六十二話 サガシモノ
口の悪い少女が去ってから、僕は他のみんなと合流した。それからまた街道を歩いて、旅を再開する。
師匠の話と、さっき遭遇した口の悪い少女……その二つを歩いてるうちに思い出しては忘れ、また歩いてるうちに思い出しては忘れ……とめどなく旅路を歩むこと数日……。
王都エルディアはすぐ目の前にあった。
初めて来た王都に少し緊張する。大きな外壁と活気に溢れた城下町。
ロッテはここで数年を過ごしたんだ。
「さあ、お兄さん行こう。王都はすぐそこだよ! 早く早く!」
エリスが僕の腕を引っ張る。
「ふふ。エリオ様とアルって……まるで仲のいい兄弟みたいね。あたしも、エリオ様みたいな弟欲しかったかも」
後ろでロッテが微笑ましそうにしていた。ロッテは知らないけど、エリスは女の子なのだ。
そのエリスに腕を引っ張られ、外壁にある唯一の扉まで歩く。改めてその大きさに驚いて見上げる。
かなり高い。それもそうか。この壁は外敵の侵入を防ぐために設けられた物だ。
ここはエルドアの心臓部。ここが陥落すればそれでこの国は終わりになる。だからこその絶対鉄壁というわけなのか。
「いつまで待たせんだよ、ああ? オレが不審者だとでも言うのかこの野郎」
「今は戦時下です。エルディアの入退出チェックも厳重にしなければならないのです。お嬢さん、どうかご理解を」
「だから、いつまでかかるってんだよ! ちくしょう……こうしてる間にもあいつは……」
ふと、扉のほうから怒鳴り声が聞こえてきた。そちらに目を向けると、先日ぶつかった口の悪い少女が検問中の兵士に食ってかかっていた。周りには人だかりが出来ていて、ちょっとした見せ物になっている。どうやら、少女が並んでいる人々を押しのけて兵士に早く通せと無茶な要望を通そうとしているようだった。
「検問。強化されてるみたいだね。普段ならものの十数分もあれば終わるのに、今は戦時下だからかなり待たないといけなくなってるんだ」
エリスが僕の横に立って、目の前で繰り広げられる少女と兵士の攻防を見て、呟いた。
「でも、大丈夫だよ。ぼくの名前を出せばすぐに通してくれるよ、あの怖い感じのお姉さんはヘタしたら数時間は待ちぼうけだけどね」
「あの子も、なんとかならないかな?」
「え、どうしたの? あの人、お兄さんの知り合いなの?」
「いや、その、ちょっと、ね」
先日ケガをさせてしまった事の負い目もある。可能なら、僕らと一緒に通してあげる事はできないだろうか?
「歯切れの悪いお返事だなあ。でもまあ、お兄さんのお願いならいいよ。あのお姉さん1人、検問をパスさせることくらいはどうってことないし」
本当は、厳重な調査やらが必要なのかもしれない。敵国……シャナールの工作員とかだったらまずいことになるだろうけど……しかし、こんなところで大騒ぎを起こすような間抜けな工作員やスパイはいないはず。大丈夫だろう。
「そっか。ありがとうね、エリス」
僕はそっとエリスの頭に手を乗せてやさしくさすった。エリスはまるで猫のように気持ち良さそうにしている。
エリスは僕の手が離れた瞬間、しょんぼりした顔になったが、いつまでもこうしているわけにもいかない。エリスをその場に残し、僕は少女の背中に近寄った。
「だから、何度も申し上げているでしょう。例外は作れないのです。それにこれ以上しつこいようなら、公務執行の妨げになるので、拘束しますよ?」
「チ! 頭かてーんだよ、お前ら」
兵士は心底困り果てているようだった。はたから見ても完璧に厄介なクレーマーだ。僕と同い年くらいなのに……それだけ苦労して生きてきたのかもしれない。
「あの。君――」
少女の肩に触れようとした瞬間、空気が変わった。背中を突き抜けるような悪寒。気が付くと少女はこちらに振り返っており、左手が逆に僕の肩をつかんでいた。
「この前の去勢少年……んだよ? 無闇にオレの背後に立つんじゃねえ。間違えて手が滑ったらどうすんだ。責任とれねーぞ」
少女の瞳はまっすぐに僕の瞳を射抜き、目を逸らすことがためらわれた。
この身のこなしはタダ者では無い。もし、ここがこの前の街道だったなら僕は刺されていたかもしれない。
彼女が右手に忍ばせていたナイフに。
――同業者?
