七十三話 オワリノサキ
「あんた達まとめて軍法会議よ! フ……フフ! このルーンナイト第六席ロッテ・ルーインズ様をバカにした報いはたっぷり受けてもらうわ……フフフフフ!」
顔を真っ赤にしたロッテが、リトとフィーザを指差し悪魔のごとく笑った。ちょっと見ていて怖い。
「てめーこら、赤毛! そりゃ職権濫用だろ!」
「おばちゃん卑怯~! どうせなら食券乱用して、リトをお腹いっぱいにしてよ」
ロッテの怒りが沸騰しそう。頭にやかんを乗せればお湯が沸かせそうだ。思ったよりリトとフィーザのコンボは効いているらしい。
師匠が空気を読んだのか、遮るようにロッテとフィーザの間に入ってきて、フィーザに尋ねた。
「あらあら。そういえば、フィーザちゃん。名字はなんていうのかしら? まだ聞いてなかったわね」
「ドルベン。フィーザ・ドルベンだ」
一瞬、オルビアが動きを止めた。
そうだ。これをまだ話していなかった。
「まさか、フィーザ殿はガイザー様の……?」
「ああ。ガイザー・ドルベンはオレのオヤジだ。直接会った事はねーけどな。オレがアルフレッドに出会ったのは……」
「待って、フィーザ。それは僕の口から皆に話す」
今日一日。フィーザと出会って起きたことをすべて話した。ありのままを。
その末に、今こうしてここに彼女がいること。
皆、ガイザー・ドルベンとはそれなりに関わっている。特に、リトは伯父夫婦と従姉妹を殺され、オルビアは元部下だ。
「フィーザお姉ちゃん……?」
リトがフィーザを見る。
「……お前の従姉妹のことは、聞いてるよ。オレが憎いか? 嫌いになったか? お前はどうだ、オルビア。オヤジの悪名もそれなりに聞いてるぜ」
しばし沈黙する。
「ううん。フィーザお姉ちゃんは違うもん。そんなの、目を見れば解るよ? フィーザお姉ちゃんはフィーザお姉ちゃんだから……関係ないよ。リト……これ以上、好きな人を無くしたくないし。好きになってくれた人を無くしたくない」
「自分もだ。フィーザ殿はフィーザ殿だ。親の業を子が背負うことは無い。なにより、その筋肉が魅力的である以上、自分に拒む理由などないからな。フハハ」
なんかいい話のようだった気がするけど、結局筋肉なんだね、オルビア。
「そうか。……そうか。皆、オレを受け入れてくれるんだな……。へへ……赤毛は何も言わないのかよ? 今なら、オレをこき下ろすチャンスだぜ?」
「バカね。あたしだって場の空気と人の感情くらい読めるわよ。なにより、あんたにはこれからはあたしの部下として、友達として……働いてもらうんだから。あたしの友達を悪く言う奴はこのロッテ・ルーインズが許さないわ。そんな奴らは軍法会議よ」
フィーザの足元に数滴の滴が落ちる。悲しみの雫。いや……喜びの雫か。
「赤毛……へへ。なんだよこれ。汗が目にしみるぜ。まったくよ。たまんねえな……」
「フィーザ」
「フィーザお姉ちゃん」
「フィーザ殿」
「フィーザちゃん」
「……バカフィーザ」
これから、よろしくね。
その夜はロッテとフィーザは同じ部屋で寝ることになったのだが、不思議と物音一つ立てず、静かな夜が過ぎていった。
次の日。
朝がやって来る。
昨日起こった事がウソのように、フィーザはすっかり僕らの中に溶け込んでいて、朝食をがっついていた。
「これ、うめーな! おい、アルフレッド。お前いらねーんだったらもらっちまうぞ。お、赤毛まだ起きて無いじゃん♪ さっさと起きない奴が悪いんだ。もらっちまうか」
食卓の上をフィーザのスプーンが嵐の様に駆け巡る。
「あ、それだめ! リトの~! 返してよ~!!」
ポンポンポン! と軽くフィーザの体を叩くリト。
フィーザは苦笑いすると、「半分こだぜ?」といって、朝食に出されたロッテの分のローストビーフを自分の皿とリトの皿に分ける。
その隣でオルビアはダンベルを片手に食事をとっていて、師匠は座ったまま寝ていた。
「くおらああああああああああああああ!」
宿を貫くかのような怒声。振り向けばロッテが、がるると牙を剥き出しにしてフィーザとリトを見ている。
そして、どすどす、と。床に穴を空けんばかりの勢いで歩いてきた。
「あたしの! 朝! ご! は! ん! 返しなさい~~!」
「やだよ。もう食っちまったし。いつまでも寝てるのがわりーんだよ」
「おいしかった。ごちそうさま、おばちゃん。おばちゃんも、1年くらい断食したほうが、スリムになっていいんじゃない?」
