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重層異世界  作者: N.Y.-apple
1  ”要石”
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≪6≫

≪6≫



さて、青年と凛華のやりとりがヒートアップしている傍らで、千枝と実乃里は落ち着いたやりとりをしていた、大人である。


「実乃里? あなたは何かでた?」

「………いえ、私は何も」

「そう…やっぱり、条件があるのね」

「条件……ですか?」

「えぇ、例えば彼ね、称号……世界最速よね? たぶんだけどね、人類で初めての魔力保有者ってところね。 じゃないと、あの反則級の効果はありえないわ」


ちなみに、私は3番目ね。と、薄く笑いながら言う千枝だった。



…なら、私はどうやったら称号を得られるのだろうか?

このままでは、実乃里は足でまといになるのではないのか?



どうしたら…どうやったら…どうすればいいの…?


――得てして、無口な人間とは、自身にストレスを溜め込みすぎる傾向にある。

そして、会津実乃里という人間はその傾向に当てはまってしまう。――



千枝は実乃里を見ながらやはり、薄く笑っているのだった。





***




「くそっ!! 見つかった!! 出るぞっ!! ここじゃ不利だっ!!」


突然のことだった。

無事にLV.を上げることのできた一行は、少しばかりの休息をとっていた。


幸いここは、コンビニだ。水も食料もある。

拠点にするならなかなかの立地じゃないか?

と思えるほどに好条件が揃っていた。


しかし、見つかった。

何故かは分からない。

突然【小鬼】の集団が湧いてきたのだ。


そう、文字通り湧いてきたのである。

全く気配はなかった。本当に突然だったのだ。

青年はこれを不振に思いながらも怒号を上げたのである。



青年の持論に物事は上手くいくほうが少ない。それも圧倒的にだ。

というものがある。

青年の人生経験からの言葉である。


千枝からは卑屈ね。と薄く笑われ。

凛華からはそんなことないです!と否定されるだろう。


そして実乃里は………




【緑小鬼】の集団―8匹だ―に追いたたれるように店の外に転がり出た。

狭い場所では体の小さなヤツらは有利で、こちらはスキル―【ステップ】―がうまく使えなくなる。

ならば外に出て迎え撃つのが最善だろう。

敵は【緑小鬼】のみ、一人二匹潰せばいいだけだ。


――楽勝だ。



が、青年は持論の正しさを改めて思い知る。





***





敵が【緑小鬼】だけならそれですぐに終わっていただろう。

当然だ。【緑小鬼】はそれほど脆弱なのだから。


だが前に、【緑小鬼】だけじゃないだろうと、言ったのは誰だったろうか。

それを忘れていた一行は最初の危機を味わうことになる。




「あぁああああああ!!」


耳元で風鳴りの音がした。

腹の横2cmを通っていくショートソードの冷たさが直に伝わっている気がする。

自身の死と直結する刃は、敵の突き出しを予想していなければ簡単に腹の皮を喰い破ってその中身をぶちまけていただろう。


しかし、敵の刃をかわせたのならば大きな隙を突くことができる。

ハイリスクとハイリターン。


「うぉぉぉおおおおおおおおおお!!」


敵―【緑中鬼】―の心臓を貫いた。

急所を突いたのだ、一瞬でHPバーは削りきれる。

が、間髪いれずに腰の二本目、【緑小鬼】のナイフを抜き放つ!


「ぉおおらああああああああああ!!」


牽制ぐらいには使えるだろう程度に投げたナイフは、見事【緑小鬼】の額を貫いた。

ラッキーだ。 しかし未だ状況は好転しない。


敵の数は数えるのが億劫になるほどだ。

【緑中鬼】―【緑小鬼】をそのまま中学生ぐらいの身長になるまで成長させたらなるだろう―はざっと見ただけで10匹は見えたし、【緑小鬼】にいたっては50匹はいるだろう。


