六十七話 イキルモクテキ
「それじゃあ何か? どっちにしろ、親父は誰かに殺されていたっていうのか、赤毛」
「そうよ。あんたの父親はエルドアをシャナールに売ろうとした売国奴よ。これは必然だったの……だから、あたしとアルは共犯者のようなモノ。アルの命を狙うと言うのなら、まずはあたしを殺しにきなさい。それに、あんたにとってガイザー・ドルベンが愛しい家族であったように、あたしにとってもアルは愛しい家族なの! アルは……あたしが守る!」
「まも、る?」
ロッテが盾を前面に出して、フィーザに突っ込んだ。
フィーザは一瞬唖然としていたが、すぐにロッテの行動に対処すべく、ナイフで斬りつけた。
赤い一閃が横からロッテを薙ぐ。赤い刃。それは、炎で形勢されていて、細いが熱く、近寄ることを許されない、フィーザの心を具現したような刀身だった。それがナイフの刃先から5メートルほど伸びている。
ルーンの武器化。僕のルーンソードや、ロッテのイージスの盾と原理は同じ物だろう。あれがレストランで使われたのか……。
炎の刀身が真横からロッテに迫る。ロッテはそれをイージスの盾でいとも簡単に防いで、右手の剣をフィーザに振り下ろした。
しかし、フィーザはわずかに体をそらし、かがみこむとロッテに足払いを仕掛ける。
ロッテはそれを縄跳びを飛ぶように、地面を軽く蹴ってかわす。そして、着地と同時に盾をフィーザに向けてぶつけた。
フィーザは盾の一撃を受けて、屋敷の壁に叩きつけられ倒れる。ふらふらとフィーザは立ち上がり呟いた。
「やりづれえ相手だな……」
対してロッテは涼しい顔で呟く。
「やりやすい相手ね」
ロッテの剣術とフィーザは相性がいいらしい。
僕の剣術は師匠から教わったカウフ流双剣術。カウフ流双剣術は盾を持たない。攻撃こそが最大の防御であり、その真髄はいかに相手を『効率よく殺せるか』である。
フィーザもまた闇の世界で生を成す者であるように、『殺す』ことを主眼においた暗殺術なのだろう。
それに対し、ロッテは騎士だ。殺すために戦うのではなく、『守る』ために戦っている。
相性の問題だけじゃない。
そもそもがフィーザは面と向って戦うよりも、不意を付いて一瞬で命を奪う戦法を取っている。
最初にメイドに扮して僕に襲い掛かってきたことも、服を脱ぎ捨てたことも、レストランの件も……。
男の僕になら、服を脱いで集中力を乱すことも可能だったろうが、ロッテには通用しない。
それに、体力の限界も来ているのかも知れない。屋内で僕に刺し迫ってきたフィーザの瞬発力は、今思い出しても恐るべきものだった。
フィーザは瞬発力に優れるが、持久力はないのだろう。
チーターは恐るべき瞬発力を誇るが、トップスピードは10秒程度しか維持できない。だから、その10秒以内に獲物をしとめなきゃいけない……それと同じようなものか。
「後顧の憂いは絶つわ。あんたみたいなのを放置しておけるほど、あたしは寛大じゃない。恨むなら好きなだけ恨みなさい」
ロッテの瞳がギラギラと輝く。
フィーザも負けじと瞳に光を宿す。そして、ナイフを片手にロッテの懐に飛び込んだ。が、先ほどまで見せていた動きのキレがない。
「ムダよ」
再びロッテの盾にナイフは遮られ、フィーザは唇を強く噛んだ。
ロッテはナイフを弾くと、剣を素早く繰り出し、ナイフの刀身を根元から真っ二つにして、フィーザの戦闘力を奪う。
「あ……」
フィーザは刀身を失ったナイフを見ると、まるで牙を失った狼のように覇気を失くしていった。
それでも、ロッテの牙はフィーザを逃がさない。刃がフィーザを襲うたびにフィーザはよけようとするが、わずかに反応が間に合わず、浅い傷が体のいたるところにできて、体に巻きつけたカーテンはボロボロになり、赤く染まりつつあった。
「ちくしょう……ちく……しょう……このまま死ねるかよ。オレは……」
フィーザの瞳に再び光が宿る。その光の粒子は空気中に散らばると、大地に吸い寄せられ、小さく濡らした。
涙。
それを、見て……僕の中で何かが弾けそうになる。あの姿は……8年前に姉さん達を失った僕と……同じ。
涙と血にまみれて、絶望の海を溺れかけている復讐者。
泣いているフィーザとあの日の僕が重なる。
あの日、僕は……師匠に拾われた。師匠は手を差し伸べてくれた。
1人で憎しみを背負い続けるのは……とても辛いことだったろうな。
フィーザには……誰かいたのだろうか? 手を差し伸べてくれる人が……。
ここで……僕がフィーザに殺されるわけにはいかない。今さら偽善で身を塗りたくるつもりなんてない。
でも。
14歳しか生きられなかったカリン。その命を奪ったガイザー・ドルベン。
おそらく僕と同い年ぐらいのフィーザ。その命を奪おうとしている僕。
何が違うんだろうか。
違いは無い。
そう、違わない。
何がなんだか解らなくなる。でも、僕の体は答えを解っていたみたいだ。
ロッテの剣がフィーザの首を捉えているのを見たとき、それがはっきりと解った。
だから、僕は――。
意識を集中する。草原を走る疾風をイメージ、風のルーンを唱える。靴底に風を収束。
間に合うか?
いや、間に合って欲しい。間に合え!
「アル!?」
ロッテの声が頭に響く。
右手でロッテの手首をつかんで剣を止めると、フィーザを見る。
フィーザはまるで信じられないモノを見るような目で僕を見ている。
ロッテに振り向くと、ロッテもまた信じられないモノを見るような目で僕を見ていた。
「アル、どうして止めたの? その子は危険よ」
「ごめん、ロッテ。一言じゃ言えないんだ。でも、『違う』って気がして……」
僕はロッテの手首から手を離すと、フィーザを見た。
「フィーザ」
フィーザは無言のまま僕を見る。その瞳に戦意はすでになく、ただ驚愕を表したままだ。
「僕には、好きな人がいた。その人は、帰る場所がなかった僕に……帰る場所をくれるかもしれなかった……いや、帰る場所になってくれるかもしれなかった人だ。けど、その人は、僕をかばって死んだ。君のお父さんに殺されて、ね」
「アル……」
フィーザは沈黙を貫く。
「だから、僕は君のお父さんを殺した。……君には権利があるね。僕を殺す権利が」
「……」
「でもね、僕はまだ死ねない。僕から家族を奪った黄金のヴァンブレイスとケリをつけるまでは死ねないんだ。僕と君は同じだ。同情……しているのかもしれない。だから、生きて欲しい……」
そう。フィーザには生きて欲しい。でも、僕は死ねない。だから、受け止めよう。いつでも、いつまでも――。
僕はその先を続ける。
「僕が生きる目的になるなら……また僕を殺しにくるといい」