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黄金のヴァンブレイス  作者: 岡村 としあき
第二部 第二章 『いつまでも一緒に』
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七十五話 ヤミノルーン

 異形タウロス。


 別名、『騙し屋』。


 名前の由来は奴の狩り方にある。霧や闇夜など、視界の悪い環境で、体から伸びた無数の触手を使い狩り対象……主に人間だな。触手を人間の形にしておびきだし、油断したところを、ぱくり。


 というわけだ。


 タウロスの外見は白い牛に、あちらこちらから気色悪い茶色の触手が生え出た感じ、ってとこか。


 あんな気持悪いのを好き好んで食う輩がいるってもんだから、世の中解らないもんだ。世界的な珍味らしいが、俺ならいくら金を詰まれても食ったりしないね。


 以前、ドルイドの大将に食わされかけたが……あのおっさん、話が長い上にゲテモノ好きの変人だからなあ。


 一言アルちゃんに注意しとけばよかったかも。


 まあ、今そんなことは問題じゃない。


 霧の中から出たヤツは、触手をしならせこちらに向ってくる。赤い眼が光ると、触手が元気よく逆立った。


 俺も食うつもりだ。


「お代わりがまだ欲しいってか? なかなかグルメだねえ、お前」


 タウロスが吼える。それこそ普通の牛みたいに、モーモー言ってくれるならまだかわいい。が、実際はそんなかわいらしいもんじゃない。


 とにかく、こいつは始末しておかないとな。このまま放置しておけば、自軍に被害が出るかもしれないし。


 うまいことシャナールの連中を襲ってくれれば儲けモンだが、マイナス要因はこの場で取り除く。なにより、ただでは帰してくれそうにない。


 ……やるか。


 さて、それじゃまずはご挨拶だ。


 風のボウガンで狙い撃つ。正直、近寄りたくねえ。


 なにより、あの触手は強力な武器になる。人間の肉を簡単に貫く鋭さと、柔軟性。接近戦はごめんこうむりたい。理由はこれだけじゃないが。


 狙いを付けて頭部に3連射。だが、ヤツは触手を盾にしてそれを防ぐ。


 おいおい、マジかよ。


「うお!?」


 舌打ちする間もなく、お返しとばかりに奴の体から触手が伸びる。その数、8。


 バックステップしてかわすが、それでは終わらない。触手は変幻自在の動きを見せ、再び俺を目指してくる。


 石のハルバードを横薙ぎして、触手を切り落とす。触手は地面に落ちると動きを止める。


 これで触手は封じた。と安心するのが早い。すぐに本体からお代わりが出てきて、溜め息と同時にうんざりする。


 触手はいくらでも再生するのだ。


 仕方が無い。接近戦へと持ち込むしかないか。


 こいつ程度の相手に、『腕』を……本気を出すまでもない。


 俺は石のハルバードを構え、駆ける。


 津波の様に迫る触手。ハルバードで切り払いつつ、前進。


 やがて本体に迫る。


 ――これが嫌なんだよ。


 突然俺は貫かれた。それは物理的にではない。鼻を突き抜ける死の香り。


 タウロスのひどい体臭が、接近すればするほど嫌でも鼻につく。しかし、止まれない。


 触手が再生する前に、ヤツの首を切り落とす!


