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黄金のヴァンブレイス  作者: 岡村 としあき
第二部 第一章 『復讐する者とされる者』
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六十九話 オオキナセナカ

「はああああああああああああああ!?」


 驚いて僕は素っ頓狂な声を上げそうになったが、それよりも早く、ロッテが素っ頓狂を通り越した奇声をあげたので、僕のは簡単にかき消されてしまった。


「お前が親父の代わりになってくれたなら……オレがその、カリンていう奴の代りになるから……だから」


 そうか。そういう意味なのか。許すけど許さないという矛盾した言葉の意味は。


 でも、それは違う。誰にも誰かの代わりなんかできるわけがない。


「フィーザ。それはダメだ」


「何だ? 何がいけないんだよ! オレが女らしくないからか!? それともそこの赤毛……じゃなかった――ロッテとかいうのが、いいのか?」


「誰が赤毛ですって?」


 ロッテがふんぬと、荒い鼻息を噴出した。


「そうじゃなくて……誰かの代わりなんて誰にもできないよ。それは、代りにされた人に対して失礼だし、死んだ人にも失礼だ。僕をお父さんの代わりにしても……それは違うと思う。僕は僕で、フィーザはフィーザなんだから、ね?」


「オレはオレか……。じゃあオレは、カリンていう奴の代りは……できないんだな。お前は親父の代りになって……オレと一緒にいてくれないんだな……そうか、わかった」


「わかった!? アルはあたしの物なの! あんたの物になんかならないのっ! わかったらアルから離れなさいよ!」


 ロッテがフィーザの腕をつかもうとしたが、フィーザは素早い動きで僕の背後に回り、ロッテはフィーザに向って差し出した手の動きを殺す事ができず、僕の目の前で盛大にずっこけた。


「痛い……悔しい……恨めしい」


 ロッテがうつ伏せに倒れたまま、すすり泣く。手を差し伸べようとしたら、背後のフィーザが僕の頭をつかんできて遮られた。


 あのまま放置すると後が怖いのに。


「ちょっと……痛いよ、フィーザ。あの、離してくれない、かな?」


「アルフレッド。お前にオレがどういう奴か教えてやる。オレはな、欲しいと思った物は必ず手に入れる。かわいい猫のぬいぐるみも、甘い砂糖菓子も、みんなみんな手に入れてきた。手に入らないと思ったら、余計に欲しくなるんだ、オレは。いいか覚えとけ! お前も必ず手に入れる」


「え」


「オレはお前に……惚れた。初恋とかいうヤツなんだろうな、これが。お前がオレの側にいてくれないなら、それでもいい。オレがお前の側にいて……お前をオレに惚れさせる」


 絶句した。言葉も出ない。何だコレ。


「だめええええええ! アルは、アルは渡さないからっ! そうよ、そうだわ。あんたなんか絶交よ! もう友達でもなんでもない! こ、ここの場で切り殺してやるわ……フ……フフフフフ!!」


「あ? やるってのか、赤毛。今のオレは体力も回復したし、さっきと同じようにはいかねーぞ」


 ロッテが剣を構えて、フィーザに突きつけた。


 フィーザは僕の頭から手を離すと、眩しいほどの瞳の輝きを放つ。


「終わったか?」


 突如、地の底から響くような重い声が僕の真横から聞こえてきて、僕は一瞬飛び上がってしまった。


 声のしたほうを振り向くと、いつの間にか僕の隣にドルイドがいて、険しい顔と大きな体がそこにあったのだ。


 ロッテもフィーザもドルイドに気が付くと、ロッテは剣を収め、フィーザは神妙な面持ちになって2人ともドルイドに向き直る。


「アルフレッド。事の顛末(てんまつ)を説明せよ」


 体はあくまで正面を向いたまま、首を少し傾けてドルイドが僕を見る。


「はい。あの、結論から言えば……フィーザはもう僕に殺意も敵意もありません。僕ももう、彼女に攻撃を加えるつもりはないです」


「ほう。そうか……して、その娘をどうする?」


 ドルイドの言葉で、フィーザが一瞬緊張のあまり、肩を震わせた。


 どうする……か。


 確かに、僕がどうもしないにしても、ドルイドの家を壊した挙句、僕はともかくルーンナイトであるロッテに刃を向けたんだ。国家反逆罪……とかになるんだろうか?


