表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/20

1-13

少し遅くなりました。何かありましたらご一報ください。


 「シャアッ!!」

 俺が気合と共に前へ出る。長宗我部との距離が一瞬で詰まり、視界が揺らぐ。まだアイツは回復しきっていないはずだ。決めるのは今しかない。

 左ジャブが命中。パンという乾いた音と心地よい感触が自分の拳に返って来る。威力はそれほど無いが目潰しとしては充分だ。そのまま右ストレートをねじ込む。

 しかし長宗我部は顔を歪ませたまま首を捻ってストレートを避けた。そして踊るように身体を反転させて、俺に一本背負いを決める。

 俺は為すすべなく投げ飛ばされた。しかし、床に激突するより早く両足を地に着け、

 「放せッつーの!」

 無茶な体勢のままフックを顎へ打ち込む。これは効いたようで、「ぐぅ……!」と呻いて右腕から手を放した。

 距離を取り、ステップを踏む。あの技は厄介だ。俺の攻撃が無理やり中断されてしまう。

 「オイ、お前のその……アレだ。ウゼェひらひらしたの何だよ?」

 俺の問いに、長宗我部が顎を擦りながらゆらりと上体を起こし、答えた。

 「ふむ、サービスだ。これは我が長宗我部家の長男にのみ継承される……」

 「隙ありィ!!」

 勿体振って話し始めたバカにもう一度突撃する。

 左ジャブは命中。どうやら舌を噛んだらしいがそんな事は俺には関係ない。次は右でボディフック。しかし次は捌かれ、つんのめってしまった。そして、

 「ガァッ!?」

 背中に長宗我部の肘鉄が叩き込まれた。右肩の近く、突き刺さった肘にメキリ、と筋肉が軋む。そして倒れこむ俺の頭に長宗我部の足が乗せられ――

 「――ふん!」

 顔が、床にがちんと叩き落された。

 火花が散った。じわりと鼻が熱くなる。歯は……大丈夫だ。鼻と目元が気になるが、今は確かめようがない。ただどうしようもなく痛いだけだ、痛みには慣れてる。問題ない。

 「人が説明してやっている時に殴りかかってこのザマか?」

 人様の頭に足を乗っけたままの長宗我部がそう呆れたようにのたまう。しかもグリグリと足裏を押し付けてくるので不愉快極まりない。

 言い返してやろうとしたが鼻か口かもしくは両方か、ごぼっ、と何かが溢れるような音しか出すことが出来なかった。とにかく、不愉快だ。頭の上の乗っている足を掴み、退かす。

 どうにか顔を上げることが出来た。当然、そこには偉そうに俺を見下している長宗我部が居た。口元から血が流れている。どうやらジャブで口を切ったらしい、ざまァ見ろ。

 俺はどうにか四つん這いになり、そして中腰に。歯は折れていないが、鼻はどうだろうか。激しく痛むがよく分からない。

 「……俺は『教えろ』なんて言ってねェ。テメェが構えもしないで勝手にベラベラ喋ってんのが悪ィだろ」

 「ハハハ、これは一本取られたな――それ!」

 俺の言葉に笑い、その直後に上段回し蹴り。俺は咄嗟にスウェーで回避する。

 「ふっ!」

 クルリと回り、後ろ蹴り。狙いは俺の腹部――肝臓だ。やむを得ず両腕で防御。

 「ぐッ!?」

 その舞うような動きとは違い、ズシリと重い衝撃が俺を襲う。そして、仰け反る俺にさらに追撃を加えてきた。

 蛇のように追い縋り、手刀を突き出してくる。常識的に考えてあんな攻撃に威力など無いはずだが……。

 (……やべェ気しかしねェぞッ!?)

 気のせいかもしれないが、あの手刀からはナイフよりも鋭利な印象を受ける。防御ではなく回避を選択。

 俺の首筋を狙ってきたソレをダッキングで避け、がら空きになった腹にフックを打ち込もうとしたがそれより迅く、眼前に長宗我部の膝が迫る。またもスウェーで回避。しかし――

 「――甘い。そんなパターン化された動きでは意味が無いぞ?」

 膝に思い切り蹴り込まれた。痛い。叫びたいほど痛いが唇を噛み締めて耐える。この馬鹿を喜ばせるようなことは一切したくない。

 (コイツ、意味が分からねェ……! 何だってあんな迅ェんだ!?)

