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不格好なところで切れます。ご容赦ください。
清十郎は改めて思い知った。何故あれ程の力を持った仁が司に勝つことが出来ないのか。それは努力や気合などと言った、泥臭いものでは到達し得ない領域が存在するからだ、と。
「ありえねェ、イカレてやがる……」
言葉を失った清十郎を見て、晃も急いで廊下の先を見やる。そこには――
「――ふむ、これは危なかったな。立っていた場所が悪かったら針鼠になっていたやもしれん」
悠々と、綽々と。長宗我部は、天井を這っていた。
彼は蛍光灯の取付器具にしがみ付き、全ての矢を躱していた。彼の足元にはまるで草が生い茂るように矢が突き刺さっており、それをどこか満足そうに眺めている。
逆さまのまま、髪の毛を下に垂らした状態で長宗我部は笑う。それは驚いている晃と清十郎の顔が単純に面白かったという、たったそれだけのことで湧き出た笑顔だった。
「……晃、アレの準備は出来てッか?」
清十郎の言葉が意味することを、晃は首を横に振って否定する。
「アレは――いや、駄目だ。君は動けないし、長宗我部を見ろ、底が知れない。憶えているだろう、アレは不意を付いて強襲するためのものだ。こんな時に使っても失敗するのが目に見えてる」
音も立てずに床に降り立った長宗我部は、ゆっくりと二人のほうへ歩を進める。それを見た清十郎は身体を壁に押し付けるように立ち上がり、
「俺が……俺がアイツの動きを押さえる。そンで俺ごとやれ。もう、もうそれしかねェ! 俺らがやるしかねェんだッ!!」
痛みに呻きながらも清十郎は、廊下を歩く長宗我部の下へ向かおうとする。
「晃ッ! 早く、早くだッ!! ここでやらなかったら大将に合わせる顔が無ェ!! 『頑張ったけど駄目でした』なんてあの人にだけは言いたくねェんだよッ!!」
親に叱られた子供がぐずるような顔で清十郎は晃にそう告げる。その言葉に、晃は彼の胸に軽く拳を当て、笑った。
「……何かあったら僕が責任を取る。これは約束させてくれ、いいね?」
「ハッ! しゃあねェ、責任はくれてやるよッ!! 任せたゼッ!」
同じく、清十郎も晃の胸に拳を当てて、廊下へと出て行く。
「二分も掛からん! 耐えてくれっ!」
そう言うと晃は昇降口側へ駆けていった。その姿を見送ると、清十郎は以前のように自信に満ちた表情で振り返った。
「待たせたかッて……ンな訳無ェか」
長宗我部は「そうでもないさ」と肩を竦め、身体を屈ませて構えを取る。その体力がどこから沸いてくるのだろうか、彼の立ち振る舞いは疲れ、負傷を微塵も感じさせない堂々とした物だった。それに対し清十郎は立っているので精一杯の有様だ。
「何つーかよぉ、不公平だぜッ。テメェももう限界じゃねェか?」
もはやステップも踏むことが出来ない清十郎の問いに、何処か枯れてしまった老人のような声で、
「何故だろうな。俺自身も謎だ。よく分からんが……そう、今此処に立っているのが本当に自分なのか疑わしい程だ。まるで疲れを知らない人形になった気分でな……」
それだけ言うと舞うように飛び上がり、
「フッ!!」
清十郎の顔面を踏みつけた。その反動を用いて右肩へも足裏で踏みこみ、最後は胸板を蹴りつけて宙で後転して着地する。清十郎は反応も出来ずに為すがままであったが、中腰になって膝を付く事だけは避けた。
「悪いな、お前の近くに寄るのは危険と判断させてもらった。さて――次だな」
そう言うと長宗我部は袖からある物を取り出した。それは――
「テ、メェ……! ギッてやがったかッ!」