「ぐ、くくく。この~! こいつら~~どう料理してやろうかしら……」
「ロッテ。ロッテ。落ち着いて。大丈夫、こっそりお代わりを頼んでおいたから」
さすがにこのパターンが何度も続いているのだ。ちゃんと策は練ってある。
「本当!? やっぱり、アルはあたしが一番よね。うんうん。そうよね。なんてったってあたし達、幼馴染なんだし! うんうん! あたし達が結ばれるのは運命だものね」
ロッテの周りを覆っていた負のオーラが陽気に変わり、瞳がキラキラと一等星の如く輝いた。何て邪気の無い、無垢な瞳なんだろう……。
「お代わりってこれのことか? もうねーぞ」
フィーザが空になった皿を指差した。
それは、僕が密かに注文しておいたロッテの分だった。あれ、一体いつの間に。
そして、それを目撃したロッテが素っ頓狂な声を上げる。
「うぎゃあ! 何よ、これ! 信じられない! あんた達どういう胃袋してんの!? よくも! よくもアルの気遣いを! 死んで詫びなさい!」
「む。すまぬ。まさかロッテ様の分だったとはつゆ知らず……このローストビーフに使用されている牛は、筋肉を構成するのに必要な栄養分を効率よく摂取できると――」
君か、オルビア。
「うわーーーん! アル~!! みんなが、みんながあたしをいじめるよお~~!!」
ロッテがマジ泣きした。わんわん泣いて僕に抱きついてくる。
僕の胸に顔を埋めているロッテを引き剥がしていいものかどうか迷っていると、フィーザが隣にやってきた。
「てめー! 何オレのアルフレッドの胸に顔埋めてるんだ!? しかも、これウソ泣きじゃねーかよ! 騙されるなよ、アルフレッド」
「ち。バレたか」
「え?」
ロッテはさっきまで泣いていたのがウソのように、泣き止むと(実際ウソだったけど)すくっと立ち上がり、フィーザを指差した。
「もう我慢できないわ! あんたとは絶交よ!」
「上等だ、この野郎」
ロッテとフィーザが取っ組み合いのケンカを始める。
とりあえず、今日も仲がいいので安心した。
「ふあ。……あら、アルちゃん。おはようございましゅ」
師匠が起きたようだ。
「おはようございます、師匠」
「そうだわ! アルちゃん。この前のお話、ちゃんと考えてくれたかしら?」
「え?」
「ほら、アルちゃんがぁ~私の家族になるお話!」
師匠の発言と共に、ロッテとフィーザの動きがピタリと止まる。
ああ……そういえば、そんな話をしていたような。昨日の件ですっかり忘れていた。
師匠は……僕から見れば妹……いや、娘みたいなものだった。
おっちょこちょいで、世間知らずで、朝が弱くて……放って置けなくて……。
そんな師匠を僕は……。
「私ね、書類をもらってきたのよ。ほら、ここにサインして。そうすれば、私達は『親子』になれるの!」
「は? 親子?」
師匠が取り出したのは、養子縁組の書類だった。
「私にとって、アルちゃんは大切なこどもだし。アルちゃんもきっとお母さんが恋しいんじゃないかと思ったんだけど……」
「えっと……」
家族になるっていうのは、養子縁組して親子になるということだったのか。
「その、師匠。ちょっと待ってください。その、フィーザも一緒に来る事になったし、まだ頭の整理が……」
「あら? そう、残念ね。でも、いつでもいいのよ? 無理にとは言えないしね。私が願っているのは、アルちゃんの幸せなの。だから……アルちゃんがその気になったらいつでも言ってね」
笑顔で師匠は席を立ち、自室へ戻っていった。
僕にとって師匠は娘のようだと思っていたけど。師匠にとっても僕は息子のようなものだったのかもしれない。
僕の幸せ、か。師匠は、この復讐の旅が終わったときの事を考え始めているのかもしれないな。
終わり。旅の終わりか。
黄金のヴァンブレイスを討てばこの旅は終わる。
そうなったら。
もし、そうなったら。
もう、皆で朝ごはんを食べて、騒がしい一日の始まりに溜め息を付くこともなくなる。
それはそれでなんだか……寂しい。
そうだ。僕は今のこの生活も気に入っているんだ。みんなと一緒に旅したい。もっと、もっと――。
でも、そうはいかない。
僕は、復讐者なんだから。
「アル! ドルイド様の所に行きましょう。昨日の話の続きよ。そして、万全の準備ができたらすぐにでもここを発ちましょう」
「うん、行こう。ロッテ」
2月から始めた第二部第一章、終わりです。
さて、次回は要望があったので、アルのお姉さんの話を書こうと思います。