六十八話 オマエガホシイ
「……あ?」
「アル、何を考えているのよ!?」
背後でロッテが叫んだ。
「じゃあ、何か? お前はオレに、『見逃してやるから、また殺しにこい』とでも言ってるのか!! ああ!? ふざけんなよ、てめえ! このドM野郎が! オレが……オレがどんな思いでここまで来たと……思って……ちくしょうが! 今、ここで……ここで殺してやる!」
フィーザは、僕がルーンソードを形成するときに放り捨てた剣を取ると、僕に向って斬りかかってきた。
「僕は、君を殺したくない。本心だよ。心の底から……君には生きて、いつか幸せになって欲しい。そう、思った。それが例え憎しみで……僕を殺す事が幸せの手段だとしても……」
静寂。
フィーザの体はピタリと止まる。
見開かれた瞳。体は槍にでも貫かれたかのように、硬直している。
そして、再び光の粒子が地面を濡らした。
「何で……何でお前はぁっ!」
泣いているフィーザ。それは怒りなのか、悲しみなのか、それとも別の何かなのか……解らないが止めどなく溢れる涙は、風に乗って僕の頬に触れた。
「オレが探していたのは、もっとゲスで、汚くて、最低なクソ野郎の……アルフレッド・エイドスだったはずなのに……何でお前はオレにそんな……生きていて欲しいとか、幸せになって欲しいとか……言うんだ、ょ……」
フィーザは剣を地面に放り捨てると、その場に座り込んだ。
「初めてお前を見たときから……ずっとヘンな気持だった。今日、エルディアの検問で助けてくれた時も……オレ、本当はすごく嬉しかったんだ……。街に入って、カタキ探しを手伝ってくれるって言った時も……信じられない気持ちと、嬉しい気持ちがいっぱいで……でも、お前はカタキのアルフレッド・エイドスだった。それを知ったとき……オレは嬉しかったよ。純粋に……親父のカタキを討てるって、お前を殺してやれるって」
フィーザと目が合う。彼女の顔は、怒りと悲しみと喜びが交じり合った……言葉ではそれ以上を表せない、そんな表情を浮かべていた。
「でも……殺すと決めたはずなのに……お前の周りにはたくさん人がいて、楽しそうでその中心にいるお前は……いつも笑ってた。他の周りの奴らも、そこの赤毛も……幸せそうに笑ってた。だから、直感的に解った。お前はゲスで、汚くて、最低なクソ野郎なんかじゃなくて、『いいヤツ』なんだなって。オレの中で抱いていたアルフレッド・エイドスのイメージとはまったく違ってた。それどころか、親父はお前の……大事な人を、殺していた。親父には、殺されても仕方が無い理由があった……」
「フィーザ……」
「アルフレッド・エイドス。何でお前はアルフレッド・エイドスなんだ?」
「え?」
「お前が……別の誰かだったのなら……カタキじゃなかったら……オレは、お前の事を……」
フィーザはカーテンを脱ぎ捨てた。そして涙を拭くと僕を見る。
「オレがお前に抱いていた感情を、お前も親父に抱いてたんだよな? オレとは違って、目の前で殺されて……オレは親父の顔も知らないし、口を利いた事も無い。ただ……すがる存在が欲しかった。……ああ、畜生。解らねえ! オレはお前が憎いはずだったのに! オレはどうしたらいいんだ? どうしたいんだ? オレの理由を……生きる理由を返せよ! アルフレッド・エイドス!」
フィーザは頭を激しく振ると、その場に頭を抱え込んでうずくまった。
僕は駆け寄ろうとしたが、それよりも早くロッテが前に出て、それを制せられる。
「ロッテ?」
ロッテはうずくまっていたフィーザの視線にあわせるように、膝を付いてかがみこんだ。そして、イージスの盾を解除して、剣を横に置くと、フィーザの顔を持ち上げ、引き寄せる。
鼻先がこすり合うほどの距離。
ロッテとフィーザの視線が合う。
すると、ロッテは優しい笑みを浮かべて口を開いた。
「あんた、ムカツクわ」
が、とたんに表情は険しいものとなってフィーザも僕も一瞬呆気にとられてしまう。