この数をさばききれるだろうか。

弱気になる自分を叱咤して止まりそうになる足を無理やり動かす。

殺らねば殺られるだけだ。

青年は、今殺した【緑中鬼】のショートソードを奪い。

【緑小鬼】の群がっているところに【ステップ】を使い突進する。


「くっ……ぁぁああああああああああああ!!!」


【緑小鬼】の持つナイフが体のいたるところに突き刺さる。

が、同じような背丈の集まりだったからか、一度に7匹の首が飛ぶ。

まさに、肉を切らせて骨を立つ。


だがしかし、スキルは無制限に使えるものではない。

一度使えば次に使えるまでの【再使用制限時間】というものがつく。 

スキル熟練度を上げるほど短くなり、威力も上がっていく。


青年の称号には、【スキル超早熟】というものもあるが、戦闘の数自体が少なく、スキル熟練度は大して上がっていない。

したがって、LV.1で覚えられるスキルであるにもかかわらず、【再使用制限時間】は8秒という戦闘においてかなりの長時間となっている。


「ギャッギャッギャッ」

「ガアアアアアアアアアアアッッ!!」


【緑小鬼】の雄叫びが360度全てから聞こえてくる。

頭の足りない小鬼どもなら一斉にかかってくるだろう。


――次の【ステップ】まで後7秒。


そして予想通り一斉に押し寄せてくる小鬼ども、青年にここから無事に抜け出すすべはない。

が、防ぐすべなら持ち合わせがある。

それは――【硬化】だ。

【硬化】の防御力はハンパではない。

生半可な攻撃では間違いなく攻撃は通らない。


まぁ諸刃の剣なのだが。


青年の【硬化】は欠点だらけのスキルと言ってもいいのではないだろうか。

まず、発動中は黒い衣のような薄い膜に全身をすっぽりと覆われ動けない。

次に、魔力をかなりの勢いで削っていく。

更に、一定時間経たないと、どう頑張っても解けない。


使い勝手が悪すぎる。

馬鹿じゃないのか!?

という、青年の感想のとおり一筋縄ではいかないクセの強いスキルだ。


――【硬化】!

――これで、10秒は動けない、ならせめて、その間に現状把握だ!


辺りをいまの視界の範囲で見回す。

と、突き出していた右手の甲に目が止まる。


ここで、ひとつ発見していたことを思い出す。

LV.UPは任意だ。

右手の甲を意識して見。 LV.UPを開始させなければならない。

発現したスキルを複数個の中から選ぶ場合はさらに時間がかかる。

そして、LVを上げなければ身体能力は上がらない。

つまり、戦闘中という非常に時間の密度の濃い時は、LV.UPをしている暇はまずない。


が、


今の青年は、周りを気にせずにいることができる。

敵は頭の悪い【緑小鬼】だ、十分に囮になりきれる。


つまり、この10秒間にLV.UP出来るのだ。


――よしっ!! 


