七十一話 コレカラノコト
「おい、聞いてんのか、アルフレッド?」
「え? あ、ああ。もちろん」
深く考え込んでいたようで、フィーザの接近に気付かなかった。かなり近い位置にいて、前髪同士が触れ合っている。フィーザにとって、必殺の間合い……とでも言えるくらいに、近い。
何でこの子はこんなに近いのかと、一瞬焦って後ずさる。すると、習慣なのか一ミリも違わない距離を維持してこられて、さらに焦った。
「逃げんなよ、別にとって食おうってわけじゃねーんだからよ」
「いや、別にこんなに近くなくてもいいじゃないか」
「真剣な話するにゃ、この距離がオレにとってベストな間合いなんだよ」
フィーザという子が読めない。その後、散々追いかけまわってなんとかフィーザを引き離し、再び会話をすることになった。
「なあ、オレさ。掃除してる間に色々考えたんだよ。飯食ってる間にもさ。お前や赤毛とは色々あったけど……丸く収まってよかったっつーか。なんつーかよ」
「うん。僕も、あのままフィーザと戦うことにならなくてよかったと思ってる……そういえば、君はこれからどうするつもりなの?」
「ん? オレか? 別に決めてねーけど……そういうお前はこれからどうすんだよ」
僕の目的は最初から1つ。黄金のヴァンブレイス。奴を仕留めることにある。
「僕は1人の人間を追っているんだ。いや……人間なのかな……よく解らないけど……君も聞いたことくらいあるんじゃないか? 黄金のヴァンブレイスのことを」
思い出す。バイエル・シャウターを殺し、再び僕の目の前に奴が現れた時のことを。
赤いフードの下に隠されたその素顔は、闇。まるで闇のルーンを体に宿したような……。
ますますもって、黄金のヴァンブレイスという存在が解らない。
あいつは一体何なのか。さっきのフィーザの話では、女性ではないかと一瞬思ったが、そもそも奴は人間なのかどうかすらも疑わしい。
何せ、この世界には凶悪な人外……人の天敵である異形がいるのだから。
人の形をした異形がいても何もおかしくは無い。
そういえば……そもそも異形とはなんなのだろうか?
この世界にはルーンという魔法のような力があるのだし、ファンタジー世界お約束のモンスターと言ってしまえばそうかもしれない。機会があれば一度、異形の生態やらを調べてみたいけど……今はそれどころじゃないな。
「黄金のヴァンブレイス……ああ、知ってるぜ。この業界じゃ知らない奴はいねーよ。……あいつは、色んな意味でヤバいぜ。殺しの依頼は100%成功させるが、クライアントを殺したり、ターゲット以外も殺すこともよくある。仕事以外でも殺しを平然とやるし……だから、同業者にも狙われてる。オレにも一度殺しの依頼がきたことはあるけどよ」
「僕は、ロッテ達と黄金のヴァンブレイスを追っているんだ。あいつには……父と3人の姉を殺されている。だから、なんとしても、あいつを……しとめたい」
「アルフレッドの家族を、黄金のヴァンブレイスが……そっか。お前が失った大切な人は……カリンって女だけじゃないんだな」
「奴とは何度か刃を交えている。けれど、意味不明なことを呟いて、僕の目の前から煙のように消えてしまうんだ。おまけにルーンも効かない……ホンモノの化け物だよ。それでも、僕は――」
「決めた」
そう言うと、フィーザは僕との距離を少し開ける。
「オレがこれからどうするか、決めたぜ。アルフレッド。オレを雇え。オレが黄金のヴァンブレイスを始末してやる」
静かに輝くフィーザの瞳。そこにいたのは、爪を丸めた猫ではなく1人のプロだった。
「……」
フィーザを雇う?
確かに、フィーザならば戦力になるが……僕の一存で決めてしまっていいのだろうか。
一応僕の上司はエリスになるわけだし、確認しなければならない。
それに、仮にエリスから許可が出たとして……ロッテとの相性は最悪だ。仲良くやってくれればいいんだけど……。
「ごめん、フィーザ。一応僕はエルドアに雇われている身なんだ。フィーザがいてくれると頼もしいけど、僕一人の判断で部外者を勝手に関わらせるわけにはいかない。だから、上司に聞いてみるよ。人を雇うってことは、お金も動くわけだし」
「まあ、そうだよな。そう簡単にオレみたいなのを受け入れてくれるほど、甘くは無いわな。お前にはお前の立場もあるし、無茶はいえねーや」
「とりあえず、上司に相談してみるよ。僕はまだしばらく王都に滞在する予定だけど、フィーザは?」
「……ああ。そういやオレ、今日の寝床決めてなかったな。お前のことに夢中になってたし、最悪野宿でも問題ねーけど」
バイタリティーがあるな、フィーザは。少し感心してしまう。
とはいえ、女の子を野宿させるのもかわいそうだ。今日宿泊する宿にまだ空き部屋はあっただろうか?
