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黄金のヴァンブレイス  作者: 岡村 としあき
第二部 第一章 『復讐する者とされる者』
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五十八話 フィーザ

 眼前に迫るドミガルの親。


 目と目が合う。それを合図に仕事が始まった。


 闇空を切り裂いて突き進むドミガルの凶悪な牙。左足に力を込め、右に跳んでかわす。


 奴はその勢いを殺せず村の門に突撃して、貧相だった村門は完全に破壊され、清々しい更地になった。


 瓦礫の撤去もこいつにやらせたほうが、復興にかかる金は安く済みそうだ。いっそこのまま、村の中に引っ張ってやろうか?


 まあ、そんなことをすれば村の被害は余計に大きくなるだけだろうけど。


 少し余裕を見せすぎたせいかもしれない。オレの真下から、嫌な音がした。


 土を掘り進み、現れたのは奴の尻尾。まるでアッパーを繰り出すように、地中から垂直に天に向って突き出す。


 器用な奴だ。直撃する前にフランベルジュを横に薙ぐ。


 聞きたくも無い耳障りな断末魔。焼き斬られた尻尾は地面に落ちると、まるで別の生き物のように跳ね回った。


 バカが、この程度でオレを殺すつもりか。


 オレは前ルーンナイト第七席ガイザー・ドルベンの娘だ。しかし、父の顔は見た事が無いし、最近まで彼が父親だとは知らなかった。


 母は、父が花街で抱いた遊女の一人だった。たった一夜限りの関係。だから、父もオレの存在など知らないし、母が妊娠していたことも知らない。ドルベンの名も、オレが勝手に名乗っているだけだ。


 母は、オレを産むとすぐに花街を追い出され、住所を転々としながら仕事の毎日を送っていた。しかし、母はオレが5歳になると過労のためか寝込んだきり動けなくなって……そのまま逝った。


 独りだ。それまで独りだった。母の遺品を整理した時に出てきた一通の手紙。そこには、オレが生まれたことを、父……ガイザー・ドルベンに知らせる旨の内容が書き込まれていた。


 ほとんどかすれて読めなかったけど、確かにそう書いてあった。でも、結局手紙は出せずじまいだったようだ。


 今まで何人もの男と一夜を過ごした母が妊娠した子供……認知してもらえないと思ったのかもしれない。


 逆に考えれば、遊びで抱いた女の腹に宿った子を、あっさり自分の子と認めるほど優しい男なんて、この世にいない。だから、出さなかったのかもしれない。


 けれど……たった一つ父親に関する手掛かりだった。その手紙は今も肌身離さず持ち歩いている。


 恥ずかしい話、父親という存在に憧れていた。大きな背中とあったかくて優しい手。母を失っても父がこの世界のどこかで生きているんだと思うだけで、胸が熱くなった。


 いつか会いたい。オレの心はまだまだ乙女ちゃんだった……けれど、一ヶ月前ヴィーグで父は殺された。


 だから許さない、オレに残された唯一の肉親を奪ったあいつだけは。


「ぬるいな、ヘビ野郎。その程度の殺意でオレを殺せるのか? 殺すってのは、こうやるんだ。お手本を見せてやる」


 殺す。止めてやる、耳障りなその音を。


 瞳を閉じて、己を闇の中に置く。


 ……とても心地良い。あらゆる雑音を取り除き、たった一つ命の音だけを捉える。


 暗闇の中では、音だけが頼りになる。命を刻む心臓のリズムは正直だ。それを読み取れば、相手の心理がわかる。


 さあ、殺るか。


 目を開ける。目の前に迫った不細工なヘビの顔面。白い牙が光る。そこからは、どろどろと唾液が垂れ出ていた。


 さらに意識を集中する。フランベルジュの形状を細長い針のように長く、鋭く、研ぎ澄ませる。


 針の穴にも通りそうなほど細くなった炎の刀身。オレの集中力次第で、長さを自在にコントロールできる。最長で100メートル先まで延ばすことが出来、真昼の暗殺などは、家屋の外から心臓めがけてこいつを放つ。


