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黄金のヴァンブレイス  作者: 岡村 としあき
第一部 第一章 『誕生』
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七話 クリカエサレルヒゲキ

 朝日が部屋の窓から目に射し込み、僕は目覚めた。ベッドの中で軽く伸びをする。まず、左手を伸ばして次に右手を伸ばす。むにゅっという柔らかくて暖かい感触が右の手の甲に伝わる。


 なんだろうこれ? 僕は右の手をグーからパーに変えてそれをまさぐる。今まで触ったことが無い不思議な物体だ。僕はそおっとその物体の正体を確かめるべく、枕の上で顔を90度回転させた。


「――!!」


 何故か僕のベッドにセインさんがいた。


 じゃあ、僕の右手がふれているこれは何なのか? 何なんだろうね、これ……。


 僕はセインさんのナイスなお山から、そっと手を離して再び状況を確認する。状況から考えて、セインさんが部屋を間違えたのだろう。まったく、おっちょこちょいな人だ。それにしても、いつまでもこの状態というのもなんだかマズイ気がする。


 このまま部屋を出て行くべきだろうか? それとも、ここで知らぬフリをして再びベッドに潜り込み、やり過ごすか。ベッドの上で考えていると、急にドアが開いて、フィーナ姉さんがやってきた。


「あら、アル。どうしたの? わかった。怖い夢でも見たんでしょう。それでセインのベッドに潜り込んじゃったのね」


「え?」


 部屋を見渡してようやく気が付く、ここは僕の部屋ではなく、隣の客間だった。


 そうだ。部屋を間違えたのは僕だったのだ。


 その後の朝食の時も、昼食の時も僕が起こした事件で食卓は盛り上がった。一生の不覚である。きっと10年経っても言われるんだろうな。本人にも、家族にも。


「あれ?」


 昼食を終えて、父と姉達がいないことに気が付く。さっきまではそこにいたはずなのに、もう姿が無い。使用人の一人に聞いてみても行き先を告げられなかったそうだ。


「アルフレッドちゃん」


 セインさんが、腰をかがめ僕の視点に合わせて言う。


「私、これから少し町に出かけるね。夜には戻るから、もしおじ様達が帰ってきたら伝えておいてくれるかな?」


「うん、いってらっしゃい」


 黒い外套を着込み、セインさんは出掛けてしまった。


 僕は特ににやることもなかったので、自室に戻り、読書することにした。そして時は瞬く間に過ぎ去り、黄昏時を迎える。


 馬車が表に止まる気配がして僕は部屋の窓から顔を出した。


「みんなで僕を除け者にするなんて……」


 僕はちょっぴり家族達の悪口を心の中で呟くと、玄関へ向った。玄関を勢いよく飛び出して、門の外の馬車へと駆け寄る。しかし、一向に中から出てくる気配がない。


 すでに馬車を降りてしまったのか。


 そこに来て、僕の中に一つの答えが弾き出される。きっと僕を驚かすために隠れているんだ。セレーナ姉さんあたりならやりかねない。 


 僕はそっと馬車の窓を覗き込み、4つの人影を確認する。先手必勝。僕は思い切り馬車の扉を引いた。


 ――かい。赤い。赤くて赤くて赤い。ひたすらに赤い。そしてむせかえるような臭い。


 車内は赤の世界だった。4人の家族は向かい合ったまま目を見開き、死んで、いた。


 フィーナ姉さんも、レイナ姉さんも、セレーナ姉さんも、父さんも。みんな、死んでいた。そう、死んでいた。


 フィーナ姉さんの金色の様なカーテンの長い髪は真っ赤。レイナ姉さんの勝気な顔は苦痛に歪んでる。セレーナ姉さんは最後まで抵抗したんだろう、損傷が激しかった。


 父は生前の威厳を失い、それ以上を正視できない。僕をぶったその手も、頭をなでくれたその手も――動かない。


「何だよ、これ」


 そう、搾り出すのがやっとだった。同時に、湧き上がるドス黒い感情と家族を失った虚無感。その時、僕をつき動かしたのはやはり、殺意だった。


 車体を右の拳で思い切り殴りつける。その反動で扉によりかかっていた、セレーナ姉さんが地面に崩れ落ちた。セレーナ姉さんは何かを抱きかかえるようにして逝っていた。


 そっと両腕の中のそれを取り出す。


 ぬいぐるみだった。昨日、僕が適当に選んだクマのぬいぐるみだ。血だらけになったそれは、今もなお愛らしい目で僕を見ていた。首には手紙がくくりつけられており、それを開いて読んでみる。