それは先ほど放たれたクロスボウの矢であった。それを計二本、両手に持って薄く微笑んだ。
「なに、お前らがコソコソ話している間に”拾った”だけだ。持ち主が見つかったら”返して”やろうと思ってな。ふむ、持ち主が見つかって良かった……なっ!!」
手が閃く。危険と判断した清十郎は、身体を横倒しにして回避を行なう。しかし、躱しきることが出来なかった一本が彼の左太腿に突き刺さる。
「――ッてええええええッ!! クソ、痛ェ! 痛ェぞクソがァ!!」
吼えることで痛みを中和するように清十郎は叫ぶ。叫び、睨み、悶える姿を長宗我部は冷静に受け止め、
「やはり闘いには苦悶の絶叫が無くてはな。お前は中々に忍耐強かったぞ。それじゃ……何だ。そろそろ終わりにさせてもらうぞ!」
両足が捥がれた清十郎に走り寄る長宗我部。立つのが精一杯の清十郎はただ、目前に迫る暴力に強がりのようなファイティング・ポーズを取る事しか出来なかった。
間合いを計るような前蹴りを、両腕で防御した清十郎だが、両足の踏ん張りが効かないため、そのまま吹き飛ばされる。倒れそうになるのを後ろに手をついて、蹲踞の体勢で耐えるが――
「――これでどうだ!?」
既に宙へ跳んでいた長宗我部は、全体重をかけて清十郎の腹部へ飛び下りた。爪先から着地された清十郎は一度くの字に折れ曲がり、どうと音を立てて糸の切れた人形のように倒れ伏した。
何の反応も返さなくなったことを確認すると長宗我部は、彼の上から退いて遠くから聞こえる地響きにも似た轟音を響かせる”何か”に対応すべく、始末したソレに背を向けて音のする方へ向きを変えた。
遠くから響く音はあっという間に近づき、ついには周囲の窓ガラスを震わせる。
地面に伏せた清十郎にまでその振動は伝わる。彼は朦朧とした意識の中で、その鳴動を身体全体で感じながら昔のことを思い出した。
俺は荒れた中学生活を送っていた。血と泥にまみれ、暴力と悪意をその身体に纏う、省みずな”クソッタレ”な生活だ。
あの時の俺は世の中を見下げ果てていたし、学校の生徒や先公もクソ喰らえだと思っていた。
学校にも碌にも行かず汚れた野良犬のように街をふらつき、鬱憤を晴らす毎日。当然、友人なんて一人もいなかったし、いらなかった。以前齧った”ボクシング”を使って人を傷つける。楽しくなんかはない、ただ粋がっていたから潰しただけだ。
そんな生活をしていれば仲間になろうと擦り寄ってくる人間もいる。しかしそんな奴らも叩き潰した。たまに返り討ちにあうこともあったが、それはそれで良かった。
そして中学校最後の年にある男と出会う。まさか、その男が俺を変えることになるとは、その時の俺には想像もつかなかった。
その男はハンドバッグを片手に、商店街で買い物をしていた。大きな図体には似合わない、可愛らしいアップリケが付いているハンドバッグをぱんぱんにして、彼は主婦のように店を廻る。八百屋に魚屋、そして精肉店と彼は何処に言っても歓迎され、ソイツ自身も嬉しそうだった。だが、そうやっておまけをもらって微笑んでいる姿が、何故か俺の心を掻き毟り、ドス黒い憎悪を滲ませた。
「オイ、ちょっとツラ貸せ」
きっと俺は、自分自身と彼とのギャップに苛立ちを感じていたのだろう。大根を手に取っていたソイツは俺の目をジッと見ると、
「――おやっさん、この大根はキープしておいてくれ。すぐ帰ってくるからこの鞄も任せたぜ」
「仁ちゃんなら大丈夫だと思うが気を付けてなー」
やけに暢気な八百屋の親父に声援を送られた男が、路地裏へ歩く俺のあとを追ってくる。
