八話 ハチネンノサイゲツ
一直線に駈ける。蹴り上げた砂埃を遥か後方に置き去りにして、僕は疾風の如く森の中を駈けた。腰に帯びた剣を抜き、目標に突き立てる。
鮮血。白い体色の双頭獣、グリセスと呼ばれるタイプの『異形』は片方の頭を潰され、苦痛でのた打ち回り、ギャアギャアと騒音を撒き散らす。
「うるさい奴だ」
僕は即座にもう片方の頭を首から切り落とし、命を絶った。横たわるグリセスの屍。それを確認するとその場を後にし、別の場所でグリセスを狩っていた師匠……セインさんと合流する。
相変わらずの腕だ。踊るように切り込み、瞬く間にグリセスの群れを駆逐する。息はまったくあがっていない。
「師匠。こっちの掃除は終わりました」
振り向き、肩口まで伸びた銀髪をなびかせると、明るい笑顔で僕に労いの言葉をかける師匠。
「お疲れ様、アルちゃん」
その呼び方に僕は睥睨する。
「だから、ちゃん付けはやめてくださいってば。もう8年ですよ、あれから」
そう、僕が復讐を決意して8年の歳月が過ぎ去った。僕は14歳になり、セインさんは23歳だ。家族を失ったあの日。僕はロッテと別れ、セインさんの元へ向かい彼女に事情を説明した。何も言わずに抱きしめられ、彼女は僕の『弟子にしてくれ』という申し出に深く頷き、僕らは旅に出た。
僕らは奴……黄金のヴァンブレイスの情報を集めながら各地を転々とし、用心棒まがいの仕事をして日銭を稼ぎ、腕を磨いてきたのだ。
剣の腕はまだ師匠には敵わないが、ルーンについては絶対の自信がついた。8年の歳月は復讐を原動力にして鍛錬に励んだから。
「あら、ごめんなさいね」
師匠は両手を胸の前で合わせ、ニコっと笑った。前言撤回……僕のルーンでもこの笑顔には敵わないだろう。
僕は苦笑し肩を空かせると、依頼主であるこの近くの村の村長に報告に向かった。
村に戻る途中、師匠がおもむろに口を開く。
「髪、伸びた所をみるとやっぱり姉弟ね。フィーナさんによく似てるわ」
僕は流れる小川の水面に映った自分の姿を見て、溜め息をついた。そして、思い出す。あの日の事を。
「僕は絶対に許しません。姉達の命を奪ったあいつを……」
「ええ。その為にも今は力を付けて、あいつの情報を集めることが必要よ。必ず私達の手であいつを……」
「はい」
そう答えたときだった。村から煙がもくもくと立ち上り、怒声や悲鳴の合唱が僕の耳を貫いた。
「何かしら?」
「お祭りってわけじゃなさそうですね……」
駆け足で村まで戻り、そこで僕らは目撃する。山賊らしき男達が家を焼き、奪った食料や酒を食い散らかし、村の男は殺され、若い娘は慰み者にされていた。
家畜は逃げ出し、畑は荒され、村人達の生活基盤は彼らによって破壊される。
悲鳴。また悲鳴。そして悲鳴。そこに混じる下卑た笑い声。
「ひどいわね……」
「師匠。師匠は村長の身柄を確保してください。こいつらは、僕が」
師匠は頷き、駆け出す。が、途中で立ち止まり振り返って言った。
「気を付けるのよ、アルちゃん」
「僕なら心配ありません」
「そうじゃなくって……やりすぎないでね」
なんだそっちか。僕が頷くのを確認して師匠は村長の家へと再び駆け出す。その背中に一言。
「だから、ちゃん付けはやめてくださいってば」
改めて周囲を見渡し戦況を確認する。1,2,3,4……ざっと20人くらいか。女性に覆いかぶさろうとしていた粗末なモノをぶら下げる男の首をつかみ上げ、酒をガブガブ飲んでいたヒゲ面の盗賊に向かって放り投げる。
「何しやがる、てめえ!? 俺たちは泣く子も黙る山賊――」
テンプレセリフを吐いた男の股間を蹴り潰し、二度と悪さをできないようにする。途端、男は男の象徴たるモノを潰され、赤ん坊の様におぎゃあと泣いて動かなくなった。
「おい、お嬢ちゃん。泣いて謝ってお酌の一つでもすりゃ、許してやってもいいぜ~? げひひ」
「僕は男だ。そんな趣味は無い」
酒瓶を持った男の顎を右足で砕き、小気味よい音が鳴って地面に伸びた。それを見た他の山賊がこちらに警戒を向ける。
僕は一つ息をして、言葉を放つ。
「死にたい奴から前に出ろ、僕が殺してやる」