六十六話 カサナルカゲトキオク
「なに縮こまってんだ、純情少年? お前はそんなタマじゃねーだろ。お前はオレと同じ……薄汚い人殺しだろーが!」
閃光。フィーザがナイフで無数の突きを繰り出し、いくつもの光の線が僕の体を目指し迫る。
フィーザの言葉と視線とナイフ。それらが一斉に僕を突き刺さそうとしていた。
『薄汚い人殺し』……そうだな。
この『世界』で生きていくためには、悲しいかな誰かの命を犠牲にしなければならない場面もある。
その場面に出会う度、前世の『世界』がいかに安全で、平和なところであったのかを思い知らされた。
僕は、カリンの命を犠牲にした。
カリンは僕をかばって死んだ。
14歳の彼女を……僕は犠牲にした。
まだ14歳しか生きていないのに。
僕は、前世の記憶がある。16歳まで生きて、再び生を受け、14年。
30年間の生きた記憶があるんだ。それなのに……カリンは14年しか生きられなかった。
可哀想なカリン。大好きだったカリン。優しかったカリン。
そのカリンを奪ったのは……ガイザー・ドルベン。
許せない。だから、僕はあいつに死ではなく、滅を与えた。この選択に後悔などない。
その結果、その家族が、彼を愛していた者が、目の前に現れ、命を差し出せと迫ってきても。僕は止まらない。
黄金のヴァンブレイスとケリをつけるまでは、止まらない。
例え両手が血で染まろうとも、人殺しと罵られようとも、止まるわけにはいかない。
僕の命を繋ぎ止めてくれた多くの人に報いるためにも、僕と同じ目をした少女を殺す事になろうとも、止まるわけには行かないんだ!
覚悟を決めると、僕は剣を放り捨てた。
「ようやくオレに殺される覚悟ができたか? アルフレッド・エイドス」
音も無く歩くフィーザ。その口元にはバカにした笑みを浮かべている。
「覚悟はできていたよ。あの日。16歳の誕生日に殺された日から」
「あ? 16? 殺された? 何言ってやがる?」
フィーザの言葉を遮るように前に出る。
「君を殺すよ、フィーザ」
意識を集中する。左右の手にそれぞれ風の刃と、大地の刃を形作る。
ルーンソードを構え、フィーザを目指す。
さらに意識を集中して、草原を走る疾風をイメージ、風のルーンを唱える。靴底に風を収束。
唇と唇が触れ合いそうな距離までフィーザに接近する。
「!」
しかし一瞬でフィーザは僕との距離を離し、後退した。
屋内では彼女に分があった。しかし、ここは外。ここでなら、ルーンも使える。
すでにここは僕のフィールドだ。
「へ」
唐突にフィーザが不敵に笑った。ナイフの切っ先が僕に向けられている。
フィーザとの距離は5メートルはある。この距離から攻撃しようにも、間合いを詰めねばならない。
どういうつもりだ?
「じゃあな、アルフレッド・エイドス。あの世で親父にワビ入れて来い」
ナイフの切っ先が赤く光る。……と思ったら、急激に熱気が僕を襲う。
その時になって僕は思い出した。レストランの件を。
あの時、まるでビームのような物が僕の心臓を一直線に狙っていた。とっさにかわしたが、それは偶然に近い。
あれはフィーザの仕業だった。では、これは――。
まずい。いや、しまった……!!
そう考えた時にはすでに遅く、細長い針の様な熱線が、僕の左胸に刺さろうとしていた。
赤い髪がなびいて、ふわりと甘い香りが僕の鼻腔を突き抜けた。同じだ。あの時と……カリンが僕をかばった時と。気が付くと目の前にロッテがいて……ロッテが……どうして!?
カリンとロッテが重なる。ガイザーの攻撃から僕をかばったカリン。フィーザの攻撃から僕をかばうロッテ。このままじゃ、ロッテがカリンの……カリンのように。
僕はまた犠牲にするのか。他人の命を。
……しかし、ロッテは無事だった。フィーザの攻撃を、以前僕と戦ったときに見せた『イージスの盾』で防ぎ、無傷だった。
赤い髪が甘い香りとともになびく。いつも通りロッテが笑っていた。初めて出会った時のように、悪ガキっぽい笑顔を浮かべたその勝気な瞳と目が合って……僕は胸をなでおろした。
「あたし言ったじゃない? 『アルが襲われてもあたしが守ってあげる。お姉さんに任せなさい』って」
「でも、手は出すなって……これは僕の問題だからって! そう言ったじゃないか」
「それはドルイド様にでしょ? あたし、聞いてないよ。それに、勝手に死んだら……許さないから。軍法会議モノよ」
「ロッテ……」
「それと、後で聞かせてくれないかしら。カリンって子のこと。く・わ・し・く」
ロッテの目が怖かった。本気で怖い。ドルイド以上の目力を発揮して、僕の心臓を鷲掴みにする。
「う、うん。わかった」
「よろしい」
ロッテは優しく微笑むと、フィーザに向ってカーテンを放り投げた。
「それでも身に付けてくれないかしら? あんたみたいな痴女が目の前にいると、アルの教育によろしくないのよ」
教育って……。
フィーザは黙ってそれに従いカーテンを体に巻きつけた。痴女と言われたのが相当頭にきたようだ。
「外野はすっこんでろよ。お前みたいな赤女狐に用はねえ」
「……こっちはそうはいかないのよね。あんたの父親とは、それなりに因縁があるし」
「あ?」
ロッテは一歩踏み出す。
「あんた……自分の父親のことどこまで知ってるワケ? 死者にムチを打つつもりはないけど、ガイザー・ドルベンは、お世辞にもいい人間とは言えなかったわ。ううん、はっきり言って……」
「人間のクズ。とでも言いたいのか、ロッテ・ルーインズ」
ロッテが言い出す前にフィーザが先に切り出した。
「確かにな。最低の下衆だったかもしれねえ。それでも……オレの父親だった。いつか……それでも……一緒に暮らしてみたいって……思って。『お父さん』って……呼んでみたかった……。1人は、嫌だったから……家族が……欲しかったから……でも……もう、どこにもいない。オレの家族は……」
ロッテは何も言わずまた一歩踏み出す。
フィーザは唇をかむと、うつむいたまま押し黙った。
「だから、父親の仇のアルを殺すの?」
「そうだ」
「そう……」
ロッテが剣を鞘から引き抜き、イージスの盾を前面に出して構える。
「なら、あたしがあんたの相手になるわ」
「あ?」
フィーザがうつむいていた顔を上げ、鋭い視線をロッテに投げかけた。
ロッテは静かに目を閉じ、何かを思い出している。
「アルがガイザーを殺さなくても、ガイザーは殺される予定だった。この国の、エルドアの手で。それも、同じルーンナイトによってね」
「なに?」
「アルがその前に手を掛けてしまったけど、本来ならその仕事は」
ロッテが目を開ける。そして、その口から言葉がつむがれる。
「あたしの役目だった」
次回更新は5月6日です。