『6歳のお誕生日おめでとう、私達のかわいいアルフレッド』


 手紙の内容そのままのセリフが、ふいに僕の背後で発せられる。後ろを向くと、人がいた。


 全身を赤いローブに身をまとい、表情はフードに隠れ、暗くてよく見えない。


『初めまして、アルフレッド・エイドス』


 目の前の人物がそう言った。男のものとも女のものとも、若者とも老人とも判別できない声。体付きも、中肉中背でこれといった特徴は無い。ただし。


 左手だけは違った。金色にきらきらと輝くそれは、一度目にしたら忘れることは無いだろう。


『私のプレゼントは気に入っていただけたかい?』


 僕の体内の血液が沸騰するのがわかった。こいつだ。こいつがやったんだ。何のために? そんなことどうでもいい!


 意識を集中する。燃え盛る火をイメージして、ルーンを唱える。右の手の平にゴウっと学習机くらいの大きさの炎が宿る。


 殺す。


 こいつを、殺す。


 僕は踏み込んだ、距離にしてたった3メートル。すぐに灰になる。燃えて燃えて燃え尽きろ!


 右手を奴の腹に叩きつける。しかし――。炎は奴の体に触れた瞬間、まるで何事も無かったかのように消えてしまった。


「何で……?」


『……』


 火がダメなら、他のでやる。僕は後退し少し距離を取った。


 意識を集中する。吹き荒ぶ風をイメージして、ルーンを唱える。僕の目の前を鋭いカマイタチが駆けてゆく。周りの木々をなぎ倒して、奴に迫る。


 カマイタチは奴の目の前で打ち消された。


「何でだよ!」


 ルーンが効かないのなら、物理的なダメージを与えるしかない。僕は先ほどのカマイタチで倒れた木から、太目の枝を一本へし折り、構えた。


 叩くんじゃない、突くんだ。あいつの目を。致命傷にはならないかもしれないけど、痛手になるはずだ。こんなまま……何もしないで引き下がれない!


 再び僕は踏み込んだ。奴のフードで隠れた目を狙って右手の枝をレイピアの様に鋭く差し出す。


 しかし、その前に僕は喉をつかまれ、おもちゃのように弄ばれる。


『お前の魂はイイ』


 寒気がした。歓喜に満ちた狂気の声。ぐいっと顔を僕に近づけ囁く。


『お前は生かしてやる。お前の傷だらけの魂なら私を殺せるやもしれぬ』


 何を言っているのか理解できない。


『必ず私を殺しに来い。私のかわいいアルフレッドぉ』


 口元が醜くゆがみ、楽しそうにゲヒャゲヒャと笑い声をあげた。


「アルから離れろぉ!」


 女の子の声がするのと同時、僕は奴の右手から解放され地面に崩れ落ちる。顔を上げて驚いた。


 ロッテだった。ロッテが木の棒を構え、僕の前でまるで守るように立ちふさがっていた。


 まずい。ロッテが……殺される。


「やめて、ロッテ。僕なんかほっといてよ!」


 振り返りロッテはまたあの悪ガキっぽい笑顔を浮かべた。


「あたし達、友達じゃん」


 ロッテは奴に向き直り、襲いかかろうとするがすでにそこに奴の姿はなかった。


「ちぇ、逃げられた~。命拾いしたわね、あのヘンタイフード」


「うん、命拾いしたよ……」


「それより、どうしたの、えらく散らかってるし、馬車がなんか……」


「近づくな!」


 馬車に近づこうとしたロッテに僕は叫んだ。


「え、う、うん」


「あいつが、そうなんだ」


「え? どうしたの、アル?」


「あいつが『黄金のヴァンブレイス』……。あいつは絶対に僕がこの手で……」


「ちょっと、アル。どこへ行くのよ! お家は?」


「僕は、家を捨てる。もう、ここには何もないから」


「捨てるって、どこいくのよ!? あたしと一緒にルーンナイトになるんじゃなかったの!?」


「そんなものはもう興味ない。守る人ももう、いないから」


「……あたし達、友達でしょ!! 友達を置いていくの!?」


「わかった」


 僕の言葉にロッテは明るい笑顔を夜の闇に咲かせた。


「もう僕たちは友達じゃない。絶交だ」


 僕の言葉はナイフの様に、夜の闇に咲いたロッテの笑顔を鋭く切り裂いた。


 背後ですすり泣くロッテを後にして、僕は歩き出した。


 こうして、僕の復讐の旅が始まった。


 待っていろ、黄金のヴァンブレイス。いつか必ず僕がお前を……。


 殺してやる。

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