 後ろに下がりながら己に問う。理解が出来ない。俺は速さには自信がある。大将もソレについては褒めてくれた。だのに当たらない、避けられない!

 ズキズキと右膝が痛む。最初の肘鉄を含めて計二回、右膝に攻撃を食らっている。今も平然としているが痛みはどんどん酷くなってきている。

 (一発マトモに入りゃ、一気に持っていけるッてのに……!)

 長宗我部は俺を追うことも無く、また奇妙な前傾姿勢を取った。

 「どうした? 膝でも痛むのか?」

 (クソったれ! 分かって狙ってやがったッ!!)

 ニヤリと笑う長宗我部。俺は顔に流れる血を胴着の袖で強引に拭い、そのニヤケ面を叩き割ろうともう一度突貫する。

 「らァ!」

 左ジャブ、右ジャブと打ち込む。破裂音が二度重なる。長宗我部の顔を確認したいがそれどころじゃない、何より、それより一撃を……!

 「うァ!!」

 渾身の左ストレート。俺の拳がイカれてもいいと放たれたソレは虚しく宙を切った。また――躱された。

 「はぁ!」

 俺の腕を巻き込むように長宗我部が回転すると、また俺は思い切り壁に叩きつけられていた。

 「当たらないな、そんな拳打では。何十手先までも読める」

 俺が壁に寄りかかったままで長宗我部を睨む。俺のその瞳を見て何を思ったのか、さらにお喋りを続ける。

 「ジャブ、と言ったか。あれは確かに迅い。しかし、俺に当たる理由はそれだけじゃない。もっと単純な、人間の原始的な構造に係わるレベルのモノが作用していることをお前は分かっていない」

 そう講釈を垂れる最中、俺の耳元から晃の声が聞こえた。

 『清十郎、まず”一つ目”だ。合わせてくれ』

 晃の声が聞こえただけで俺の中から力が溢れる。それを支えにどうにか立ち上がり、闇に呑まれている第二教室棟のチラリと見た。そしてまた、長宗我部に相対する。

 「そう、俺は”殺気”が視える。竈門、お前はジャブを牽制として使っているから殺気が篭らず、俺にも見切れない。だがそれ以外は”感情”まみれだ。それが俺に如実に答えを教えてくれる」

 胸元から扇子を出し、余裕をこいて扇ぎ始めている馬鹿の話なんてどうでもいい。

 「俺を倒したいなら、それこそ"空手”という概念を理解し……」

 「次、いくぜェー!?」

 晃へ合図を送る意味も込めて、大声で長宗我部の声を掻き消す。膝の痛みを強引に押さえ込み、ステップを刻む。

 事前の打ち合わせではクロスボウで矢を撃つことになっている。それが当たろうが外れようが俺は、その隙を付いてラッシュを掛けるだけだ。

 そして、それはやってきた。

 空気を切り裂く音が聞こえたと時には、既に窓ガラスが割れて宙を舞っていた。俺の脳はそれを驚くほどスローモーションで処理する。やけに間延びした時間のなかで、月明かりを反射させながらキラキラと舞うガラス片の一つ一つが見える。そして反射的に俺は前へ跳び、ガラスの雨を浴びる。

