五十六話 アナザーリベンジャー
殺したい奴が一人いる。
そいつは、オレから家族を奪った許しがたい存在。
誓おう。
何を犠牲にしてでもそいつをこの手にかけ、奴の首を家族の墓前に花と一緒に供えることを。
その為ならば、悪魔と契約だってするし、いくらでもこの身を傷付けることになろうともかまわない。
例え命が――奪われる結果になってしまったとしても。
遂げてみせる。
復讐を。
ゼオン。5大国家の中でも一番小さく力を持たない国。隣接するエルドアとは友好な関係を築けているらしいが、果たしていつまでそれがもつものか。
そのゼオンの玄関口であり、エルドアの国境に一番近い村の寂れた宿で、オレは目覚めた。
すでに日は傾きかけており、ずいぶんと早起きをしてしまったようだ。
ベッドから起きると軽く伸びをして、窓から部屋の外に目をやった。
「平和だな、エルドアは戦時下にあるっていうのに……」
窓を開け放ち、身を乗り出して下界の景色を眺める。こんなボロ宿でも今やオレの城である。その二階から見下ろす景色は、さながら我が城下といったところか。
村の道を行き来する人々の顔に咲いた笑顔という花。オレはそれを見るたびその花を踏みつけてやろうと思ってしまう。
オレはこの国の人間が嫌いだ。
この国の人間は皆そうだ。シャナールから距離的にもっとも離れているから、戦争に関してはまったくと言っていいほど興味が無いし、皆平和ボケしている。
道を歩く人々のなんと幸福そうなことか。少しはこちらの不幸をお裾分けしてやりたい。
そして、あいつらから幸福をもぎとってやりたい。
オレは、家族を奪われ、家を追い出され服も着の身着のまま、その日暮らしで金も無い。
いや、よそう。不幸自慢なんてしても、惨めになるだけだ。金が入る目処も立った。その金でエルドアに渡り、仇を探す。そして息の根を止めてみせる。
必ず、この手で。
今日はその為の肩慣らし。準備運動のようなモノだ。
まだ仕事の時間まで間がある。もう一眠りしておいてもいいかもしれない。相手は異形……白蛇のような奴で、名をドミガルという。
すでにここの村人が何人か被害にあっていて、送り込んだ傭兵もすべて返り討ちになっているらしい。
面白いじゃないか。
それだけの獲物を狩れば、デカイ経験値が入って、レベルが一気にアップするかもしれない。そうなれば仇とやり合う時に有利になるはず。
ここの村長から前金と、このボロ宿にタダで泊まる権利をすでにいただいている。経験値と報酬。一石二鳥だ。ムダは何もない。
オレは窓を閉じ、長く伸びたぼさぼさの金髪をなびかせると、ベッドの上に放り出したナイフを手に取った。
柄の部分を軽く握る。そして、刃を引き抜き銀色の刀身を見つめた。
大丈夫だ、手入れは行き届いている。標的の命はこいつで狩る。奴の命も。
異形狩りはオレの生業だ。もっともこっちは最近始めた副業で、オレの本業は殺し屋だが。
「腹が減ったな。……メシにするか」
一人呟くと、上着を羽織り階段を下りていった。
「おや、お目覚めかい。もう昼はとっくに終わってるんだけど……何も食べなくて大丈夫かい?」
階段を降りると、宿の女将と鉢合わせしてしまい、目が合った。この女、お世辞にも品がいいとは言えない。
ブタのように肥えた体と、薄汚れた衣服を身にまとい、無遠慮にバカでかい口を開けてぺらぺらしゃべる。迷惑だ。
だが、それなりに優しいところはあるらしい。一応オレのメシの心配はしてくれていたか。
「残り物でいいんだ。何かないか?」
「そうさねえ。パンとハムくらいなら……」
「それでいい、くれ」
オレは手短に要件を伝えると、女将をさっさと下がらせた。
人と話すのは苦手だ。それは、これから先も変わることは無いだろう。父とはずっと離れて暮らしていたし、母は仕事ばかりでロクに相手をしてくれなかった。兄弟もいない。友達も……いない。
オレはずっと独りだった。それでも、オレにとって家族はこの世界で唯一の繋がりだったのだ。
それを……あいつに……。
いや、今考えても仕方が無い。まずはメシの確保だ。
「これでいいかい?」
「ああ、すまん」
厨房に消えた女将は、戻ってくると細長いパンとハムの塊を抱えていた。
「晩御飯ならもうすぐできるんだけど」
「これでいい」
「あんた、まだ若いんだからちゃんとした物を食べなくちゃ。それに髪だってぼさぼさじゃないの。ちゃんと手入れはしてるの? 息子のでよかったら、替えの服が……けど、あんたはおん――」
「うるさいな、さっさとよこせ」
ギンと睨みつけてやる。すると女将はおそるおそる手に抱えた食糧を手渡してきた。それを半ば強引に奪い取って階段を駆け上がる。
部屋のドアを蹴ってあけるとベッドに腰掛け、パンを食いちぎり、ハムを獣のごとく貪る。
味は悪くない。パンの焼き加減も、ハムに使われている肉も一般家庭のそれよりもランクが上だ。このボロささえなんとかすれば、集客率は今よりも上がるんじゃないか?