 やはり、無罪放免というわけにはいかないだろうな。


 でも、フィーザには幸せに生きてもらいたい。復讐に人生を費やすのは僕だけでいい。


「……彼女をこんな風にした責任の一端は、僕にあります。罰は代りに僕が受けます。だから、フィーザのことは見逃してもらえませんか?」


「ほう?」


「だ、だめよ! アル! 何であんたが! ああ、もう! ……ドルイド様。責任は私にもあります。ガイザー・ドルベン抹殺の任を全うできなかった私にも裁きをお与えください」


「赤毛、お前……」


「勘違いしないでよ、フィーザ。アルの為なんだから……あんたなんか……」


「そうか。お前達がそこまでいうのなら、私もこれ以上は口を挟むつもりは無い。アルフレッドはこれからのわが国にとって必要な人材。第六席も、非常に優秀な騎士だ。若い2人の未来を台無しにするようなことはできんだろう。だが――それでは私の気が済まぬ」


 空気が変わる。ドルイドを中心として、この空間の支配者が一体誰なのか、それを思い知らされるような重い足音を立て、ドルイドはゆっくりとフィーザの目の前に移動した。


「ケジメは付けねばならん。片付けは必要だろう」


 ドルイドが何かを振りかざした。ゴウッと空気を切り裂く轟音が、僕の耳に数秒こびりつく。


 フィーザは一瞬目を閉じてそれに耐えようとした。だが、フィーザには何の危害も加えられていない。


「ホウキ?」


 ドルイドがフィーザの顔先に振り下ろしたのは、3本のホウキだった。


「広間の窓に、庭、屋敷の壁……3人で手分けして掃除すれば、日没までにはなんとか片付けることができよう」


「あの、ドルイド様……? それだけ……ですか?」


 ドルイドがロッテを見る。


「他に何があるというのだ。かつて部下だった男の娘が私の所を訪ねてきて、偶然居合わせた親友の息子とハデなケンカをした。それに一体どんな裁きがいるという?」


「あの……ハゲ……じゃねーや。ドルイドのおっさん、ありがとな! 以外に話せるじゃねーか。むっつりしてると思ってたけど、あんた、いい男だぜ」


 フィーザが臆する事もなく、実にあっけらかんとした様子でドルイドにハゲとか言った。恐ろしい。なんて怖いもの知らずなんだ、フィーザは。


 ドルイドはハゲと言われたのを気にしていたのか、わずかに眉の端をぴくりと持ち上げていた。


「ちょ! ちょっとバカフィーザ! ドルイド様になんてこと!」


「……よい。娘、名をフィーザと言ったか。まったく……貴様がもし男に生まれていたら、さぞや大人物になっていたであろうな」


「そりゃどーも。でもオレ、女に産まれてよかったと思ってるぜ。男だったら、アルフレッドのこと好きになれなかったからな!」


 ス、ストレートすぎる……。


「……まあよい。片付けが終わったら食堂に来い。夕食を用意して待っている。だが惜しいな。もう6年もすればお前達と酒を酌み交わせたものを……」


「オレ、酒なら飲めるけど? 酒を飲んでるおっさんってのもなかなか渋いな。イカスぜ。オレがお酌してやろうか?」


「……」


 ドルイドは無言のままフィーザを見た。そして、すぐに目を背ける。


 ……もしかして、照れてるのか?


「まったく、面白い娘だな、お前は。それにしてもアルフレッド。やはりお前は祖父の血を色濃く受け継いでいるようだ。ロイド様も、自分を襲撃してきた賊を殺すどころか、改心させて自分の執事にしたと聞いたことがある。確か……名をアイクと言ったか」


「アイクが……?」


 あのアイクが……いつも優しい笑顔を浮かべて、僕の世話をしてくれたアイクが……。


「フ。では、私は行く。早く片づけを終えて屋敷に戻れ。私が腕によりをかけたビーフシチューがお前達を待っているぞ」


 ドルイドは最後に柔らかい笑みを浮かべると、大きな背中を見せて去っていった。

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