七十七話 デート
「ところでロッテ。これからどうするの?」
僕は、再びテーブルに着いたロッテに尋ねた。ゼオンに入ったはいいが、これからの行動についてまだ何も聞かされていない。
とりあえずは、エルディアからゼオンまで旅の疲れを癒すため、ひとまずこの村で一日休息を取るとのことだったが……。
黄金のヴァンブレイスのアジトは一体どこにあるのか?
「ん。そうね……まずはゼオンの王都へ行きましょう。現地協力者ともそこで落ち合う予定になっているし。アジトの位置も、王都から近い位置にあるらしいから、目下の目標は、ゼオン王都『ゼオネル』よ。あ、ちなみにゼオネルってのは。建国した初代国王様の名前よ」
「そっか。じゃあ、明日の朝にはここを発って、ゼオネルを目指すわけだね。じゃあ、今日一日はフリーなわけだ。……どうしようかな」
「ねえ、アル」
ロッテは周りをきょろきょろと見渡すと、僕に近寄り小声で囁いた。甘い香りが僕の鼻腔をくすぐる。
「デート……しよっか」
艶かしくロッテは微笑み、僕の手を握ってきた。
「え!? デ、デ? あ、ああ。デザート? 何だ、それなら女将さんに言って――」
「もう、アルったら照れちゃって……可愛いんだから。デートよ。しっかりアルを楽しませてあ・げ・る」
耳に熱い風が吹き付けられた。見れば、ロッテが僕の耳元に唇を近づけている。
今のって……。それに、楽しませるって……。
「さ、行きましょ」
「え。ちょっと――」
ロッテは有無を言わさずに僕の手首をつかみ、宿の外へ連れ出した。
「あの、ロッテ? 急にどうしたの……デートだなんて……」
「いいから、行きましょ。ほらほら。この辺じゃ何も無いから、その辺を2人で散歩しましょうよ。ね!」
手首をつかまれたまま、ロッテに引っ張られる。
「んー本当に何も無い村ねえ」
「ちょっと、ロッテ」
ロッテと横に並んで歩き出す。しばらく2人で村内を歩いて回っていたが、ロッテは急に立ち止まった。
「子供だ」
村の通路の端で、子供が2人走り回っていた。活発そうな女の子に振り回されている男の子。
まるで、昔の僕らのようだ。
「可愛いわね。子供って……いいな」
「懐かしいね。昔はよくロッテが走り回ってた。それで、僕はさんざん振り回されて……おやつも横取りされたっけ」
「そうね。でも……もうあたし達、子供じゃないわ」
僕とロッテの間に、沈黙が舞い降りた。
「うああああああああん」
だが、それはすぐに子供の泣き声によって切り裂かれる。どうやら、さきほど走り回っていた男の子が転んだらしい。
ロッテはそれに気が付くと、転んで寝転がっている男の子の前まで歩き、かがみこんで抱き寄せた。
「大丈夫。泣かないの。男の子でしょ、君は」
優しく、愛おしそうに男の子を抱きしめ、頭をさすっているその姿は、まるで母親のようだった。普段から大騒ぎしている彼女の姿とは似ても似つかない。
ロッテも、女の子なんだな……。
男の子は泣きやむと、ロッテから離れて笑顔で御礼を述べた。
「ありがとう、おばさん!」
げ。
「あぁ?」
途端にロッテの笑顔が歪む。
「ちょっと、ロイちゃん。おばさんに失礼だよ。おねーさんだよ。ほら、言い直して。ついでに『キレイな』、とか『カワイイ』って付ければ喜ぶと思うから!」
女の子が恐ろしいことを口走った。
「わかった! リーザちゃん。えっと、ありがとう、キレイなおばさん!」
手を振りながら走り去る子供達。
ロッテは笑顔のまま、頬を引きつらせていた。
……僕もこの場から走り去りたい。
「まったく! なんていうガキどもかしら! あの小生意気なリトといい、最近の子供は……親の顔が見たいわね!」
ロッテは足元の小石を蹴り飛ばし、遥か彼方の木に命中させた。命中した木にはぽっかりと穴が開いていて、貫通したようだ。……なんて威力だ。
ロッテは今もなお、怒りを露にしながらずかずかと森のほうに歩いて行った。
「ちょ、ちょっと待ってよロッテ!」
僕もロッテの後を追って森へと足を踏み入れ、追いかける。すると、すぐに追いつくことができた。
ロッテは森の真ん中で背中を見せ、立ち止まっている。そこにゆっくりと近付いた。
静けさに満ちた森。朝のひんやりした空気と、昇り始めた太陽の日が木々の間からこぼれて……まるでロッテにスポットライトが当たっているかのようだ。
「ロッテ――」
「ねえ、アル」
背中を向けたままのロッテが小さな声で僕を呼ぶ。
「そのまま。そのままで聞いて欲しいの」
「うん」
「ここなら、静かだし、誰にも邪魔されないだろうから……ずっと言えなかったこと。言うね」
「うん」
「この前、フィーザと戦って……やっぱり、気付いたんだ。あたし。今の自分が置かれている状況。そして、アルが置かれている状況……あたし達は、命をかけて戦ってる。普通の14歳じゃないの。いつ死んでもおかしくない。あたしも、アルも」
「そうだね」
「今度の黄金のヴァンブレイスの件。正直に言って、危険な任務だと思う。……死ぬかもしれない」
「それでも、僕は――行くよ」
「解ってる。だから……あたしも……この命尽きるまでに、アルにできることはしておきたい……そう思ったの」
ロッテは振り向いた。その手にはどこで摘んだのか、リリアンの花がある。
リリアンの花言葉は、永遠の愛。それを、異性から受け取るということは……。
それは――即ち。2人は結ばれるということ。
「あたし、アルとこれからもずっと、ずっといつまでも一緒に……いつまでも一緒にいたい!」
「ロッテ……」
次回は9月2日0時に更新します。