六十一話 ゼンポウフチュウイ
賑やかかつ迷惑に朝食を終え、僕らは宿を発つことになった。
目的地であるゼオンは、王都エルディアからさらに先になる。エルディアに到着したらエリスを送り届け、食料品などの買出しや、武器の手入れ、それから少し体を休めたいので2,3日滞在する予定だ。
ロッテから旅路の途中、何度も話を聞かされているので耳がタコになってしまっているが、エルディアには商業区、工業区、農業区、住宅区の4区画があり、とりわけ商業区の賑わいは世界でも5本の指に入る盛況っぷりで、そこに足を運べばたいていの物はなんでも揃うらしい。
「だからねっアルはあたしが案内してあげるわ。オルビアはその辺で筋トレでもしてなさい。リトはおいしいレストランがあるから、大人しくしているならあたしがおごってあげるわ。セインさんは疲れているでしょうから、宿でゆっくりしていてくださいね」
村を出て数分。街道のど真ん中でロッテが僕の腕を取り、先頭を行く。そして振り返ると念を押すように、オルビア達の顔を見て一言ずつ残していった。耳にタコができた原因はコレだ。
「ロッテ、そんなに引っ張らないで、痛いよ」
「おばちゃんのクセに生意気ー。でも、お腹一杯食べさせてくれるんなら、大目に見てあげるね。老い先短いんだし」
さらっとトンデモないリトの暴言。
笑顔のロッテは、笑顔のままこめかみに青筋を浮き立てて、後ろを振り返った。そして、お約束の口ゲンカが始まる。それを笑顔でのんびり見つめる師匠。常にダンベル片手に筋トレしているオルビア。ロッテが離れた機会を見逃さずにエリスは僕の袖を引っ張る。
――疲れる。
数週間前までに比べると、確かに賑やかになった。けれども、スケープゴートだった兄さん……ルヴェルドがいなくなったせいで、色々としわ寄せが僕に着ていた。
主にロッテとリト。
「おばちゃん、そんなに怒るとシワが増えて、血管切れて更年期障害で死ぬよ?」
「だーかーらー! あたしとあんたは3つしか違わないのよ! もう怒った! あんたなんか、王都に付いたら衛兵に突き出して、どっかの育児施設に放り込んでやるわ。二度とあたしの目の前に現れないようにしてやる!」
「オルビアおねーちゃーん。おばちゃんが、筋トレしたいってー。下腹が出てきたから腹筋一万回くらいしなきゃねー」
「な……あんた、何でそこでオルビアに振るのよ! ていうか、下腹なんか出てないってのよ!」
「ロッテ様。お呼びでしょうか? 腹筋のことならこのオルビアにお任せを」
「呼んでない! 呼んでない! 呼んでない! あっち行きなさい!」
振り返らない。見たら、僕に何かが飛んでくる。助けを求める声であったり、同意であったり、ダンベルだったり、お菓子だったり。
「すっかり賑やかになったわね~。私達二人だけで旅をしていた頃が懐かしくなるわね、アルちゃん」
「はい、師匠」
僕は師匠の横に並び、街道を歩いていた。
「まるで、みんな仲良しの家族みたいね。嬉しいわ。妹や弟が一辺にできたみたいで」
家族……。
「特にロッテちゃんとリトちゃんたら、本当に仲良しで……オルビアちゃんとも仲がいいわよね」
「そうですね」
「ねえ、アルちゃん。私ね、ずっと考えていたのよ」
師匠は前を見たまま言った。
「……何をです?」
急に歩みを止め、僕の手を取り真剣な瞳で覗き込んでくる。吸い込まれそうになるエメラルドブルー。さらさらとしたシルバーの髪。ロッテやオルビアには無い大人の魅力が、23歳の美しさが師匠にはある。
「アルちゃん。私と本当の家族になりましょう」
「え」
家族になる。
家族に……なる?
それは……つまり?