 晃が何処を狙ったかは知らないが、当たりさえすれば動きは確実に鈍くなるだろう。そう踏んでいた俺は、ガラスの雨の向こう側の光景に、

 「……マジかよ」

 息を呑んだ。そんな、まさか在り得ない、と。

 そこに居たのは――扇子の柄で矢を受け止めている長宗我部だった。

 どうという事は無い、と言わんばかりの顔で長宗我部は自分の扇子に刺さった矢を見ていた。

 「言っただろう? 俺は”殺気が視える"と。これを撃ったのは……そう、煙崎だったな。あいつだろう? 久しぶりだな、誰かにここまで純粋な”殺意”をぶつけられたのは」

 柄にめり込んでいた矢を引き抜き、ぺきりと折って廊下に無造作に投げ捨てた。

 『……どうやら失敗したようだね。すぐ次の準備をする。時間を稼いでくれ』

 晃が特に感情を感じさせない口調でそう言った。その無機質なまでに冷静な話し振りが、曲芸じみた長宗我部の離れ業に驚いていた俺を落ち着かせた。

 「ハッ! 少ォし風通しが良くなっちまったが続行だッ! 準備は出来てッかァ?」

 「準備も何も、それはお前の友人に伝えてやるべきなんじゃないか? こんな玩具じゃ俺は殺せないってな」

 「仕掛けはマダマダ有るから全部見てから逝けよ? 見なきゃ損するするめの尻尾ってなァ!!」

 啖呵を切ってステップを踏む。そうすると右膝に何万本もの針を刺し込まれるような痛みが走った。体重を掛けるとギシギシと油の切れた機械のように軋む。自分自身でも、それほど長くはもたないことは分かっている。

 (頼むぜ、俺の身体……!)

 晃の合図が来るまでは迂闊に動くことが出来ない。時間を稼ぐ為に俺は下らないお喋りを続ける。

 「”殺気が視える”って言ったな? ッつーことはアレか、レーザーみたいに見えンのか?」

 長宗我部は話に乗ってくれたようで、傷ついた扇子を懐に仕舞い、髪をかき上げて面倒そうに話し始めた。

 「莫迦か、実際に見えるわけがないだろう? 雰囲気とか空気とかそんな物だ。病人が身体の調子が悪く見えるのと同じようなものだ」

 「じゃあ俺とか大将はどんな風に視えンだよ?」

 「ふむ。まず竈門、お前は鞭というか出来損ないの槍というか……長い獲物のように視える。と、思ったら良く分からん。お前、拳闘は向いてないんじゃないか?」

 目を凝らして何度も「ん?」とこちらに顔を向けてくるのが非常に腹立たしい。

 「――で、何を待っているんだ? 時間を稼いでいることぐらい分かるぞ」

 (だろうな、クソッ!)

 自分でも何を下らないことを、と思っている。こんな見え透いた行為が通用しない相手だろ言うことも分かっている。

 「まぁまぁ、もうちょっと付き合え――」

 『――今だ! 二つ目だ! 君も気をつけろっ!!』

 耳元で晃の声が響いた瞬間、俺は爆発するように前へ出た。

 廊下に擦れる足が摩擦で熱を帯びる。筋肉を引きちぎるような加速は、全身に熱を与える。

 だらりと構えている長宗我部の顔面目がけて定石通り、左ジャブ。当たったことを確認し、右ストレート。長宗我部がウンザリしたように避けようとしたとき――

 「な……!?」

 目が眩む様な光が辺りを包む。しかし、それは晃の作った閃光弾のような目を灼くようなものではなく。

 『単純だが、効くだろう?』

 晃が単に一階廊下の電気を点けただけだ。俺はソレを知っていたが、何も知らなかった長宗我部は一瞬、ほんの一瞬だが目を瞬かせてしまった。それが俺にとっては千載一遇、絶好の好機となった。

 「ッシャア!!」

 右ストレートがあのいけ好かない顔に突き刺さる。その肉を叩く感触がスイッチとなり、俺の頭が沸騰しそうなほど加速し、反射速度を鋭敏化させる。


 左ボディフック/命中!

 右フック/命中!


「うるぁぁぁぁッ!!」

 吼える。自分でも何と叫んでいるか分からなくなるほど獣じみた声で。


 左ストレート/命中!

 右ストマック・ブロー/命中!

 左フック/命中!


 まだだ、まだ足りない! さらに攻撃を積み上げろ。さらに身体のギアの回転数を高めろ!


 右ボディストレート/命中!

 左レバー・ブロー/命中!

 右チョッピング/命中!

 左ボディフック/命中!


 渾身の力を込めて右拳を振り上げる。その拳は木偶の坊のようになった長宗我部の顎を砕くようにかち上げた。

 「ブッ飛べぇぇぇぇぇッ!!」

 フィニッシュ・ブローとして放った右アッパーは、長宗我部の身体をわずかにだが浮き上がらせた。当然だ、それだけの威力があるはずだ。

 身を仰け反らせ、そのまま倒れるかと思ったが、たたらを踏んで長宗我部は耐えた。俺と同じように顔を血で濡らし、ヒューヒューと鏑矢が風を切るような音を喉から鳴らしながら。膝が笑っているようだが、その瞳からは未だに光は消えていない。

 (骨イってんだろ!? 普通なら終わってンぞッ!?)

