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幸せな日々

 アルが産まれて5年が経った。時間の流れは本当に早い。


 私、セレーナ・エイドスも15歳。もう誰もが認めるレディー。


「セレーナお嬢様。お口元にクリームが」


「セレーナ。もたもたしてないでさっさと用意しなさい! いつまで待たせるの!」


 になったはずなんだけど……きっと、周りの見る目がないんだと思う。


 私はケーキを口にくわえながら髪を整えていただけなのに。


 廊下ですれ違ったアイクに生クリームを拭ってもらい、レイナ姉さんの怒鳴り声を背中に受け、部屋に急いで戻る。


 今日は、大事なお客様がいらっしゃる日。いつも通りのセレーナ・エイドスではいけない。気合をいれないと。


「あの人が来るんだもん。ばっちりキメなくちゃ」


 姿見の前で、色々とポーズを取ってみる。


 髪もOK。服もOK。準備運動もOK。


 よし、準備は万端。この日のために色々と知識を蓄えてきたんだから。


 礼儀作法。楽しい会話の仕方。兵法。接近戦における間合いの詰め方。全て、頭に入ってる。


 いける。


 私は自分の部屋を抜け出ると、玄関へと急いだ。しかし、お客様の姿を発見すると、体中を電撃が走り回って頭の中がぼんやりして立ち止まってしまう。


 えっと。礼儀作法……えっと……今、若者の間で流行りの話題……えっと……間合いを詰めて、急所を潰して、背後に回りこんで……ああ、これ違う!


 頭の中をぐるぐると駆け巡る一夜漬けの知識達。


 だめだ。全部吹き飛んじゃった。


 絶望感に打ちひしがれていると、目の前にあの人がやってきた。


「やあ。セレーナ。お久しぶり。僕だよ。覚えてるかな?」


「は、はい! もちろん」


 優しい眼差しがそこにあった。がっちりとした体格に、スキのない身だしなみ。大きな体は彼の寛大さと器の大きさをそのまま表しているかのよう。


 飛び込んでみたくなるような、たくましい胸。それが、目の前に。すぐそこに、あった。


「1年ぶりだな。すっかりレディーらしくなって。これは、他の男共も黙ってないな」


「そ、そんな……私なんて」


 彼は私より二つ年上の17歳。隣の領地の跡取り息子で、ジーン家の長男で……姉さんの婚約者。ルーンナイト第三席。


「ルヴェルド様。お待ちしておりましたわ」


 ルヴェルド・ジーン。私の……初恋の相手。でも、それは敵うことがない。


「フィーナ! 会いたかったよ!」


「ああ、ルヴェルド様。私もです!」


 フィーナ姉さんとルヴェルドが再会を祝して抱き合って、そのまま見詰め合った。


 ……ああ、もう!


 そんな見詰め合ったら、熱くなりすぎて屋敷が火事になる!