暗い、ジメジメした路地裏は俺にとっては第二の故郷のようなものだ。吹き溜まりみたいな此処だけが俺を受け入れてくれた。ここで闘い、勝利し、敗北してきた。
「……で、用件は何だ? 俺は早く家に帰って飯の準備をしなきゃいけないんだが」
面倒そうな声に、振り返った俺は歯を剥き出しにして嗤う。
「知ったこッちャねェよ、そンなこと。テメェの顔見てたら殴りたくなった、それだけだ」
俺が拳を作り、構えを取った。そんなことをお構いなしに、それでもその男は話を続ける。
「お前、年は幾つだ? 学校へは行ってるのか? 何か生きがいはあるか?」
お廻りみたいなことを、お廻り以外の人間が聞いてくるなんて珍しい。普段なら殴って黙らせるようなことを、俺は何故か目の前の熊のような大男に答えてしまった。
「今年で中三、学校は気分で、生きがいは――」
足に力を込めて、下らないことを聞いてくる男の顔面を叩き割ろうと拳を振りかざす。
「――テメェみたいな奴をぶん殴ることだッ!!」
飛び掛り、如何にも”今から殴りますよ”と振りかざした方とは逆の腕でジャブを放つ。これは俺が喧嘩で編み出した技であり、今まで誰かに破られたことがない。場合によってはこのジャブからのラッシュで勝負がつくことすらある。それほどにまで俺はこの技に自信を持っていた。
しかし、その過信は仇となった。自信満々で放った左ジャブはあっさりとその男に掴まれてしまった。すぐに手を引っ込めようとするが、ガッチリ掴まれているため、いくら引っ張ってもビクともしない。
「テメェこのやろう! 綱引きじゃねェんだぞコラァ!!」
俺が苛々して放った右ストレートすらも、何食わぬ顔であっさりと受け止めらてしまった。あっという間に、気付いた時には両方の手を掴まれてしまい、身動きがとれなくなってしまっていた。
「……中三、か。俺と同い年だ。今年は受験だろう? 手を怪我してみろ、勉強も出来なくなるぜ?」
本当に下らないことを言うソイツが憎くて憎くて仕方なかった。思い切り股間を狙って蹴り上げる。
「おっと、危ない。お前、それはボクシングか?」
後ろへ下がられたために蹴りは避けられたが、その代わり手は解放された。強く握り締められていたため、拳には手形が残り、若干だが痛む。
「何だァ? 拳が泣いてるとでも言いてェのか?」
憎憎しげに言った俺の言葉にソイツは笑う。
「ハッハッハ! 拳が泣くなんて言う奴は格闘技の何たるかを分かっていないっていう証拠だぜ。拳は泣かないし、汚れない。傷つくのはいつだって――自分自身だ」
言葉尻でひどく陰惨な顔をしたソイツは、次の瞬間には俺の脳天に拳骨を振り下ろしていた。
ガチンと目から火花が散るような衝撃に、俺が地面を転げまわって唸っていると、
「そこで少し反省してろ。おまえ自身のためにな」
それだけ言うと姿を消した。俺だけが一人、この汚い路地裏に残された。
こぶの出来た頭を擦りながら、俺は薄汚れた路地裏で夜になるまで考えた。アイツは何であんなことを言ったのだろうか、と。いくら考えてもこの痛む頭では正解が分からず、思考が堂々巡りしてしまい、結局答えは出なかった。
夜の街を当ても無くぶらつく。こうしている間にも昼間のことが頭を離れない。『おまえ自身のために』とはどういうことなのだろうか。一番身近に居る筈の自分のことが分からなくなる。俺は何に対して今まで怒っていたのだろうか、何に対して憎悪を抱いていたのか。自分でも何が何やら分からなくなってしまった。
いつものけばけばしい光を放つ街から離れ、ぶらぶらと住宅街を彷徨う。まるで答えを探すように。
(俺は一体、何のために生きてきたんだ……? 何のために生まれてきたんだ……?)