青年は心の中で快哉を叫んだ。





***





青年が敵集団に先制攻撃しその数を一気に5分の1減らし、残りの約40匹を自身に引きつけている頃。


凛華と実乃里は恐慌にかられ、立ち尽くしていた。

納得の行く話ではある。

争い事とは無縁の世界で生きていた二人に対して、悪意をむき出しに、イヤラシイ笑みを浮かべた異形の存在が集団で向かってくるのだ。


それに対して驚嘆すべきは千枝だ。

千枝は何を想っているのか、涼しい顔でうっすらと笑っているのだ。


「待ってなさい」


そう、一言残すと同時に千枝は【緑小鬼】と【緑中鬼】の集団に回り込むように突っ込んでいった。


【緑中鬼】の背後に回る。

青年に夢中でまだ気づいていないようだ。

千枝の薄い笑みは崩れない、その首筋に【緑小鬼】のナイフが食い込んでも。


まず一匹。


獲物は探すまでもなく目の前に大きな隙をさらしている。

いい仕事したわね、と心の中で青年に賛辞を贈りナイフを振り下ろす。


二匹目。

三匹目。


と。ここで気づかれてしまったようだ。

素早く【ステップ】を使い、後方に退避する。


凛華と実乃里にチラリと視線を向けると、驚いたことに、凛華が逆方向から回り込んでいた。

千枝は実乃里のほうが先に立ち直るだろうと思っていたので予想が外れてなんとも良くわからない気持ちになった。


今はそんなことはいいだろう、戦闘に集中しなければと前を向く。






***





凛華は走る、先輩を見ていたら走り出さずに入られなかった。

本人は理由を恋心と言うだろう。

確かに凛華はこの異常な状況下で愛を見つけた。青年に恋心を拾われたと思った。


――しかし実態は少し違う。


凛華は、青年を失いたくないと走り出した。


なぜなら、自身の精神の均衡を保つ為の依存の対象だからだ。

だから、自身のために依存先を失いたくない。



恋慕からのヒト・・への愛情、依存心からモノ・・への愛情。

それを凛華は取り違えているのだった。



そして凛華はそれに気づくことはない。

その、人に向けるには歪んだ愛情に。

その、自分自身の歪んでしまった感情に。


異常な状況下だ。

それも仕方がないだろう。いや、それが普通の反応なのかもしれない。


しかし


もし気付いてしまったのなら。

凛華はどうなってしまうのだろうか。






***





実乃里は呆然としていた。


青年の蛮勇ともいえる、突進。

千枝の精神の強靭さ。

凛華の青年への感情。


そして、焦る。

動いていないのは自分だけだ。

自身は足手まといではないのか、と。


だから間違えた。


実乃里は焦りに突き動かされ、敵集団に向かってまっすぐ走り出した。

青年が完全に囮をできていたなら問題なかった。


が、千枝と凛華の攻撃で【緑子鬼】より頭の出来がいい―まぁ、大した違いはないのだが―【緑中鬼】は後ろを振り向いていた。

そして、叫ぶ。


「ぎゃぎゃぎゃあああああああああああああああ!!」


それにつられて一斉に振り向く。

たくさんの目、目、目。

悪意と殺意に満ち満ちた、生理的に受け付けない目。


「ヒッ!!」


すくむ足が絡まり、体勢がくずれ、走っていた勢いのままに倒れこむ。


焦り、竦み、不様をさらす。

そして、一斉に走りこんできた【鬼】たちに、実乃里の精神は恐慌に駆られた。


「ヒッ……きゃあああああああああああああああああぁぁぁぁぁあああああ!!!」


ぐちゃぐちゃになった思考はもう役に立たない。

訳も分からず前を向けばそこにいるのは【鬼】、【鬼】、【鬼】。


混乱し、混濁し、泥のように濁った意識で、一つだけクリアなものがあった。


それは、数瞬後の自身の未来。


見たくもない、自身の死体。


その瞬間。


実乃里はキレ・・た。



「ぁ、ぁぁ、ああ、が、ががああああああああああああああああああ!!!」


実乃里は泣いていた。

自身の弱さに。


実乃里は悔やんでいた。

自身の脆さに。


実乃里は笑っていた。

他者の血液に。



称号 【泣鬼】

発動条件は曖昧だ。 自身が窮地に陥る。 後悔する。 泣いている。 というもので、多分に感情に左右されている。


そして、その効果も感情に左右される。 自身の命が危ないほど。 後悔すればするほど。

泣けば泣くほど。 理性が薄くなるが、身体能力は上がって行くというものだ。






そして青年は目を疑っていた。

あの小柄な実乃里が身長の三分の二はある【緑中鬼】を片手で投げ捨てていることに。

あの無口無表情な実乃里が大声をあげて泣いているのに。

あの自身に向けられる冷たい眼差しが歓喜に笑っていることに。



周りにいた【鬼】どもはすぐに実乃里に殲滅された。


そして、こちらに目を向ける実乃里。

ゆっくりと歩いてくる。

大丈夫か、どうしたんだと声をかけようとして。


「あれ?」


自身の腹に突き刺さっているものに疑問の声をあげて、意識が暗転した。







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