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重層異世界  作者: N.Y.-apple
1  ”要石”
2/14

≪1≫

≪1≫


12月1日


今年の冬は暖かい。その評価を吹き飛ばすかのような寒波にみまわれた日。

この物語の中核になる青年は振り返った。


青年は中肉中背、イケメンとは微妙に呼べないが、それほどくずれてもいない容姿、特筆するところもない20歳の平均的な服装、唯一前髪が目にかかっているほど長いが、それも大したこともないだろう。

つまり埋もれてしまいそうな普通の似合う青年だ。

まぁ、据わった目つきを除けばだろうが。

しかし、それもすれ違った程度では簡単に意識から外れるほどで、やはり、普通の、という形容詞がふさわしいのではなかろうか。


背後がいつもより騒がしいことに気付いた青年は喧嘩でも起きたのかと多少の好奇心とともに目を向けた。


が、想像の埒外の光景に目を見開く。


最初に見えたのは血の赤だ。真っ赤な血。燃えるような朱。

次に見たのは殴りかかられた緑色の小さな異形。

目を堅く閉じ、身をこわばらせるその異形にゲームでいう、〔ゴブリン〕だ、という感想を持った自分になんとなくびっくりした。


そしてまた眼をむくことになる。


動かない。動かないのだ、その殴られ続ける小さな異形が。

それはどれほど異様な光景だろうか、あり得ない。そう思った。

自分がまだ微妙に冷静なことを自覚しつつ、また飛び散る赤を見守った。


――――あぁ、死んだなぁ…………


恐慌する人々をしり目に、電車の乗降口からそんな思考をつらつらと垂れ流す。

最後に降りようとしていたのが功を奏し、一斉にホームの出口に向かう人々には巻き込まれなかった。





***





だいたい人は掃けただろうか。後に残っているのは、腰が抜けて、抱きあっている女子大学生だろう2人、踏みつぶされた、虫の息の若いスーツの女性、めった刺しにされている、二人の男子高校生。

やはり、とっさに逃げだせなかったのは女性ばかりのようだった。



満足したのだろうか、恍惚とした―青年の主観だが―顔を振り向かせ次の獲物を探すようなそぶりを見せる異形。


そして、一番近くにいた青年と目が合う。


「ぎゃっ、ぎゃあああああああぁアアアア!!」


歓喜の咆哮を上げ、飛び出す小さな体躯。

これだけ騒いでいるのに駅員一人駆けつけてこないのを不審に思いながら、青年は異形に捕まらないように逃げ出す。


恐慌し、混乱し、喚き散らすようなことをせず、冷静に逃げだせたのは、異形の小さな体躯のおかげだろうか。


幸い、人のいない駅のホームは広く、逃げる場所には困らない。

異形も小さな歩幅では青年に追いつけないようである。


だから勘違いした。

異形が青年のみを狙っているのだと。


ちらりと後ろを見た青年はそこで急に止まる。

異形は青年に早々と見切りをつけ、次に近かった虫の息の女性に近づいていたのだ。


別に助けようと思ったわけではない、ましてや正義感に駆られたわけでもない、しかし青年は異形に向けて走っていた。


異形まであと10歩。


――たどりつくより先に異形に一撃食らわせられる!


後ろを向いて歩いている隙だらけの背中にむかって体重と勢いの乗った渾身の蹴りを繰り出した青年。


しかし。


びくともしない。


それは、コンクリートの壁に向かって蹴りを入れた感触。

不動。

刹那の時間に無駄を悟った青年は、いったん異形から離れる。


――何故だ?


――物理的にありえないだろうッ!


「ぎゃっぎゃああああああああああああああ!!」


怒りの咆哮を上げ、青年に向かう異形。

小さな手を振り回し、青年にナイフをかざす。

青年はバックステップで大ぶりの一刀をかわし、よろけたすきに小さく蹴りを入れた。


異形の動きは速くない、むしろ遅い。

あのめった刺しにされた男子高校生はただ単に運が悪かっただけだろう。

普通ならばまず当らないような速度だ。


しかし、かたい感触に苦い表情をする。

蹴りを入れられた異形は一瞬目をつぶり身を固く(・・・・・・・・・)していた。


――蹴りが効かないのにあのゴブリンもどきは怖がった?

――つまり、本来なら効果はあるということか?

――だったら何故俺の蹴りは効かない!!


異形は蹴りの衝撃がなかったのだろう、また、にやり、と人を嘲るような―これも青年の主観だが―笑みを浮かべ、また大ぶりの攻撃を太ももにむけて繰り出した。


やはり、異形の行動はノロい。そして体勢がくずれる。

青年が苦も無くかわしまた蹴りを入れる。

しかしこれもまた効かない。


――ちくしょうっっ!! どうすればっ!!


青年が焦り、異形が嗤う。

滑稽なダンスはまるでピエロをみているようだ。

しかし、青年の一つのひらめきにより状況は動き出す。





***





気付いたのは偶然だ。

幸運とも言えるだろう。

だがそれは、とても当たり前で、ありふれて、常識として通用しているほどだ。

その点では気付いたのは必然とも言えるだろう。

しかし、当たり前のこととは得てして気付きづらいものなのだ。

親の愛情然り、健康然り、ナイフの柄(・・・・・)然り。


――ナイフの柄を持ってるっていうことは刃をもてば怪我をするってことだ! なら!


異形は単調に大ぶりを繰り返す。

そして異形が上段から大きく振りかぶり青年が交わしたその一瞬。


「うわああああああああああああ!!!!」


青年が異形の耳元で叫ぶ!

異形は耳を押さえ、数瞬身を固まらせる。

そして青年は耳を押さえている異形の右手のナイフの柄頭を、祈りとともに蹴りぬいた!


「ぎゃっ!!」

「よしっ!」


短い異形の驚きの声と、青年の歓声。

宙を飛んでいくナイフに向けて青年は飛びつき、すぐさま立ち上がる。


――やっぱりこいつ、馬鹿だな。


大ぶりの攻撃の後に体勢をくずし、隙を突かれているのに直そうとしない、挙句の果てには、自身の武器を奪われても呆然とするだけ。

そんなことを考え青年自身は油断なくナイフを構える。

左足をひき、半身になり、空いている左手は異形に見えないように隠す。

青年が週刊誌で読んだ漫画の知識だ。

しかしこれが案外様になっている。


小さななりをした子供のような敵だからだろうか、それとも武器を奪った有利な状況だからだろうか。

存外余裕のある青年はしかし、油断はしていなかった。


――まだ。 このナイフが効くかどうか。

――最後の賭けだ。 負けたら、逃げる!


この時青年の思考には逃げた後のこと。

いまだ、うずくまっている女子大生―だろうとみえる―2人と倒れて浅い呼吸をしながら、しかし、しっかりと青年を見ている女性のことは考えていない。



そして、運命の時。



駆ける青年と、怒りにまかせた突進をする異形。


交差は一瞬。


青年のナイフは。


異形の首筋を。






断ち切っていた。







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