こんなことを疑問に思うなんて生まれて初めてだ。何が一体ここまで俺を悩ませるのか。
その時、闇の中にぽつんと立っている街頭の下を誰かが通った。その走り行く姿は――
「――アイツだ。……おい、ちょっと待てッ!」
俺をこうして悩ませる原因を作った人間がジャージか何かに着替えて走っている。思わず俺が声を掛けるが、聞こえなかったのか、そのままとんでもない速さで見る見るうちに遠ざかっていく。
「お、おい! ちょっと待てッつーのォ!!」
俺は、ソイツの後を追って走り始めるが、それでも間は埋まらない。全力で走って、どうにか置いて行かれないようにするので精一杯だ。
それから随分の間走らされ、やっと神社に着いた。俺が息を切らせて境内の中を覗くと、ソイツは闇の中、見えない敵と闘うように宙へ突きや蹴りを放ち、すぐさま防御と回避、そしてとどめを刺すような動きを延々と繰り返していた。
黙々と汗を流すソイツの雰囲気に飲まれ、俺は声を掛けられずにいた。しばらく経って、やっと動きが止まったのを見計らい、声を掛ける。
「毎日こんなことやってンのか?」
その時になってようやく俺の存在に気付いたようで、最初は訝しげな目を向けていたが、昼間のことを思い出したのか、タオルで顔を拭いながら何ともないように答えた。
「努力を忘れた人間は腐っていくだけだからな。前に進みたいなら足掻くしかない。何かを得たいなら踠くしかない。……それでお前はどうしてこんなところに居るんだ?」
「そりゃ、えーっと……」
俺が口篭っていると、タオルを首に掛け、
「仁、炎燈寺仁だ。何だ、俺を追ってきたのか?」
名乗られて、脊髄反射的に否定してしまう。
「違ェよ! いや、そうだけど違ェ!!」
俺の言葉に「どっちだよ……」と呟いた炎燈寺は、もう既に何処かへ行こうとしている。また走らされる前に、俺は先ほどまで抱いていた疑問を彼にぶつけた。
「オマエ、何のために生きてるんだ? 俺に何を反省しろって言ったンだ!?」
炎燈寺は頭をぽりぽりと掻き、こちらに振り返って俺の目を見据えて言った。
「俺が生きる理由は一つ。何が何でも”俺の願い”を俺が叶えてみせる――これだけだ。お前に反省しろって言ったのは、いまのお前の人生の使い方だ。後は自分で考えろ」
そしてまたすごい勢いで走り始めたかと思うと、何処かへ姿を消してしまった。境内に残された俺はまたしても一人で悩むことになった。
炎燈寺は自分の為に生きている。俺は今まで何の為に生きてきたのか。俺は今のような生活をいつまで続けるべきなのか。ぼやけた世界を生きてきた俺には、炎燈寺の姿がやけに色鮮やかに映った。
次の日の夜、俺はまた神社へ来ていた。もちろん、炎燈寺に会うためだ。しばらく待っていると、昨日のように砂埃が舞うんじゃないかという速度で彼はやって来た。
賽銭箱の前で横になっていた俺を見ると不思議そうな顔で見やり、
「……一晩中そこに居たのか?」
「ンな訳あるかァ!!」
思わず突っ込みを入れてしまった。それに対して炎燈寺は大したリアクションを取る事もなく、また昨日と同じように稽古を始めようとしたので、大声を出して止める。
「無視すンじゃねェ! 俺ともう一度闘えッ! まだ決着はついてねェぞ!」
やっと炎燈寺はこちらに身体の向きを変え、俺の存在を認めた。しかしその顔を見る限り、俺に対して興味は一切無い様だ。
「因縁つけるなら他所でやれ。俺はお前に構ってやれるほど暇じゃない。それに俺は、努力もしないで”ただ生きている”ような奴は大嫌いなんだ」
その顔が一瞬ではあるが、怒りに染まった恐ろしいモノになったように見えたが、瞬きをしたときには元の無関心な顔に戻っていた。
「これはケジメだッ! お前と決着付けないと、こちとら先に進めねェんだよ!!」
俺は自分でも理解できないほどに、炎燈寺との闘いを望んでいた。彼と闘えば何かが変わるんじゃないか、変えてもらえるんじゃないかと心の何処かで思っていたのかもしれない。
俺の必死さが伝わったのか。それとも単純に面倒になったのか。炎燈寺はついにジャージの上着を脱ぎ捨ててシャツ一枚になった。白いシャツは彼の鍛え上げられた胸板の引き伸ばされており、袖すらも盛り上がった両腕の筋肉に、今にも引き裂かれてしまいそうだ。
「――やるなら本気だぜ? それで構わないなら、かかってこい」
やっとやる気になった炎燈寺を見て、思わず俺は笑みを浮かべてしまった。また、闘えると。しかも本気ときた。胸が躍らない訳がない!
