいです』

 『かけっこはつぎはおれがかつ! またしょうぶしろ!』

 短い文だが心の染み入る。一緒に描かれている絵も心を和ませるものだ。この眼鏡を掛けているのは夏瀬くんだろう。座って絵本を読んでいるのは晃だな。逆立ちしてるのは清十郎か。と、なると……この一際大きく描かれた、真っ黒で目が赤く、牙が生えてるのが俺か?

 「……みんな、炎燈寺くんのことがとても印象に残っているようですわね。私のカードではビルを壊して火を吐いてますわ。……まぁその周りでみんなが笑顔で描かれているから恐いというわけでは無さそうですが」

 「僕のほうだとやけに腹筋の割れた男に、矢印で『むてき! さいきょう!』と注意書きまでされてるね。この意見には僕も賛成だ」

 みんなのカードも俺と同じ様な具合らしい。俺はあのとき、常にニコニコ顔で接していたと思うのだが……。

 「どっ、どちらにしろ! これは”人気者”ということを示すものです! だから炎燈寺くん、そんな捨てられた子犬みたいな顔をするのはよしなさないなっ」

 夏瀬くんが励ましてくれる。晃も「光栄なことじゃないか。これは良く記憶に残っているということだからね」と、肩を竦めている。

 「どうせ俺は――いや、そうだな! 褒められてるんだからクヨクヨするもんじゃないぜっ! ハッハッハッハ!!」 

 言われてみればその通りだ。園児たちの目にどう映っていたとしても、カードに書かれていた言葉は全て好意的なものだった。何を悲しがることがある! そう思うと否が応でも元気が出てくる。

 「じゃあ夏瀬くん、他のカードもあとで読むが今は部活動だ! このカードたちは時間が空いた時にバインダーに閉まって厳重保管だぜっ」

 「はいはいっ、分かりました。あとで竈門くんにも見せてあげましょう。彼のことだから園児たち全員にペンデュラムを配りに行こうとしますわよ?」

 「ははは、清十郎ならやりかねないね」

 たかが紙一枚、されど紙一枚。言葉の持つ力とは偉大だ。なるほど、だから手紙やメールが普及するわけだ。手紙、か……。

 「手紙か。――ムッ!?」

 「ど、どうしたの、炎燈寺くん?」

 閃いた。これなら上手くいくような気がする。俺が直接出向くと何故か失敗する。ならば、手紙を出せば良いんじゃないか!

 「手紙だ! 何でこんな簡単なことに気付かなかったんだっ! 手紙なら直接言葉が伝わるぜ!!」

 「手紙? 成る程ね。それなら結果はともかく、気持ちは伝えられるね」

 「ちょ、ちょっと二人ともどうしたの? 私にも教えなさないなっ」

 晃には伝わったようだ。夏瀬くんは怪訝な顔で首を傾げている。

 「夏瀬さん、仁は――」

 晃が言うより早く、俺は先ほど思いついた作戦を口にした。

 

「俺は司に果たし状を書くぜっ!!」

 

 えっ? と晃が驚いたような声を出した。どうしたのだろう。

「藤堂に果たし状? ……橘にラブレターを出すんじゃないか?」

 晃のその言葉に、次は俺が驚いた。俺が美衣ちゃんに? コノオレガ? ドウシテ?

 「どう考えてもそうじゃないか? 橘にラブレターという形でなら想いを伝えられると思ったんだろう? ――まさか、『そんな事思いつかなかった』だなんて言わないだろうね」

 ここで、夏瀬くんが合点のいったような顔で俺を指差して言った。

 「そうです! それなら誰にも邪魔されませんわ! いや、そもそも気持ちを伝えるのを妨害される状況がおかしいのですが……ラブレターを書きなさい。炎燈寺くん!!」

 俺は両手を前に突き出してマテマテと意思表示した。

 「いやいや俺が突然、美衣ちゃんに『好きです。付き合ってください!』なんて書いてみろ! 間違いなく断られて次の日から挨拶も貰えなくなるぜっ!? それよりも、だ。司に美衣ちゃんをどう思っているのか問い質して、場合によっては鉄拳制裁のほうが……」!

 「炎燈寺くんは本当、橘さんが絡むとダメダメですわね……」

 「そんなだから今までダメだったんだね……」

 ダメダメと、二人の言葉が刃となって俺の心に突き刺さる。思わず体が固まる。

 「――でも、悪くないね。藤堂に真意を訊いておくのは悪くない。彼が橘を好きだろうが興味がなかろうが、知ることが出来ればどちらにしろ今後の指針になるね」

 「だ、だろう!? 悪くないだろう?」

 晃に肯定されて体がまた動くようになった。しかしその矢先、夏瀬くんが、

 「あのね、炎燈寺くん。私たちはその姿勢をダメだと言ったのです。何故、一歩踏み込もうとしないのですか? そのままではずっと友人Aですわよ?」

 夏瀬くんの言っていることは尤もだ。グゥの音も出ない。

 「まぁ、行動を起こすことについては私も賛成ですわ。でも鉄拳制裁はいただけません。この拳は使うべき時まで取っておくべきですもの」

 俺の拳を夏瀬くんの手がフワリと包んだ。俺を励まそうとしてくれているのだろう。涙が出そうだ。

 「あー、ゴホン。僕も居るんだがね」

 何故か晃がわざとらしく咳をしている。

 「ん? どうした晃。これでいいか?」

 仲間はずれにされて拗ねているのだろう。俺は晃の両手を片手で握った。随分小さな手だ。俺の手とは違い、柔らかい。

 「ななななななにしてるんだ仁ッ!? 僕らは男同士だぞ!?」

 「あぁそうだが……どうしたんだ? 顔が真っ赤だぜ」

 こんな晃は珍しい。ただ、手を握っただけだというのに。……もしや風邪か? それはいけない!

