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重層異世界  作者: N.Y.-apple
1  ”要石”
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≪8≫

≪8≫



沈黙に包まれる室内。


「あのあと何があったんだ? あの時の実乃里は明らかに常軌を逸していた。 あの体格で、いくら身体能力補正があるからといって片手で【緑中鬼】を投げていたぞ?」


青年の詰問に凛華はブルリと体を震わせた。

青年の口調は冷たい。

しかし、凛華の体を震わせたのはその目だ。


あまりにも。あまりにも冷たい眼差しに、自身の体が芯から冷たくなっているかのようだ。

まるで死人のような目。

その荒んだ目付きに凛華は青年の過去を見た気がした。


やはりというべきか、口を開いたのは千枝だった。


「そうね、何があったのかね…。 一言で言えば、実乃里は逃げた。」

「逃げた?」


青年の言葉に首肯を返しつつ、千枝は、


「そう、逃げた。 あなたのお腹に腕を刺し込んだあとにね」


青年は千枝の言葉にイライラとしながら語調も強く問いただした。


「勿体ぶらずに全てを話してください。 千枝さん、わざと詳しく言わないのは無しです」

「えぇそうね。 こんな話は早く終わらしてしまいましょう。 あの子の話は気分が悪いわ」


という千枝の言葉に反応したのは隣に立っている凛華だ。


「千枝さん! そんな言い方って!」

「そんな言い方も何も気分が悪いのは本当よ。 それともあなたは気分がいいの?」


凛華はその言葉に激高し、叫ぶ。


「そんなはずないでしょうっ! なんて事言うんですかっ!! 今のあなたは最低よっ!!」

「はぁ……お話にならないわね、あなたちょっと出ていきなさいよ」

「出ていくのはあなたです! あなたなんかに話させたら実乃里がどれほど悪く言われるか、分かったものじゃありませんっ!!」

「失礼ね。あなた。 私は客観的事実をそのまま彼に伝えるだけよ。 あなたみたいに私情全開の同情を引くような安っぽいことは言わないわ」

「なっ………!!」


辛辣な千枝の言葉に色を失う凛華。

怒りのあまりに蒼白だった顔色は紅潮し、目付きは剣呑なものになる。


青年を置き去りに繰り広げられる、女たちの舌戦に冷たい目を向けるだけの青年。

止めるつもりはないようだった。

これで仲間割れをし、バラバラになったらなったでそれもアリかと考える程度である。


もともとただ単に、一緒に居合わせただけの関係だ。

成り行き上、手を貸したが、仲間という意識は薄い。

先程も、誠に言った、彼女たちに聞くという言葉は、彼の言葉を躱すという意味で、建前の意味合いが強い。





***





不毛な言い合いは続く。

千枝の忌憚ない物言いに、凛華が噛み付く。

凛華が噛み付けば、辛辣な言葉を投げつけ突き放す。


ただ時間が過ぎるのみだ。

女というものはどれほどの言葉がでてくるのだろうか。

別のことに気をやる青年は、聞こうと思っていたことを思い出した。


それは実乃里のあの異常な能力。

何かのスキルが発現した。

または称号が付いた。


そうとしか思えないあの異常っぷり。

しかし、スキルは自身がLV.UPの時に取得をしないと使えない。

ならば称号か。


と、そこまで考えたと同時に。


パァンッ!