 二人は相思相愛過ぎて、私が横から入り込む余地なんてまったくない。バカップルめ。


「フィーナ姉さん。私、なんか気分が悪くなっちゃった。ちょっとお部屋で休んでくるね」


「あら? 大丈夫セレーナ?」


「セレーナ? よければ僕の肩を貸そうか?」


 ルヴェルドの顔が接近する。


 こんな距離で彼を見たのは初めてだ。


 優しい瞳が私を捉えて放さない。今にも吸い込まれそう。


「熱があるのか? これは大変だ。さあ、行こうセレーナ。君は僕にとって義理の妹になるんだから。君に何かあったら、僕も悲しい」


「あ、ありがとうございます、ルヴェルド様」


 そして、私はルヴェルドに部屋へと運ばれ、ベッドの上に寝かされた。まるで、夢の中にいるようだった。


「すまないね。僕はもう行くけど、何かあったら呼ぶんだよ? すぐに駆けつけるから」


 もう行ってしまうのか。やっぱり、フィーナ姉さんがいいんだ。


「あの、ルヴェルド様」


 行かないで。


「ん?」


 そんなこと、言えるわけないのに。


「いえ、その。……ありがとうございます」


「はは。何を他人行儀な。遠慮なんて何もする必要は無いさ」


 ルヴェルドの大きな手が私の頭に乗せられ、優しくなでられる。


「では。これで失礼」


 爽やかに笑うとルヴェルドは去って行った。


 途端に部屋は真夜中のような深い闇に包まれる。


「あーあ。私があと二年早く産まれてたらなあ……」


 しばらくぼーっと天井を眺めていると、ドアが小さくノックされて、アルがやってきた。


 アルだ!


「セレーナ姉さん。ぼくです」


「アル? 入っておいで」


「はい!」


 アルの小さな体がドアの影から現れる。右手は何故か後に隠されていて見えない。


「あら、どうしたの。アル?」


「セレーナ姉さんが、元気ないってアイクに聞いて……元気出して」


 アルがおそるおそる右手を差し出してきた。それを見て、さっきまでの沈んだ気持はどこかに飛んでいく。


「わあ。リリアンのお花! もうこんなに咲いたんだ!」


 アルの右手には、姉弟4人で植えたリリアンの花があった。咲き誇るのはまだ少し先だと思っていたのに……。


「これを、私に?」


「うん! だから、お元気出して?」


 胸がいっぱいになった。そして、アルを体ごとぎゅっと抱きしめてやる。なんていい子なんだろう。


「ありがとうね、アル!」


「苦しいよ、セレーナ姉さん!」


 アルは、5歳児とは思えないくらい気が利くとてもいい子だ。とっても優しくて姉思いのいい子。


「やっぱり、アルは私が一番大好きなんだねー。よしよし」


 アルがあたふたと真っ赤になって私から逃れようとするが、させない。アルを抱きしめているときが一番幸せなんだから。


「ところで、アル。リリアンのお花には花言葉があるんだよ? 知ってるかなー?」


「知らなーい」


 本当は、花言葉に興味はあんまりなかった。砂糖漬けにして食べるとおいしいと聞いたことがあるので、私が率先してリリアンの花を植えようと提案したから。


「ふふ。なら教えてあげる! 『永遠の愛』。それがリリアンの花言葉。アルの愛は、確かに受け取ったからね!」


 すると、アルは意味が解ったのか、ますます顔を真っ赤にして私から離れると、出て行ってしまった。


「ちょっとアル! どこへ行くのよ~! もう!」


 優しくてかわいいアル。そうだ。私にはアルがいるんだ。


 まだまだ母親に甘えたい時期なのに……その分、私がしっかりして、アルの母親代わりになってあげなきゃ。


 落ち込んでる場合じゃない。私はあの子のお姉ちゃんなんだから。


 アルを幸せにしてあげなくちゃ!


 それから数ヶ月後。


 アルの誕生日を明日に迎え、私達は家族で隣の町へお出かけすることになった。


 事前にアルの欲しい物を調査してみたけど、特に無いと言われてしまった。友達の女の子のロッテちゃんに聞いても、よく解らないらしい。


 ロッテちゃんはアルが初めて連れてきた友達だ。赤い髪がとってもキレイで、小さくてかわいい女の子。でも、ちょっと何か違和感を感じる不思議な子だった。


 言葉に表すのが難しいんだけど……でもまあ、かわいいからいいや。あんな子になら、アルをあげてもいいかな。


 ロッテちゃんがお友達になって、アルが初めて楽しそうに笑ってくれたから……アルと一緒に幸せになってくれたらなあ、なんて思う。


「よし、着いたぞ」


 色んなことを考えていたら、いつの間にか目的地に到着していたらしい。


 よし、今日はアルの欲しい物をなんとしても吐かせてやる!