 「……え!?」

 額に手を当てる。少し熱いが……。

 「――熱はないな。問題ないぜ。体に気を付けろよ?」

 「…………」

 晃は惚けたような顔で中空を眺めている。本当に大丈夫だろうか? 

 「あの、そろそろ私も混ぜてもらえないと置いていかれるような気がするので加えてもらってもよろしいかしら? どうも女人禁制な空気がプンプンと……」

 夏瀬くんが困っている。確かに、そろそろ活動を始める頃だろう。俺は己に気合を入れる意味も込めて、今日の目標を大声で彼らに伝えた。

 「今日は学校周辺の歩道のゴミ拾いだっ! 通学路と言わず、片っ端から拾うぜ!! 近隣住宅の皆々様から『この高校に近づくにつれて道が綺麗になるわねぇ』と言ってもらえるように頑張るぞっ!!」

 晃も夏瀬くんも俺の言葉に続いて「おー!!」と腕を振り上げる。あぁ、こんな些細なことだが、俺は今を楽しんでいる。これは”何か”の代用品などではなく、間違いなく俺の本心だ。


 

 ゴミを学校指定の場所に運んでいるうちにすっかり暗くなってしまった。季節は春を過ぎた辺りだが、まだ日が暮れると少し肌寒い。制服に汗が染み込んでしまったせいで余計だ。

 「ふむ、ジャージになるべきだったぜ」

 「いや、それは仁が放置されていた自転車全部担いできたからだと思うが。普通の人間は二桁も運べないよ」

 言われてみれば晃も夏瀬くんも汗などかいていない。不思議なものだ。

 「炎燈寺くん、とりあえずあの自転車は回収業者のほうへ電話しておいたので、そこに置いたままで大丈夫だそうです。それと……」

 「大将―ッ!! 俺は部活が終わったぞー! 一緒に帰ろうぜェ!!」

 そこまで夏瀬くんが言うと清十郎が手を振りながらバタバタ走ってきた。いつでも元気な彼が羨ましい。

 「おう、俺たちもちょうど終わったところだぜ。部室に戻りながら作戦について説明しよう」

 ゴミ拾いをしながら三人で作戦を練った。そのことについて清十郎にも伝えておかなければならない。

 「作戦……ってことはアレか大将ッ!? ついにカチコミかァ!?」

 「違うわよ竈門くん。武力行使は有効的な場面に必要な分だけ。今回は炎燈寺くんが藤堂くんに手紙を書くだけよ」

 「何だよ、手紙かよッ。しかも男にかッ! まどろっこしいな!」

 「僕もそうは思うがこれは大きな進歩だ、清十郎。仁が間接的ではあるが橘に近づくのだからね」

 晃にそう言われるほど俺は消極的だったのだろうか。自分のことは己より他人が知っている、多分晃の言う通りなのだろう。俺は以前に比べたら随分と消極的になっただろうし、美衣ちゃんとの距離も驚くほど開いてしまったように感じる。

 (小学生の頃はいつも司、俺、美衣ちゃんの三人だったんだけどな……)

 ふと、そんなことを思って、何処か切なくなってしまった。俺が離れていったのだろうか? それとも彼らが俺を突き放したのか? 答えは出そうにない。

 「で、どうヤんだよ? まさか『美衣ちゃんを俺に譲れ』って書くわけじゃねぇだろッ」

 「それについては心配ないぜ! 俺はこう見えても小学生の頃に書道を極めた男だ。バッチリ達筆な手紙を司の机に放り込んでやるぜっ!!」

 「内容は『お前に聞きたいことがある』という題を主軸に置いた、言葉の暴力がふんだんに盛り込んだものにする予定です。要は”宣戦布告”ですわ。藤堂くんに、炎燈寺くんが本気だって事を知ってもらうの」

 夏瀬くんが付け足してくれた。仲の良い幼馴染だと思っていた人物から突然、攻撃的な手紙をもらった困惑するだろう。もしかしたら哀しむかもしれない。それでも、それでも俺は止まれない。自分勝手で最低だ。罵られるのも当然だろう。でも、美衣ちゃんを諦められない。どんな聖人君子に説教されても曲げられない。

 「……手紙は、明日までには完成させて朝のうちに司の机の中に忍ばせておくつもりだぜ。”俺たち”の本格的な活動の一歩目だ。お前ら! よろしく頼むぜ!!」

 俺が手を前に出す。皆が俺の意図するところが分かってくれて、手を重ねてくれた。


 「――僕の愛する直向きな友人の為に」

 「――私の愛する不器用な友人の為に」

 「――俺の愛する省みずな友人の為に」


 「「「「……絶対に寝取ってやるぞおおおーっ!!」」」」


 目的は不純だが、熱意と決意は混じりけのない純粋なものだった。”俺たち”はこれから適う訳がない、勝利が約束されている存在に立ち向かう。だが以前とは違う、俺ではなく”俺たち”でだ。

 (待ってろよ、司! “俺たち”を見せてやるぜ!!)

 空にもう太陽はなく、世界は完全な闇に包まれた。さぁ、次は俺の番だ!



一旦ここで、締めです。それなりに早く次を出せると思います。読みにくいと思われますが、すいません。これからも精進していきます。もし、感想などを頂けるなら喜んでいただきます。それはもう、犬のように尻尾を振りながら。

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