「そっか。まだ決めてないんだ? じゃあ、僕と同じ宿にする?」
「何!? 今日はお前と同じ部屋で寝るのか。へへ……アルフレッド、お前って見かけによらず大胆だな。もちろん、オレはいいぜ。オレが……一人前の男にしてやるよ」
フィーザの瞳が獲物を狙う獣のように鋭く煌いた。今のセリフ、どういう意味なんだろう。
「ちょっと待って! 同じ部屋だとは一言も言ってないよ! 泊まるなら、せめてロッテの部屋にしてよ」
「なにしてるの!」
と、声がして振り返る。
「ちょっと目を離したスキに2人でこんな人気の無いところに……この痴女! アルに何をするつもりだったの!? おまけにアルの部屋で一夜を過ごそうだなんて……アルが許可してもあたしが許可しないから!」
「あんだと? 許可だぁ? てめー、一体何様だこの野郎」
「ロッテ様よ、この野郎」
火花が散った。
「あんたは今夜、あたしの部屋で寝なさい。床くらい貸してやるわ。でもせいぜい気をつけることね。あたし、寝相悪いのよ。夜中に蹴りや拳が飛んできても、夢の中のあたしが勝手にやってることだから、文句は受け付けないわ」
「オレも寝相は悪いんだよ。寝てる間に急所えぐられても文句言うなよ? 夢の中のオレが勝手にやってることだからな、もちろん文句は受付ねーぜ? ケンカなら買ってやるがな」
火花が散った。
やはり、この2人を一緒にするわけにはいかないか。
「ロッテ。ちょっとロッテ」
がるる、と牙を剥き出しにした獰猛な狼のようになったロッテの肩を叩いた。
「何よ!? アルは引っ込んでなさい! これは女の戦いなの! ケガするわよ!」
「いや、あの……これからの事、ドルイド様とお話しなくていいの? 当初の目的を忘れかけてるよ」
「う~……そうだったわね。しっかりしろ、あたし。こんなバカ女とコントやってる場合じゃなかったわ」
ロッテは口を閉じると、頬をパンパンと叩いて気合いを入れた。
「よし、行きましょう、アル。……それと、あんたも」
ロッテはビシっとフィーザを指差した。
「あ? 何でオレまで……あのおっさんの話うぜーから嫌なんだよ。絶対部下に嫌われてるぜ、あれ」
「あたしも嫌に決まってるじゃない! どんだけ心の中で毒づいたと思ってんのよ! とにかく、なんでもいいから来なさい! あんたにとっても大事な話なんだからっ!」
だるそうにしていたフィーザの腕をつかむと、ロッテは屋敷の中へと消えて行った。
僕もそれに続く。
再び広間に入り、ソファに腰掛ける。
僕とロッテとフィーザは、ドルイドとエリスと向かい合った。
フィーザはつまらなさそうにあくびをかみ殺しながら、虚空を見つめている。
その隣でロッテは背筋を伸ばし、胸を張り、やや緊張した様子でドルイドと向かい合っていた。
「さて、食事もすんだことだ。改めて昼間の話の続きとするか」
「はい」
「お前達には当初の予定通り、ここからゼオンへと向ってもらう。任務の内容も変わりない。黄金のヴァンブレイス……そのアジトの調査であるが、遭遇した場合は可能ならば捕らえよ。あくまで可能『ならば』だ。この際、生死は問わん」
「善処致します」
「旅費や武器、その他経費に関してはこちらで持つ。必要ならば人員の補充も検討しよう」
「その事なのですが……私から一つ提案がございます」
「何だ? 第六席よ。申してみよ」
「はい」
ロッテがフィーザを見るが、フィーザはソファの上で行儀悪く足をブラブラさせて遊んでいた。
ドルイドを見ると、ギロリと大きく目を見開いてフィーザをにらみつけている。
だが、フィーザはそれに気付かず、長い髪を指にクルクル巻きつけて遊んでいた。
空気読んで、フィーザ! お願い!
まったく……親の顔が見てみたい。いや、見たことあるのか、そういえば。
でも、あのガイザー・ドルベンの遺伝子を受け継いでいるようには、まったく見えない。おそらく母親似なのだろう。
ロッテは再びドルイドへ向き直り、続ける。
「ドルイド様。補充人員の件ですが……フィーザ・ドルベン。彼女を同行させてください。お願いします」