八十話 サウラ
サウラと名乗った仮面の少女。彼女は音も無く僕の目の前にやってくると、僕の腕をつかんで引っ張った。
「行くぞ。すぐにここを発ち、アジトへ向う。説明は、移動しながらで構わないな?」
「ちょっと待って! いくらなんでも突然すぎるよ。準備もある。それに、お世話になった村の人たちに一言くらい――」
「余計なことに時間を割いているヒマは無い。本来ならば、かような任務。もっと下の者を充てるはずだったものを……派遣されるのが、名高きエルドアのルーンナイトと聞いて、上の連中は見栄の張り合いで我を派遣した」
なるほど。国家間で連携するとはいえ、上には上の思惑や、プライドみたいなのがあるのかもしれない。ロッテに釣りあう人材……それが彼女なのだとしたら、彼女はルーンナイトクラスの実力者、ということになる。いや、実際さっき彼女とやり合って僕とロッテは翻弄されてしまった。
ここが彼女のホームグラウンドとはいえ、圧倒されたのは事実。だがそれは同時に、頼れる仲間ということでもあるか。
「あ、そうだ。さっきの男の子の……遺体をそのままにしておくわけにはいかない。探して……家族のところに……」
戦いから解放されたせいか、安堵ともにあの子のことを急速に思い出した。村は近い。せめて、家族の元まで運んで最後のお別れを告げさせたい。
「余計なことに時間を割いているヒマは無いと言った」
「そんな、余計なことって!」
「……」
冷気すら漂ってきそうなほどの、冷たい視線。サウラは、それ以上を言わず、言わさず、再び僕の腕を引っ張り歩き出す。
そして、彼女が歩いた地面には、うっすらと血がにじんでいた。視線をサウラに戻すと、彼女のふとももから血が少しづつ流れ落ちている。さっきの戦いで負ったのか?
「サウラさん。足をケガしてるみたいだけど」
「気にするな。かすっただけだ。某の肉体は、治癒力の強化が施されている。放っておけば時期に傷が治るだろう」
治癒力の強化。この子は一体……。
「アルーー!!」
後からロッテがやってくる。そして、僕とサウラを見つけると、瞳を鋭く輝かせ、獰猛に吼えた。
「ちょっと、アル。何、その可愛らしい女の子は……こんな森の中でナンパ? あたしというものがありながら……それも、戦闘中に……いいご身分ですこと……」
「いや。ちが――」
弁解しようとしたら、サウラが僕の前に出て、冷たく言い放った。
「先ほどの女か。確か、ルーンナイト第六席だとか言っていたな。この程度がルーンナイトとは……エルドアも底が知れる」
「なあんですって、だいたい、あんた何者よ! アルの手首なんて握っちゃって! あんたが手首ならあたしは胴体よ! どう、うらやましいでしょう!?」
ロッテは鼻息をロケットのように噴出すると、僕の腰に手を回してしがみついてきた。何やってんだよ、ロッテ!
……ちょっと、嬉しいけど。
「ちょっと! へんな争いやめて! ほら、ロッテ。この人だよ。例の協力者!」
「え?」
「ゼオン王国王室警備隊長サウラだ。先ほどお前達に攻撃を加えたことについては、謝罪しよう。おかげで実力の程も知ることが出来た。フォローが十二分に必要なようだが。……久しぶりにやりがいのある仕事のようだ」
ロッテは噴火しそうな火山のごとく、うなった。
「どうどうどう。落ち着いてよ、ロッテ」
「な、ん、で! なんで毎回、あたしは旅に同行する女共にケンカ売られなきゃなんないのよ!! く・や・し・いいいいいい!!!!」
ロッテは目の前にあった木に八つ当たりした。思い切り放った拳は幹を砕き、大木が地面に崩れる。クールダウンさせるのが苦労しそうだな、これは。
でもまあ、たしかに。フィーザの時もそうだったな。ロッテって、同性にからまれやすいのかも。
「おねーさーーん!!」
「ん?」
男の子の元気な声が聞こえてくる。その姿を認めると、僕は思わず驚きの声を上げた。
「え、あれは」
森の向こうから息を切らせてやってきたのは、さっきタウロスに殺されたはずの男の子だった。
「おねーさん、さっきはありがとう! おねーさんの言うとおり、リーザちゃん、家に戻ってたよ! これ、お礼! じゃあね!」
男の子はサウラに駆け寄ると、大きなあめ玉を一つ手渡し、また元気よく走り去って行った。どういうことだ?
「あの子……さっき、タウロスに殺されたはずじゃ……」
「某が助け出した。おかげで、足に傷を負ってしまったがな」
サウラはにこりとも、にやりともせず、自分のふとももをさすった。先ほどまで流れていた血はすでに止まっていて、傷がふさがっているようだ。
そうか。あの一瞬で、サウラがあの子を助け出していたのか。じゃあ、あそこに落ちていたのは、サウラの血? ……でも、よかった。あの子が生きていてくれて……サウラには感謝しないといけないな。
「子供はこの国の宝だ。守ってやるのは当然の事」
「何よ、自分だって子供のクセに」
すかさずロッテが突っ込んだ。確かに……サウラはどこからどうみても10代前半といったところで、子供だ。
「心外な。某は去年成人の儀を終えたばかりなのだぞ。大人が子供を気遣うのは当然だろう」
え? このサウラが成人? 身長だって、150CMもなさそうなのに。
「成長を抑制するルーンを体に刻んでいる。この体のほうが、潜入もしやすいし、敵と戦うとき、愚かな輩は油断してくれるからな。……とにかく、くだらない話をしていないで、さっさと行くぞ」
サウラという少女? に僕らは手を引かれ村に戻って行った。
次回は9月23日更新です。