≪4≫
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青年と女性の会話は(大)(小)を置いてきぼりに続いていた。
困惑する二人をしり目に現状確認に時間を費やすようだ。
「LV.1ですね。 ついでにスキルも発現したみたいで。」
「なに?」
「【ステップ】と【ジャンプ】みたいですね。 習得っと。 あ」
「かってに覚えるんじゃないの?」
「あ、あ、あ、あぁ……」
「どうしたの?」
「それが、【ステップ】を覚えたら【ジャンプ】が消えてしまって」
「選択式なのね」
「みたいです。まぁいいですけど」
「ステータスはないのかしら?」
「どうでしょう……見当たりませんけど。 あ、【ステップ】ちょっとつかって見てもいいですか?」
「えぇ」
「んじゃ、ちょいと失礼して」
三人から離れ、前に障害物がないのを確認する青年。
「【ステップ】」
使おうと意識して、スキル名をつぶやく。
と、同時に。
三人の視界から一瞬青年が消えたように見えた。
実際はそれほど速度は出ていない。
せいぜいが、一般成人男性の全速程度だ。
しかし一瞬消えたように見える。
それは、ゼロから一般人男性の全速まで一気に速度が出たからだ。
「えっ?」「なっ!」「…………!」
女性、(大)、(小)の順にそれぞれが驚きの声を上げる。
一瞬消えた青年は5mほど前に進んでいた。
人間離れした動きだ。
ありえない。
誰がつぶやいたのだろうか。
しかし、この場の全員―青年も含めて―の心のこえを代弁していた。
***
「んじゃ、今話してたことをまとめるよ」
電車のなかで四人がけの席を二つ使い、会議ぶる青年の声にうなずく(大)と(小)
――(大)が小林凛華、172cmと女性にしては高身長、セミロングの茶髪をひと房編みこんでいる勝気な瞳をした健康そうな日焼けをした女性だ。(小)が会津実乃里というらしい。凛華とは対照的に150cmと小柄で、おっとり眼に透き通るかのような白い肌、黒髪ロングを下した無口少女だ。どちらも青年と同じ大学に通う1年生なのだが。
こちらも頷く女性――釜井千枝、24歳OL、164cm、切れ長な瞳、烏の濡れ羽色というのだろうか、艶やかな黒髪をひっつめている、お姉さまとでも呼ばれていたのではないだろうかと思うような女性だ。
「まず一つ目。物理的にありえないことが起こっている。さっきの緑色したやつがいい例だ。ありえない。動かないし。消えるし。あんな生物見たこともない。
二つ。見たことがないと言ったが、一つだけ心当たりがあることもない。それが、ゲーム。しかも王道RPG。
三つ。RPGのような法則が使えるようになっている。
結論。
俺たちがゲームの世界に迷い込んだか、逆にゲームの世界が迷い込んだ」
「………………信じられない」と、実乃里。
「おぉぅ、しゃべったよ」
青年の軽口に向かって、「……失礼」と返す実乃里。
「あぁ、俺のこと怖がってんのかと」
「いいから説明」
「なかなか辛辣ちびっ子なことで。 おっけ。 正直、まとめるって言っても、たいしてまとまってなかったから、次は俺の推測を交えながら話すぞ」
居住まいを正し、咳払いをする青年。
笑うなよ、と前置きをし、
「RPGの世界が俺らのいる世界に浸食してきた。 俺はそう考えている」
「「「……………」」」
三人とも無言。
しかし、目は続きを促している。
一瞬馬鹿にされたり、呆れられたりしたのかと思いドキドキしながら続きを話す。
「まず、あの緑に攻撃が効かなかったのは、こちら―つまり青年たちが日常を過ごしていた世界―の法則が、あちら―【緑小鬼】の世界―の法則と相容れなかったからだと思う。
つまり、魔力が無い攻撃では、あちらの存在はびくともしないということだな」
「質問です」
と、ピンと手を上げる凛華。
「よろしい」と、促す青年。
「魔力って何ですか?」
「ま、当然だな」と、【緑小鬼】のナイフを取り出す青年。
「見えるか?」
青年は凛華と実乃里の前にナイフを突き出し聞く。
「……分からない……」
実乃里のつぶやきにうなずいて青年を見上げる凛華、その眼には疑問と若干の疑惑がブレンドされていた。
「そうか、やっぱりな…… うん、このナイフには俺が魔力と呼ぶものが纏わりついているんだ。 たぶん、今のままじゃ二人には見えない」
「どうすれば見えるんですか? 先輩の説明だと、魔力を見れない、使えない私たちは、何の抵抗もできずに殺されてしまうのでしょう?」
凛華の的確な言葉に口を開いたのは千枝だった。
薄く笑いながら千枝は言葉を紡ぐ。
「そうね。 私たちはもともと魔力を持たないようだから、何らかの外的要因に頼ることになるわ。 例えば、私に使ってくれた薬液だったり、彼が倒して得られた経験値だったりね」
まぁ、激痛が走るけど、と軽い調子でつぶやく千枝に苦笑を混ぜながら、青年は、
「話が逸れたかな? うん、結論から言うと、魔力とは何かは分からない。 定番でいえば生命力だったりするんだけどね。 そこまで同じか分からないから断言はできないよ」
「…………使えない」と、実乃里。
「おいおい…… お前のキャラがわかんねぇよ。 一応先輩なんだからある程度礼儀っていうものがだな………」
「あ、や、ごめんなさい、この子、気が立っててつい、乱暴な言葉を使ってるんだとおもいます。 御気分を害されたなら私から謝ります。 失礼いたしました………」
深々と頭を下げる凛華にその日焼けした肌をちらりと見て、あぁ体育会系なんだなと思考が逸れる青年、はあ、とため息をつき、ひらひらと手を振り頭を上げさせる。
「おし、凛華は偉い子だな。 説明を続けるぞ。ここが俺たちの世界だと思ったのはこの駅から見える風景だな。 変わってないだろ? こういうのは大体深い森の中に飛ばされて能力がーとか、モンスターがーとかね。 けど、まったく変わんないんだよ、ここは、俺たちの世界だ」
「……こういうの?」と実乃里。
「そ、異世界関連の物語ね」
黙り込む二人、笑みを絶やさない千枝、考え事を整理しているだろう青年。
少々の時が過ぎ、千枝が、
「これからの予定は?」と、尋ねる。
「うん、とりあえず、安全な場所と食糧を探そうと思う。 このまま夜になってしまうとまずい。 電気が来るかもわからないし、モンスターがあの程度だとは思えない。 その過程で二人には力をつけてもらう」
「力ですか?」と凛華。
「そう、力。 あの【緑小鬼】を倒してもらう」
軽く言う青年に、顔をひきつらせる凛華、睨みつける実乃里、やっぱり笑ったままの千枝だった。