 すると、周囲の人間は何が起こったのか理解できない。ただしこいつはコントロールが難しく、長い間この形状を保てないのが難点だ。だから、勝負は一瞬。


 見えた。


 ドミガルの心臓めがけて、フランベルジュが貫く。白い皮膚を突き破り、筋肉や内臓すらもやすやすと貫いて、急所を破壊する。


 ドミガルは、一瞬何が起こったのか理解できず、動きを止めた。


 そして、貫かれた前と後ろの小さな穴二つから、大量の血を噴出し、命の音を止める。


 ――終わった。


 ハデにルーンをブチかますのは、スマートじゃない。下品だ。これがオレの流儀。美学とも言うか。


 どんなに巨体を誇ろうとも、生きている限り心臓を貫かれれば、それで終わりだ。


 さて、これで当面の生活費は心配しなくてすみそうだ。


 ……金が余るようなら、服だけじゃなくて髪もなんとかするかな……。


 報酬の使い道をあれこれ思案しつつ、村に戻る。


 すすり泣く者。遺体の側で手を合わせ、死者に別れを告げる者。壊れた自分の家の前でただただ立ち尽くす者。


 村人達は、それぞれの不幸と対面していた。


 オレはそれを横目に、宿に向った。


 所詮、他人事だ。他人の不幸はなんとやらと言うが、オレにとってはどうでもいい。


「おお。フィーザさん!! まさか、あんたが本当にやってくれるとは思わんかった。あんたは……本当に……」


 村長がハアハアと荒く臭い息を撒き散らして、オレの目の前にやってきた。


「仕事は終わった。報酬は明日でいい。オレはもう寝る」


「あ、は、はあ。しかし、あの宿は入り口が壊れて……ワシの家でよければ、お泊り頂くことも……」


「いいさ。屋根が付いていて、寝る場所さえあればそれだけで十分だ。野宿に比べれば遥かにマシだろ」


 村長をその場に置き去りにして、オレはぶっ壊れた宿の入り口に立った。すると、急に熱さを感じた。


 何だ? 油断したか? どこをやられたんだ?


「あんたは本当にバカな子だよ! 自分の命をなんだと思ってるんだい! 死んだら、もうそれで終わりなんだよ!」


「な……なんだ!」


 熱い。女将の太った体に全身を包まれ、がっしりと抱きしめられていた。それに、息苦しい。


「やめろ、離せ。気色悪い」


「あんたは……よっぽど、恵まれない生活を送ってきたんだね。そんなぼろぼろの服を着て、色気がまったくないじゃないか」


「余計なお世話だ」


 お前に言われたくない。


「あたしがあんたくらいの年には……そりゃあモテたもんさ。いっぱいオシャレしてね……この村一番の美少女で通ったもんだよ。毎日男の子に声を掛けられてね、もう断るのに必死で必死で……」


「ウソつけ」


 絶対にウソだ。断言してやる。


「もうそんな危険な事はやめて、普通にお暮らし。あんたさえよければ、ここで働いてくれてもいいんだよ? 何せ、あんたはあたしの命の恩人だ。何か恩返しがしたいんだ」


「じゃあ」


「なんだい? 言ってご覧」


「とりあえず離れろ」


 即座にオレは生暖かい体から解放される。ふう、死ぬかと思った。


「オレにはやらなきゃいけない事がある。父親の仇を討つ。今はそれしか頭に無い」


 女将の目が見開かれ険しいものになる。


「そんなこと、あんたのお父さんが望んでいるのかい?」


「知るか。顔さえ見たことが無いし、話したことも無い。ただ……許せないだけだ」


「あたしも息子を亡くし、ダンナも病気で先に逝っちまってね……だからかね。あんたみたいなのは、余計に放って置けなくて……」


 女将は少し遠い目をして、瞳をうるわせた。


「だから何だ? 傷でも舐めあうつもりか? 気色悪い。オレの生き方を勝手に他人にあてはめるな。オレは自分の思うように生きて死ぬ。それでいい」


 死ぬのは怖くない。それ以上の恐怖があるとすれば、生きる目的が無くなってしまうことだろうか……。


「あんた、いくつなんだい?」


「……14」


「死んだ息子も同じ年だった……きっと、これは神様の思し召しさね。ずっと客なんて入らなかったあたしの宿に、息子と同い年の娘がやってきた。ああ。きっとそうだよ。だから――」


「うるさい」


 これで三度目か。ギンと睨み付けてやったのは。


 しかし、今度も女将は怯まなかった。しかも、優しい眼でオレを哀れむように……。


「チ」


 舌打ちすると、女将の体を飛び越して階段を駆け上がる。そして、そのまま自室へと向かい、ドアを閉めるとベッドで横になった。


 めでたいババアだ。こんなどこの馬の骨ともつかない、汚い小娘を捕まえて、ここで暮らせだと?


 バカとしか言いようが無い。


 体には女将のぬるい体温がからみついて……。いや、気にするな。


 さっさと寝て明日の朝早くにここを発とう。


 オレは無理矢理気持ちをしずめ、眠りに付いた。

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