「ハッハー! それでこそ、だぜッ! いっくぜェェェェェ!!」
俺は賽銭箱を踏み台に勢い良く炎燈寺に飛び掛り――
結果から言うとボコボコにされた。俺の攻撃はまともに当たらず、絶対の自信を持っていたジャブすらかすりもしなかった。思い切り殴られ、蹴り飛ばされ、身体中痛むが何処かが動かないという所は無い。きっと彼はあぁは言っていたが手加減してくれたのだろう。
俺は冷たい石畳に身体を投げ出して、火照りを冷ましていた。普段はビルに隠されてしまう空が広がっており、その星の多さに今更ながら気付く。しかし突然現われた影が俺の視界を遮り、ベチャッと湿った音を立てて俺の顔に落ちてきた。
急いで掴み、確認すると、それは炎燈寺が使っていたタオルだった。水に濡れてひんやりと心地よい冷たさを発しているそれは、抗えない衝動を俺にもたらし、思わず顔を拭いてしまった。
「すっきりしたか? 勿論、タオルの話じゃあないぜ?」
俺の頭元に立ち、見下すような状態で炎燈寺が訊ねてくる。この構図は非常に不愉快なので俺は急いで上半身を起こし、とりあえず悪態を付く。
「テメェの汗拭いたヤツだろコレ……。まぁ、スカッとはしたけどよォ……」
確かに心なしか憑き物が落ちたような気がする。久しぶりに誰かと殴り合って楽しいと思えた。
(……久しぶりって、前もこんなことがあったか?)
何か大切なことを思い出せそうなのだが、喉元まで出かかっていてはいるものの、なかなか思い出せない。もどかしさのあまり、タオルで何度も顔を強く擦る。
「お前、もうボクシングはやってないのか? 結果はともかく、拳速だけなら……」
炎燈寺のその言葉で、俺の胸の痞えが取れた。思い出した、昔の俺はボクシングに夢中だった。いつからこんな風に道を逸れてしまったのだろう。それでも俺は、やっと見つけた希望を見失いたくなかった。
「おい炎燈寺ィ! お前は何処の学校に行くつもりだッ!? そこにボクシング部はあるかッ!?」
突然の俺の質問に、炎燈寺は驚き、そして顎を擦りながら答える。
「俺は地元の高校に行くつもりだぜ。確かボクシング部もあったような――ってお前まさか……」
「ハッハー! じゃあな炎燈寺ィ! 高校でまた逢おうぜェー!!」
呆然と立ち尽くす炎燈寺を尻目に、俺は神社から走り去った。炎燈寺によってもたらされたその希望は、俺の心を覆っていた暗雲を払いのけ、向かうべき道を教えてくれているような気がした。すべきことが分かったなら、それに向かって努力する。活力が流し込まれ、抜け殻のようだった俺の心が甦った。
まず生活リズムを正した。学校にも厭だが行くようにした。当然、勉強も基礎的なことからし直した。周囲の奇異の視線にも耐えて、今までの遅れを取り戻そうと必死になった。
しかし、自分がどれだけ真面目に生活をしていても俺に対する評価は一切変わらなかったし、俺自身もしょうがないと思っていた。さすがに『いくら頑張っても無駄だ』と後ろ指指されたときは、怒りよりも悲しさが先んじた。確かに、そんな風に言われるような生活を送っていた俺が悪かった、だから何も言わず唇を噛み締めて我慢した。
炎燈寺の受験しようとしていた学校は、何の変哲の無い進学校だった。それでも何もしてこなかった俺の頭では厳しく、死に物狂いで勉強してどうにか晴れて入学することが叶った。
合格発表の時に桜の木の下で、雑踏を羨ましそうに眺める炎燈寺に出会い、以前そのまま持って帰ってしまったタオルを手渡した。俺が合格したことを知ると何故か大喜びされ、手を握ってくれた。