ものの数分で食事を終えると、オレは喉に渇きを覚えた。
しまったな、水をもらうべきだった。
悪態を付いていたオレだったが、ドアの向こうに何者かの気配を感じ、ナイフを手に取るとドアを蹴り倒した。
女の悲鳴がした。見ると女将が木のトレイに水が入ったコップを載せて、運んできたところだった。
「お前か。何だ?」
「あ、あんた、喉は大丈夫かい? 驚かさないでおくれよ、もう」
オレはコップを受け取ると、それを一気に飲み干してトレイに載せた。今度は優しくそっとおいたつもりだった。
だが、さっきの事で警戒されてしまたんだろう。トレイにコップを置くと、女将はさっさと引っ込んでしまった。やりすぎたかもしれない。
少し罪悪感を覚えてしまったが、やってしまったモノは仕方が無い。気分を切り替えベッドに座りなおすと静かに目を閉じた。
仕事の時間までまだしばらくある。それまでくつろいでいようと思っていたが、階段を騒がしく駆け上がってくる音が聞こえて、再び警戒を厳にする。
女将か? なら、さっきの事を一応謝ってみるか。うまく謝れるといいんだが。
「フィーザさん! フィーザさんはおるか!?」
ドアを開けて入ってきたのはここの村長。オレの雇い主だった。相当慌てた様子で、息を切らせている。年は60を過ぎているのに、元気なものだ。この様子では当分お迎えは来ないだろう。
部屋に滑り込んできた村長は、未練たらしく頭に残った薄い白髪頭を激しく上下させ、息を整えながら言葉をつむごうとした。
「なんだ? 仕事の時間にはまだ早いだろう」
「それが、それが……」
村長は興奮と恐怖が入り混じった瞳で、オレの顔をのぞきこんだ。人の事は言えないが、少しツンとしたモノが臭ったので、距離を置いた。
「異形が……ドミガルが……む、村の門に……は、はやくはやくうう」
ヒュウヒュウと口から言葉にならない息を吹いて、村長はなんとか要件を述べた。
「出向く手間が省けたな。わかった。すぐに行こう」
オレはベッドの上のナイフを手に取るとそれを腰に差し、部屋を出ようとドアノブに手を掛けた。
「あ、あんた! 本当に大丈夫か? あんたみたいな、その……」
「うるさい爺さんだな。オレの事は話しただろう。これでも一応名の知れた傭兵だ」
「あんたの名前は、確かに旅の者から酒の席で少し聞いたことがあった! だが、だが、それが――」
村長はよろよろと立ち上がると、オレに向って指を差す。
「フィーザ・ドルベンが、こんな、若い娘だとは、ワシはまだ信じられん! もし、名前を騙っているのならば」
「オレはまぎれもないフィーザ・ドルベンだ。今は亡きルーンナイト第7席ガイザー・ドルベンの娘。信じられないならそれでもいい。ただし、異形をちゃんと狩り終えたら報酬はもらう」