 私は一番に馬車を飛び降りて、お父様のそでをつかんだ。


「早く行きましょう、お父様!」


「おいおい、どうしたセレーナ。そう急かすなよ」


「アルに早くおもちゃを買ってあげたいの!」


「では、先に行ってきなさい」


 お父様は少し呆れていたけど、どうでもいい。アルのためなんだから。


「はーい!」


 私は駆け出した。アルの喜ぶ顔が早く見たい。それが、なによりのエネルギーになる。


「わ!?」


 勢いよく駆け出しすぎて、何かにつまずいてしまった。そして気がつけば、私は地面と盛大にキスをしていた。


「いったあ~い」


 その後、お父様に二三、小言を言われ、続きは帰ってからと言われた。ああ、帰ったら続きがあるのか。


 お父様から解放されると、皆で町の中央通りを目指すことになった。


 アルがきょろきょろと物珍しそうにクレスト屋を見ている。


 う~ん。アルが欲しいのはクレスト? でも、小さな子には危なくて渡せないしなあ。


 悩んでいる私の目に飛び込んできたのは、キレイなお洋服が展示されいるお店だった。


 そうか。洋服だ。アルにかわいいのを着せてあげよう!


「アル、こっちだよお。ほら、おいで」


 アルの手を引いて、お店へ。アルに似合うのは何かないものかと思って色々と探してみる。が。


「あ、これかわいい! こっちもステキ。わあ! これ胸元がすごい! いいなあ。これ欲しいなあ」


 ついついかわいいお洋服を発見して、自分の世界にのめりこんでしまった。


「あれ? アル!?」


 そして、気が付くとアルの姿がどこにも無い。


 もしかして、誘拐!? ああ、アルはきっと今頃怖い思いをしているんだ! 私のせいだ。


 急いでお店を出ると、すぐにアルが見つかった。


「こら」


 ポンとアルの後頭部に軽く拳を乗せてやる。


「あ、セレーナ姉さん」


 よかった。アルは無事だった。


「どこ行ってたのよ、心配したじゃない」


「ごめんなさい」


 アルはしゅんと落ち込んで、泣きそうな顔になった。ちょっときつかったかな。


「もう、いいけどね。それよりアル。何か欲しいおもちゃはないの? 小難しい本ばっかり読んでないで、お外で友達と遊べるような物を何か買わなきゃね」


 私の中では、男の子は元気に走り回って、体中に擦り傷作って帰ってくるイメージだった。だから、家の中で静かにしているアルは、手間がかからないいい子なんだけど、元気に遊んでいる姿も見たい。


「じゃあ、あれ」


 アルが指差したのは、クマのぬいぐるみだった。うーん。ぬいぐるみかあ。確かに、ストレス解消にはなるよね。お腹の辺りとか、弾力があって、いい感じだし。


 いやいやいや! アルはそんな乱暴な子じゃないし。


 でも、アルが欲しいと言ったんだ。買ってあげよう!


「クマさんのぬいぐるみだね! ちょっと男の子らしくないけど、かわいいし、いいね! 待ってて、お姉ちゃんが買ってきてあげるからね!」


 アルの喜ぶ顔が頭に浮んでくる。よーし。


「セレーナ、アルを連れて馬車に戻りなさい。緊急の用事が出来た、すぐにここを発つぞ」


 いきなり背後からお父様の声。しかも、何か緊迫した様子。


 ……仕方が無い。


「ごめんね、アル。でも絶対買ってあげるから、しばらくの辛抱だからねっ」


 アルを元気付けるために、手をつないで元気よく振ってみた。ごめんね、アル。


 それから、セインが家に来る事になり、結局次の日アルには内緒で、お父様とフィーナ姉さんとレイナ姉さんと私で再びここに来る事になった。


「これください!」


 アルが欲しがっていたクマさんをようやく手に入れ、安堵する。


 楽しみだなあ。きっとアルってばびっくりするぞ。


 私は馬車に飛び乗ると、クマさんをしっかりと抱いて、目をつむった。


 早くお家に着かないかな。アルの喜ぶ顔、みたいな。


 アルには、いつまでも幸せに笑っていて欲しいな。


 待っててね、アル!

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