「おい、君! 何をしているんだ、やめないか! 大丈夫か少年?」
兵士が止めにかかったので、僕は少女の左手から解放される。
「あ、はい。僕の事はいいんです。それより、この子を中に入れてあげてくれませんか? ツレなんです」
「なに?」
「あ?」
兵士は訝しげに僕の顔を覗きこんだ。だがそれ以上に少女も大きく瞳を開けて僕を見ていた。
「入れてあげてくれませんかって、君ね。そんなすんなり入れてあげれないよ。今は――」
「通してくれないかな? ルーンナイトまで君は検問するの?」
「は? あ、ああ。エリオ様! 申し訳ございません。エリオ様のお連れ様だとは、存じ上げず……」
後ろからエリオがやってきて、兵士に話を付けてくれた。そのおかげですんなりと中に入ることが出来て、少女もさっきまでのような物騒な気配を漂わせていない。
僕とエリスは先にエルディアの中に入ると、後から来るであろうロッテたちを入り口付近で待つことにした。
「おい」
「え?」
少女だった。
「あれ? まだいたの?」
「ああ。さっきは……ありがとな。助かった。オレには時間がないんだ。急がないと、逃がしちまうかもしれねー」
少女は照れているのか、うつむいたまましゃべりかけてきた。
「いや、この前のお詫びにと思って……それより何を探してるの? 知り合いが王都に詳しいからよかったら聞いてみようか?」
「マジか? なら、頼む。さすがにデカイ街だからなここは。正直助かるぜ」
「アルーーー!」
振り返ると、ロッテたちも門を抜けてやって来たところだった。
「ロッテ」
「んもう、先に行かないでよ。せっかくあたしが案内してあげようと思ってたのにさ。あれ……ちょっとアル。誰そのカワイイ子? いきなりナンパ?」
駆け寄ったロッテの目が鋭くなった。そして、敵意むき出しの視線を少女に向ける。
「いや、違うって! 偶然一緒になって……えっと」
ロッテと少女の視線が交差する。明らかに険悪だ。その間に挟まれる僕は2人の視線に押しつぶされそうになったので、少し身を引いた。
やがて少女はめんどくさそうに肩をすくませると、自己紹介を始める。
「オレはフィーザ。探し物を求めてここに来た。こいつとは、そこで知り合ったばっかだ。こいつお前の男か? 安心しろよ、オレそういうのに興味ないから」
「フィーザ……さん。そう、そうだったの。あたしはロッテ・ルーインズです。よろしく」
ロッテは右手を差し出して握手を求めたが、フィーザはにべもなく顔を背けた。
ロッテの顔は明らかに怒りがにじんでいた。今にも噛み付きそうな勢いだった。
……何でこう、気が短いかな……。
「えっと、ロッテ。フィーザは何か探し物をしているらしいんだけど、よかったら力になってあげてくれないかな?」
「別にいいって。なんか、こいつムカツクし」
フィーザは顔を背けたままで言う。
「ちょっと! いきなりムカツクとか言うなんて何て人なの! 行きましょう、アル。こんな人、放っておけばいいのよ」
「あ、ロッテ!」
ロッテはむすっとした顔のまま、ずかずかと歩いていってしまった。
「ふん」
フィーザはロッテの背中を見て、挑発的に鼻で笑う。
「あ、そうだ。僕達、当分この街にいると思うから、ロッテの機嫌が直ったらまた来なよ」
「名前」
「え?」
「お前の名前だよ。まだ聞いてない。……教えろよ」
「アルフレッドだよ。アルフレッド・エイドス」
フィーザの顔が一瞬、呆気に取られたようにきょとんとした。
「アルフレッド・エイドス……」
「うん、よろしくね。フィーザ」
フィーザはその時初めて笑顔を見せた。そして、肩を震わせて笑うと僕の手を握って顔を近づけて来る。間近で見るフィーザはやはり魅力的で、少しドキドキしてしまう。
「会えて嬉しいよ、アルフレッド・エイドス。お前にずっと会いたかったんだ、ずっと、ずっとな」
「え?」
一瞬。ほんの一瞬だけだったけど、彼女の背中をつかみかけた時と同様の悪寒がした。
しかしあくまで一瞬。
フィーザは僕から離れると、街の中へと歩き出した。
「あ、ちょっと! 探し物は結局なんなのー?」
背中を見せたフィーザに僕は問いかけた。
フィーザは振り向かずに答える。
「それはもういいんだ。見つかったから」
「そっか。よかったね。また、どこかで会おうね!」
フィーザはそこで立ち止まると、最後にこう言い残した。
「もう会う事はねえだろ。次に会うときは、地獄で再会しようぜ、アルフレッド・エイドス」
そのままフィーザは街の中へと消える。やがて人の群れの中に姿を消して見えなくなった時、悪寒の正体を思い出した。
……殺気だ。