 あれだけの拳打を叩き込んだのだ。普通の人間、いや、喧嘩自慢でも沈める自信がある。なのに、何故か長宗我部は立ち続ける。

 「……なかなか効いたぞ、今のはな。拳闘に向いていないなどと言って悪かった、お前は充分に強く、俺の障害となり得る存在だ」

 "何で倒れない”だなんて口が裂けても言えない。そうしてしまうとまるで俺がコイツより格下であることを認めてしまうような気がしたからだ。たとえ、格下でも俺はそんなことは認めない。どうにか余裕ぶって、口を開く。

 「ハッ! そこは空気読んで泡でも吹いてブッ倒れてりゃ良いンだ。よく言われねェか? ユーモアが足りてねェってよッ!」

 「妹には良く言われるな。さて、俺もそろそろ限界だ――行くぞ」

 グラリ、と長宗我部の身体が傾いたと思ったときには、俺の喉に手刀が突き刺さっていた。

 コッ、と奇妙な呼気が自分の喉から漏れる。第六感が警報をけたたましく鳴らす。”早く逃げないと死ぬぞ”と。

 しかし、先ほどの一撃で身体から力が抜けてしまった。思い通りに動かすことが出来ず、

 『―――――!!』

 晃が何か言っているようだがそれも分からない。ただ、次々と迫り来る長宗我部の攻撃がやけに緩慢に見えた。

 つま先が鳩尾にめり込む。側頭部に思い切り蹴りが叩き込まれる。バランスを崩した俺の腕を掴んで壁にぶつける。反動で揺らめいていると両足を払われ、次は後頭部から廊下に突き落とされた。

 流れるように長宗我部は動き続ける。俺が立ち上がろうとすると、顔面に蹴りが浴びせられる。

 「グッ……!」

 蹴られ、少しでも距離を取ろうと身を回転させる。しかし、その動きも読まれていたようで、腕を取られてしまい――

 「――さて、どうする?」

 関節をキメれらた。右腕を取って背中に乗っている長宗我部が耳元で囁いてくる。

 どうにか身体を動かそうとするが、その度に右肩の関節が悲鳴を上げる。とてもじゃないが力でコレを外せそうにはない。

 「負けを認めれば許してやろう。認めなかったら外す、黙っても外す、時間を稼いでも外す――王手だ、竈門」

 なら、答えは簡単だ。既に出ている。俺は覚悟を決めて――笑った。

 「……ハッハー! 何で俺より弱い奴に”参った”しなきゃなんねェんだよ、馬鹿ッ」

 「そうか。あい、分かった」

 長宗我部が体重を少し掛けると、ボグッと鈍い音とともに肩が外された。一瞬の喪失感のあと、焼き鏝を筋肉と関節内部に押し付けられたような痛みが暴れ狂う。

 「どうする? 膝を痛めて肩を外され、まだ勝てると思っているのか?」

 芋虫のように這う俺はどうにか打開策を見つけようとするが、どう考えても手詰まりのような気がする。しかし、それは”俺一人”ならという限定された状況での話だ。そしてやはり彼は、来てくれた

 「――おっと、危ないな。煙崎も中々の莫迦だな」

 未だに俺の背に載っていた長宗我部が弾かれたように飛び退く。俺の頭上を何かが高速で飛んでいった。クロスボウの矢だ、つまり、そこにいるのは――

 「晃、か? へへッ、遅ェじゃねェかよ……」

 「早くこっちへ来い清十郎! えぇい、笑ってないで早く来るんだっ!!」

 廊下の向こう側、息を切らした晃が矢を装填しながら焦った様に叫んでいた。その普段とは違う姿が俺にはひどく滑稽に見えた。

 (そうは言っても、身体が上手く動かねえッつーの……)

 ダメージが辛く、俺としては全力で動こうとしているが、それは非常に遅々としたものらしい。晃から嗚咽のようなものが聞こえる。そんなに俺は酷い有様なのだろうか。

 次々と晃が矢を放つ。どうにか立ち上がった俺の背後に居る長宗我部を狙っているようだが布切れが擦れるような音しか聞こえてこない。

 晃は俺が逃げるまでの時間稼ぎに徹しているようだ。さもなくば、あんな風に狙いも付けずに乱れ撃つ訳が無い。俺が逃げるまで矢がもてば良いと考えているのだろうか。

 右足を引きずり、肩を押さえ、血を足跡として進む。矢が俺目掛けて飛んできては、すぐに後ろへ遠ざかっていく。いつもなら軽く駆けて行ける距離が途方も無く長いものに思える。