「あんた、自分だけが不幸だとでも思ってるの? あたしも、オルビアも、リトも、セインさんも、アルも! みんな、不幸を抱えて生きてるのよ。エルディア不幸大会を開催すれば、表彰台に上れる自信はあるわ。あんたなんかブービー賞の筋トレグッズが関の山ね。オルビアにでもあげなさい。一緒に筋トレして筋肉痛地獄を味わうといいわ。それはいいとして、抱えきれないくらいの不幸……それでも皆前に向って生きているわ。あんたは何? 悲劇のヒロイン? 不幸の星の元に生まれたお姫様? 幽閉されたお城で白馬の王子様でも待ってるの? バカね。アホよ。マヌケよ。ポンポコピーだわ」
「な、なんだよ……」
「あんたが取るべき道は2つあるわ。1つは、このままアルを一生恨み続けて、復讐しに来たところをあたしに返り討ちにされまくり、毎夜毎夜枕を濡らすか」
「もう1つは……何だ?」
「アルを、許してあげるか」
「許す……だと?」
「そうよ、許してあげるの。簡単なことでしょ? お互い頭を下げてごめんなさい。これで解決よ」
「ふざけんな、てめえ! そんな簡単なことじゃねーだろが! 子供のいたずらじゃねえんだぞ!」
「ふざけてるワケないでしょ? 表現はちょっとアレだったかもしれないけど、あんたはババアになっても、ナイフ振り回してアルを追いかけるつもり? アルも、年金生活しながらフィーザの追撃かわすつもり? この世界に年金なんてないけどさ。いつまでもずっと『不幸を背負って生きてます』みたいな顔してんじゃないわよ! イライラするのよ! あんたを見てると……あの川原で、アルと戦う前までのあたしを見ているみたいで……」
「赤毛、お前……」
ロッテはフィーザから手を離すと、立ち上がり、フィーザを見下ろした。そして、手を差し伸べる。
「そんなにすがる相手が欲しいなら、あたしがなってやるわ。恨み言も全部、いくらでも聞いてあげる。憎しみが収まらないなら、いくらでもかかってくればいい。あたしが……受け止めてあげるから。だからもう、アルを許してあげて、お願い」
「赤毛……」
「1人で抱え込むから、そんな風にネガティブになるのよ。友達を頼りなさい。あたしがあんたの友達になってあげる。これは、立ち上がるために手を貸してるんじゃない。友達の印よ」
「友達? オレの……友達」
フィーザに差し伸べられた手。
それを見て、あの日を思い出す。
初めてロッテと出会って、握手をしたあの日を。
重なる。手を差し伸べたあの日のロッテと今日のロッテが。その手を握り返すあの日の僕とフィーザが。
「これであたし達は友達ね! あたしはロッテ・ルーインズ。もう赤毛って呼ばないでよ! フィーザ」
ロッテの手を取り、立ち上がったフィーザが僕に向き直る。そして、つかつかと静かに僕の目の前までやってきた。
その表情は青く澄んだ空のように晴れ晴れとしていて、憑き物が落ちたかのようだ。
「アルフレッド・エイドス……その……なんだ……まあ、お前に話がある」
「うん、僕もだ。フィーザ」
「オレは、お前を許そうと思う」
「ありがとう」
「でも、お前を許さない」
「え?」
「簡単に割り切れる問題じゃねーだろ、これは。オレたちは互いに大切な人を失った。だからってそれがプラマイ0になるだなんて都合のいいことはない。マイナスはマイナスだ」
「……そうだね。君の言うとおりだ。僕だって、カリンを失った時のことは忘れていない。いや、たぶん忘れる事はできない」
「だから」
フィーザは真っ赤になった顔を隠そうともせず、僕の肩をつかんで顔を近づけてきた。
「責任を取れ。オレの人生を狂わせた責任を」
「え?」
「オレの親父の代りになれ、アルフレッド・エイドス」
真っ赤だったフィーザの顔がさらに真っ赤になって、涙目になる。そして、大きな声で叫んだ。
「オレの……オレの側にずっとずっと一緒にいろ! オレはお前が欲しい!」