 グボオという、不吉な死神の声。タウロスがうなり、俺に向ってくる。


 俺は間合いに入ったのを確認すると、ハルバードを頭上から振り下ろす。


 頭部に命中。手ごたえはあった。しかし――。


 額から赤い飛沫を上げ、タウロスはのけ反るがまだ生きている。そこを間髪いれず風のボウガンで追い打ちをかけ、脳天をぶち抜く。


「終わったか……」


 頭部を失い、タウロスは絶命した。


 さて、と。


 事件の元凶は始末した。あとは……墓でも作ってやるか。部下だった者達。敵だった者達。死んだら敵も味方もないからな。


『やあ。元ルーンナイト第三席。ルヴェルド・ジーン』


「あ……?」


 不意に声がした。嘲笑うような、くぐもった声が。


 声のしたほうを振り向いて、驚く。


「てめえは……」


 その姿を認めたとき、目の前の光景が現実なのか、それとも夢なのか。まるで頭の中にもやがかかったように朦朧とする。


 会いたかった。ずっと探していた。


『お久しぶりぃ』


 赤いローブと、黄金に輝く左手。禍々しく歪んだ口元。そして……。


 フィーナのカタキ。


「黄金の、ヴァン、ブレイス……!!」


『ギヒヒヒヒヒヒ』


「久しぶりだな、このクソ野郎。アルちゃんに任せたつもりだったが……俺の前に現れたんだ。お前は俺が殺す」


 アルちゃんの分も、俺が。


 不気味に笑い、ただ立ち尽くす黄金のヴァンブレイス。


 俺は静かに息をして、気持を落ち着かせた。


「お前のせいで俺は色々と失った。家族も、未来も、愛する人も、部下も……この右手もな」


 ゆっくりと瞳を閉じ、かけがえのない日々を思い起こす。そして、俺がやらなければならないことを再確認すると、目を開けた。


「失ったモノはでかい。けど」


 意を決する。そして、右腕に手をかける。


「代りに手に入れたモノもある。でかすぎる代償だけどな……!」


 義手を外し、放り捨てると意識を集中する。


 燃え盛る炎をイメージして、そいつに首輪をつけて服従させる。


 途端、右手が燃えるように熱くなった。いや、実際燃えてるんだ。


 右手を排し、ルーンによる炎の義手を作る。肘から先は炎のカタマリだ。普通なら火だるまだが、水のルーンを同時に使用して、体に影響しないようコントロールしている。


 この時点で火と水の二重詠唱(デュアルキャスト)。さらにそこに風を込めて三重詠唱(トライキャスト)の出来上がりだ。


 波打つ炎。肘から先は地獄の業火と化す。


 これが、俺の『腕』。失ったモノの代償。


 あるいは……単なる憎しみの炎、かもな。


『へええ』


「死ね」


 シンプルに一言。それ以上はいらない。


 右手を前に出して、解き放つ。


 右手は一筋の獄炎となって、一直線に黄金のヴァンブレイスを直撃した。あっけないものだ。


 炎がヤツの体全体を包み込み、フードを燃やす。その下から現れた顔は闇。


 闇の下に口や鼻がくっ付いている、なんとも不可解で奇妙な顔。


 アルちゃんの言ったとおりだった。……こいつは人間じゃない。


 しかし、だとしたら……こいつは何だ?


 まあ、いい。そんなことはどうでもいい。


 ヤツは炎にまみれ動きを止めている。今がチャンス。


 直接あの体に右手を叩き込んでやる。それで終わるんだ。俺の復讐が。


 アルちゃんも救われるだろう。


 フィーナだって。


 これ以上語る言葉などない。黄金のヴァンブレイスに接近すると、右手を顔面に、闇へと向けて思い切りぶち込んだ――。


 途端。


 闇は黒い霧となって、あたりに拡散し……俺の炎の義手は形を失い、強制的に解除される。


 正直、何が起こったのか解らなかった。


「……あんたは」


 目の前には、黄金のヴァンブレイス。しかし、顔にかかっていた闇はない。


「どうして」


 闇の下には、ちゃんと人間の顔があった。


「何で」


 その顔がにやりと笑う。


 再びヤツの体に集まってくる闇。すぐに顔はそれに覆われて元に戻る。


 だが、あれはどう見ても……だが、あの人は……いや、違うはずだ。違う。


『お前の心の闇は素晴らしい。それが一時的に私の闇のルーンを上回り、この結果に繋がった』


 闇のルーン……何だそれは? 聞いたことが無い。


 いや、それよりも、こいつだ。


 確かめなければいけない。こいつが何者か。


 俺は、適度な距離を取ると、再び意識を集中し、『腕』を形作った。

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