快音がなった。


頬を抑える千枝を見るに、手をだしたのは凛華だろう。

こらえ性のないことだ。

青年はあくまで他人事。

その冷たい眼差しで見ているだけだ。



「そう。 あなたとはやっていけそうにないわね。今すぐこの場を去りなさい。 目障りよ」


自身の手を見つめる凛華は、手を出すつもりはなかったようだ。

しかし、咄嗟に手をだしてしまったのだろう、少しうろたえているようだった。

が、千枝の言葉の意味に気づき、その言葉にまた怒りを見せる。


「で、出ていくのはあなたです。 あなたのような冷血漢に、先輩のそばにいて欲しくはありません。 私の目の届く範囲から消えてください」


凛華の言葉に、部屋の温度が下がったように思える。

千枝は今まで凛華に対して怒りを見せていなかった。

歯牙にもかけていなかったのだろう。


しかし、いつもの薄い笑みはもう見えない。

いや、最初に部屋に入ってきたときも薄い笑みはなかった。

が、無表情で感情が分かりにくいのはいつものようだった。


その千枝が怒りも露に顔を歪ませている。

青年も思わずその表情を凝視した。

それほどの怒りの密度。


それをぶつけられた凛華は、さっきの威勢はどこへ行ったのか小さく見えるようだった。

だが、凛華にも矜持というものがあるのだろう、自身の言葉を訂正する気はないようだ。


と、ここで。


「もういいか? いい加減めんどくせーよ」


今まで黙っていた青年に目を向ける二人。


「どっちが悪いとかそんなことには興味はないしそんな不毛なことどうでもいい。 聞きたいことができたから、俺の質問におとなしく答えろ」


ここで一旦言葉を切り。


「さもなくば、二人とも俺の前から消えろ。 目障りなのは俺の前にいる無能な女ふたりだ」


邪魔だ。という言葉と共に、千枝と凛華を睨みつける青年。


「…………ふぅ、そうね、私も同意見よ。 馬鹿なことをしたわ」


ごめんなさい、と誰に言っているのか、小さくつぶやきながら、千枝は、


「今ここで、あなたを失うのは少し惜しい。 その反則級の能力は捨てがたいわ」


そう、青年の目を真正面から見返した。


凛華は最初、青年が何を言っているのか理解できていなかった。

理解したくない、が正確なのだが。


しかし、淡泊な千枝の言葉に冷水を浴びせられたかのような心地になり、慌てて青年に縋り寄る。


「い、いやですっ!! ごめんなさい! お気に障ったのなら謝ります! み、見捨てないでくださいっ!」


凛華の必死さに若干の鬱陶しさを感じつつ、青年は笑み・・を浮かべて返す。


「あぁ、ゴメンな。 そんな気は初めからないよ。 仲間・・・じゃないか。 二人の喧嘩を見ていたくなかっただけだよ」


凛華は青年の言葉にこわばっていた体をほぐし、安心したのだろう、青年の背中に手を回し、その肩に顔をうずめる。


青年も凛華の背中に手を回す。 しかし、目は千枝を見ていた。


「………。 凛華は任せていいのかしら? 私は席を外すわ。 ごゆっくり」


そう言った千枝は踵を返し扉に向かう。 

扉に手をかけた時、こちらを一瞥するように振り向いた千枝の表情は、いつもの薄い笑みだった。





***





「じゃあ、あまり詳しいことはわからないと?」と、青年。

「はい……。 あのとき、実乃里は引き抜いた左手を不思議そうに見て、ハッとしたかのように先輩を見たんです」


二人は未だ抱き合ったままだ。

体を離そうとする青年に、凛華は背中に回した腕に力を込めることで拒絶の意をしめした。

青年も男だ、そういうことにも興味はある、さして抵抗もせずに二人は抱き合ったままになった。


「それから実乃里は先輩を見て、ブルブル震えて尻餅をついて……」


そこで言葉を切った凛華の体も震えている。

その時のことを思い出しているのだろう、体の震えは止まらない。


「私、鬼になっちゃったよぅ………って!! 私、鬼になっちゃったって言ったんですよ!!」


凛華の腕に力がこもり、声はふるえていた。


――鬼? ヤツらと同じになったという意味か? それともそういう称号でもついたのか? いや、あの短時間でそこまで変わるものなのか?


青年はそこで一端考察を打ち切り、凛華を見る。


女性の体だ。

抱きしめる体は柔らかく、華奢で、今、震える凛華は儚く消えてしまいそうだ。


しかし


青年の考えることは別だ。

今後の利用価値。


その一言に尽きる。


抱きしめ合う体は暖かいが、青年の心は冷えきっていた。









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