≪3≫
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「あっ、アイテム!、薬液!、これなら!」
動揺のしすぎで逆に一周回って異常な事態をすんなりと受け入れてしまう青年。
――って、どうやって取り出すんだよっ!! くそっ!
「くそっ! ならっ! アイテムオープン! チッ! ステータス! あぁ! ウィンドウオープン!」
瞬間、青年の前に半透明のまさしくウィンドウが開かれる。
小さくやったという声とともに、そのウィンドウの薬液のタブに向けて人差し指を押し込む。
と、緑色の液体が入った試験管が手に収まった。
――薬液 傷の少量回復
頭に浮かんだ言葉に青年は心の中で歓声を上げる。
試験管のふたを外し、中の液体を女性の口元に持っていく。
女性は一瞬青年の目を見、抵抗せずに緑色の液体を飲みこんだ。
「いっぎいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
直後、女性の苦痛の叫びがあがる。
青年は失敗したか、と青ざめた表情で女性を見るがしかし。
女性の顔の青あざが引いていく。
更には、折れていた腕も、腫れあがった足も治っていく。
ビデオの逆再生を眺めている不思議な感覚でいる事10秒。
女性の苦痛の叫びがやんだ。
青年は女性の容体を診て、先ほどよりも落ち着いた呼吸に安堵する。
今は静かに目を閉じている女性の全身を一通り見る。
そして、女性の両手に自身と同じようなタトゥーを発見し、薬液を使う前まではなかったはずだと首をひねる。
「こっちも、LV.0か………」
そのとき、
「あ、あの……………」
と、消え入りそうな、怯えたような小さな声が後ろからかけられる。
抱き合っていた女子大生―暫定―の大きいほうだ。
実は、女子大生―暫定―の小さいほうは青年の悲鳴に怯えて身を引き、大きいほうはとっさに前に出ようとした。
が、袖を引っ張る小さいほうに大きいほうはふりほどくことはできず、立ち往生することになっていた。
そして、青年が踏みつけられていた女性を治すまで、2人は様子をうかがっていたのである。
「……なに?」
と、若干訝しげな青年。
やはり、とっさに飛び出そうとするほどの正義感―実際は違うし大きいほうもよくわかっていない―を持っていても、怖いのだろう。
震えを隠そうと必死な声音で、
「な、何をしたの? その人は大丈夫なの?」
と、聞いてきた。
この二人には青年が女性のためにあの異形【緑小鬼】と勇ましく闘って、見事守りきって―実際そうなのだが―いるように見えたので声は震えていたが、目はまっすぐに青年に向けられていた。
「まぁ、大丈夫だと思うよ」
「そ、そうなんだ……よかった。 と、突然二人とも叫んだりするから何かやばいのかなと思って」
「分からない。俺にも。 突然何かが体の中で暴れたような感覚があってさ……」
「はっ?」
「いや、分からないんだよ」
困惑顔の青年を見て本当に分かっていないことを確認し小さいほうに顔を向けた。
小さいほうも顔を横に振り何も分からないと主張する。
「で、でもさ」 と、大きいほう。
「突然、アイテムーとか、ステータスーとか叫んでたじゃない?」
「あぁ、あれは……馬鹿な話なんだけどさ、右手を見たら突然LVが頭に浮かんで。左手見たらRPGの定番がみえたんだ。 だったらやってみるしかないだろう?」
「え? あ、うん、ってゲーム? 」
「そうそう。ゲームなんだよ。 ほら、見てみ」
そうして右手を突きだす青年。
出された右手を不思議そうに見つめる暫定女子大生(大)と(小)。
「変なタトゥーだね?」
「そうなんだけど。 ちがう、LV見えない?」
「え? へ?」
首を振り、分からないと怪訝な顔をする二人。
勇敢な青年を見る眼差しから、何だこいつ?中二病か?という若干いたたまれないような目に切り替わりかける。冷たいまなざしだ。
それを、
「LV.0ね……」
という声が、青年の右手をそっと握った女性からかけられる。
そして、その女性の手を見てまた困惑の声を上げる二人。
女性の右手にも青年と同じようなタトゥーがあるのだ。
意味が分かっていない二人にはこれはドッキリで、テレビの企画で、意識しないようにしていたが、そこに転がっている男子高校生の惨殺遺体は作りものだと思い込み始める。
しかし、現実は待ってくれない、その程度の猶予もくれない、冷酷、ともいえる。
「ぎゃぎゃああああああああああああ!!!」
獲物を見つけた歓喜の雄叫びに、持っているナイフを頭上に掲げ突進してくる【緑小鬼】。
「なっ!」
「チッ!」
とっさのことに硬直する二人組。
舌打ちをしながらも体を動かす青年。
忌々しそうな視線を向ける女性。
「LV.1…【緑小鬼】?」
「HPバーまで見えるのかよっ!!」
女性の声に反応したのか青年が吠える。
二人の目はまっすぐに【緑小鬼】の頭上を見ていた。
「うぉおおおおおおおおお!」
雄叫びとともに突進してくる敵に今まで持っていたナイフを振り下ろす。
圧倒的リーチの差か、簡単に【緑小鬼】の眉間に吸い込まれていくナイフ。
そして、硬質なパリンという音。
とっさに身を固くした青年。
さっきはこの音の直後に激痛に苛まれたのだ。
しかし、5秒、10秒と経ち、苦痛はいまだ来なかった。
「さっきのは何だったんだ?」と、つぶやく青年。
「ねぇ、今の【緑小鬼】? 変なもやもや見えなかった?」
女性の言葉に、あぁ、と納得したかのような声を上げる青年。
「見えました。 RPG風に言えば、魔力か?あながち間違いでもないだろけど……そうか、魔力……」
「ね、左手」
「え?あっ…」
青年の左手はよく見るとうすぼんやりと光って見える。
青年は気付いていないのか、右手もなのだが。
「【緑小鬼】の爪、【緑小鬼】のナイフ」
「ゲット?」
「みたいですね。アイテムに入ってます。」
「そう、私のほうは何も。 あ、称号……三番目」
「三番目って?」
「なんだろ……あ、いや待って、【経験値効率】、【スキル早熟】だって」
「どうやって?」
「称号について知りたいと思っただけよ」
「あ……【経験値超効率】、【スキル超早熟】みたいです」
「最速だから?」
「最速だからじゃないですか?」
「それで右手は?」
「え?、あ、あ」
観察眼は女性のほうが高いようである。
二人のやり取りを見つつ、(大)と(小)はいまだ状況が分からないのか、うろたえているだけのようだ。
駅のホームは静かである。 それは不気味なほど。
乗客たちが逃げ出してからそれほどの時間は経っていないはずである、せいぜい10分程度だ。
なのに、人の気配がしないのだ。
いまだに四人は気付いてないようだが、破滅の足音はすぐそこまで迫っていた。
――阿鼻叫喚。 悪逆無道。 地獄の釜の蓋が開く。