 「逃げてどうするんだ? お前らが居なくなれば俺は当然、先に進ませてもらうぞ?」

 後ろから響く声の言う通りだが、長宗我部は勘違いをしている。俺は確かに逃げようとしているが、それは長宗我部からではない。俺は晃の馬鹿げたあの仕掛けを知っている。それから必死に逃げているということを長宗我部は知らない。

 「清十郎! くそっ、ほら! 僕に掴まるんだ! くそ、僕の友達によくも……!」

 どうにか昇降口側近くまで歩いてくると、晃がクロスボウを投げ捨てて俺に肩を貸した。晃に無理やり引っ張られるような格好なので外れた肩が痛む。しかし、為すがままの俺はそのままズルズルと引っ張られ、廊下の曲がってすぐのところに下ろされた。

 ここは学校の入り口に位置する場所、つまりは屋上へ至る階段の真逆だ。長宗我部からすれば逃げを打ったように見えるだろう。

 「晃、アレ……使うのか?」

 確認の意味も込めて訊ねる。晃は暗視スコープを外し、ナイフを取り出して答えた。

 「当然だ。まぁ、それでも勝てる気がしないと言うのが本音だがね。あんなチートキャラに正攻法で勝てる気がしないだろ? なに、君はここで休んでいてくれ」

それだけ言うとナイフ片手に晃は廊下へ飛び出した。俺はその様子を壁を背凭れに、何処か現実感を無くしてしまった意識を総動員して見ていた。

 「ふむ、次は煙崎、お前が相手と言う訳か。して、お前の得物はナイフだな。竈門よりは赤い殺気を纏ってはいるが、いかんせん貧弱すぎるな。それでは俺の相手は務まらんぞ?」

 「僕自身、見ていた限り君に勝てる気なんかしないよ。僕は清十郎のように馬鹿にはなれないからね」

 「……誰が馬鹿だ、誰が」

 悪態をつくが晃は目もくれない。話を続ける。

 「さて、逃げないでいてくれたお礼に一つだけ教えてあげよう。今から動かす仕掛けは今までの児戯とは違って避けないと――死ぬぞ」

 それだけ言うと晃は長宗我部に背を向けて走り始めた。俺の目の前を通り過ぎ、暗がりに向かってナイフを振り下ろす。長宗我部は恐らくまだ廊下に立っているだろう。廊下に顔を出して確認したいが、今ひょっこり顔を出そうものなら文字通り死にかねない。


 ――ブツリ。


 そんな音が聞こえた。晃がロープを断ち切った音だ。そのロープは廊下対面の壁の暗がりに繋がっており、シュッと張り詰められたロープが宙で暴れるたかと思った瞬間、数え切れないほどの矢が壁から掃射された。

 解き放たれた鳥のように飛んでいく矢は、晃が先ほどまで撃っていたクロスボウの物と同種のものだ。

 これは晃と俺が作った、5×5のクロスボウを装着したメタルラックの半自動砲台だ。容易に動かせるようにタイヤを足に付け、教室に隠しておいてのっぴきならない状況に陥った時に使うと決めていた。セットするのには時間が掛かり、その上一度の掃射しか行なえない、欠陥ばかりの仕掛けだが、計25本の矢が足元から頭まで”面”で襲うのは脅威と言えるだろう

 たとえ、長宗我部が教室に逃げ込もうとしてもかわし切れるとは限らない。一本でも当たれば御の字だ。

 そもそも、今回の闘いにおいて、俺、晃、会長はそれこそ殺す気で挑んでおり、それほどまでに覚悟を決めないと勝てないだろうと俺たちは思っている。殺す気ではいるが殺すつもりは無いという半ば矛盾した気持ちでもあり、自分たちでもどこまでやるのか加減を分かっていない。

 ガガッ、と矢じりが突き刺さる音が聞こえた。壁か廊下か或いは肉か。俺が廊下に顔を出すとそこには――



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