「あなたを引き取ったときからずっと考えていたの」
気が付くと、ロッテとリトは終戦していた。オルビアもダンベルを動かす手を止めて、こちらをじっと見ている。エリスはこちらに気付かずに遥か前方に先行していた。
「アルと……セインさんが、か、か、家族に。それって、けけけけけけけ」
「もう、うるさいよ、妖怪おばちゃん」
「もちろん、アルちゃんの意思も重要よ? お返事はすぐじゃなくていいわ。王都にいる間にじっくり考えてちょうだいね。王都なら、すぐに書類を提出できるし」
「師匠、僕……」
「アルちゃんと一日も早く家族になれる日が来るの、楽しみだわ」
師匠はさっさと僕らを置いて歩き出した。
やや間があって僕らも歩き出す。
僕と師匠が家族に……それはつまり。
僕と師匠が籍を入れる……それはつまり。
僕と師匠がけっ……それはつまり。
つまり?
僕は混乱した。この申し出を断るかどうか……。
しかし、考える間もなくリトが左から僕を引っ張り、ロッテが右から僕を引っ張った。
「アル。王都はもうすぐそこよ。商業区に行ってお買い物しましょう。いい掘り出し物を扱っている武器屋を知っているわ。さあ、行きましょう!」
「アル兄ちゃん。さっきの村で、王都で一番おいしいお店の噂を聞いたの。おいしいものいっぱい食べて、嫌なこともおばちゃんの忌まわしい記憶も全部忘れちゃおう!」
「え? ちょっと」
今度は背中から腹回りをオルビアにつかまれた。
「少年。やはり少年の腹筋はいい形をしているな。大きさも柔らかさも、きめ細かさも、全てがイイ。やはり、少年は筋肉の申し子だ」
なんだよ、筋肉の申し子って。
「自分の筋トレのパートーナーは少年一人しかいない。セイン殿には渡さん」
意識を集中する。草原を走る疾風をイメージして、風のルーンを唱える。靴底に風を収束。音を置き去りにして疾駆する。
とりあえず逃げよう。
僕は、3人を振り切って、師匠を追い抜き、さらにクッキーをもぐもぐ食べていたエリスも抜き差って、1人走った。
後ろを振り返る。
「……ふう。これじゃ身がもたないよ……」
再び前を向いたとき。
「あ!?」
「え?」
前方不注意。そうとしか言いようが無い。
街道の真ん中に一人の少女。あわてて減速するが間に合わない。
そうなると、必然的に……ぶつかる――!
僕は女の子に突撃してしまった。
押し倒すかっこうになってしまい、今も体と体が密着したままである。
「ごめん、ごめんなさい! ケガはないですか?」
僕はすぐに体を離して彼女を見た。
長い金髪とキレイな顔立ち。着ている服も上等な物で、どこかの国のお姫様のような子だった。
少女は、ゆっくりと立ち上がりほこりをはらうと僕と目を合わせずスタスタと歩き、去ろうとした。
「待って!」
僕は弾かれたように駆けだし、少女の腕をつかむ。
「ここ、血が出てるよ。さっきの……僕のせいだよね。ごめんね!」
彼女の白い手の甲にスリ傷ができており、そこが赤くにじんでいたのを見て、慌てて僕は自分の服の袖を破いた。
「……」
少女は痛いのか、怒っているのか、ずっと黙ったままだ。
……気まずい。
破った生地で手の甲を包み込み、出血を止めると僕は再度、頭を下げて謝罪した。女の子に傷を付けてしまったのだ。頭を下げて済むかどうか……。
「……気にしなくていい。こんなのツバでもつければすぐに治る」
「え? 本当に? その、ごめんね」
「男のクセにピーピーうるせえガキだな。去勢されてんのか? あ?」
「きょ、去勢って……」
とたんに少女が恐ろしい形相で睨み付けて来た。怖い。それにしてもこの口の悪さはどうだろうか。
「オレに構うんじゃねえ。さっさと失せろこのボケ」
「ボケって……君ね。そういう言葉遣いはやめたほうがいいと思うよ」
「説教垂れてんじゃねえよ、ヘタレが」
それだけ言うと、彼女はスカートを翻し、さっさと行ってしまった。
何て子だ……。