五十五話 ハチネンメノタビダチ
リビングのテーブルに着き、僕、エリス、ロッテ、そしていつの間にかルヴェルドとファイゼルもリビングの隅に立っていた。
「いよう、アルちゃん。その様子だと、話はちゃんとまとまったみたいだな」
「うん。僕は……第八席になることにした。その方が色々僕にも都合がいいし……それでエリオ。僕は一体何をすればいいんだ? まだそれをちゃんと聞いてなかったな」
エリスはルーンナイト第一席の顔になる。そして僕を見てこう言った。
「お兄さんには、ジーン卿と一緒にゼオン王国に行って、現地の人間と『黄金』のアジトを調査してもらいたい。シャナールの再度侵攻は時間の問題だろうが、今はまだ問題ない。ここには第三席とぼくがいるし、ルーインズ卿もいる。王都にはドルイド……ぼくの父もいるしね。万が一という事は無いよ」
「ゼオン……つー事は、一度王都を経由することになるなー。こりゃちょっと長旅になるぜ、アルちゃん。おやつはいっぱい用意しとけよ?」
ルヴェルドは腕組みをしながらうなった。
「エリオ。お願いがある。僕には連れがいるんだが、彼女達も一緒に連れて行っていいだろうか?」
「任務の邪魔にならないようなら……かまわないけど……もしかして、あの三人?」
「え、そうだけど?」
「えー……やだなあ……」
途端にエリスが『嫌だ』という顔をした。やだと言われても……彼女達をここに置いておくわけにもいかないし……。師匠はほっとくと自活できない困った子だ。リトはカリンに頼まれているし、オルビアは放置しておくと、どこで筋トレをしだすか解ったものじゃない。彼女達には僕が必要だ。
「そこを、頼むよ。彼女達には僕が必要なんだ」
「お兄さんがそこまで言うなら……」
エリスはしぶしぶだが、承諾してくれた。
「アルは……また遠い所に行くのね。あたしは……また、一人、か」
ロッテの顔は暗かった。国の外へ出る……そうなれば、当分会うことはないだろう。もう少しロッテとゆっくり話がしたかったが……この状況ではしかたがないか。
「ロッテちゃんよ、もしかしてお前さん……一緒に行きたいのか?」
「え? 別に……私には任された領地もありますし、ここを離れるわけにはいきませんので」
「ふーん。以外にマジメなのね。……エリオちゃんよ。代わりに第六席ロッテ・ルーインズをアルちゃんに付けてやってくれや」
ルヴェルドの提案に思わずエリスが驚き、席を立った。
「何故だい? あなたの方が適任だろう?」
「違うな……今この領地を任せるには、ルーインズのお嬢ちゃんじゃ、力不足だ。指揮も、シャナール軍との実戦経験もハナクソよりも軽い。はっきり言って、お荷物だぜ? 適材適所を考えれば、俺がここに残って、ルーインズをアルちゃんに付けてやった方が、よっぽどいい」
「それは……ダメ」
エリスが顔を真っ赤にして、言葉を詰まらせる。何か言い返したいことがあるようだが、何故かそれが出てこないようだ。
「だって、ルーインズ卿、お兄さんと仲がいいんだもん! だから、ダメなの!」
「おいおい。エリオちゃんがアルちゃんを実の兄貴のように慕ってるのは解ってるぜ? けど、今は戦時中で俺たちは戦争やってんだ。ルーンナイト第一席として適切な判断を下してもらわなくちゃ、なあ?」
「……」
エリオが少し涙目になっている。
「ああ! 思い出しちゃった! 私ったら、大事な武器を王都のお部屋に忘れてきちゃった! まだここの引継ぎとか終わってないし……今ここを離れるわけには行かないのよネエ。エリオちゃまにしか、置き場所解らないし……あれがないと私、存分に暴れられないじゃない、ヤダもう」
「おいおい……」
ファイゼルのその言葉でエリオの暗く沈んだ顔に光が差す。
「じゃあ、ぼくが取りに行くよ! ついでに王都までお兄さん達を案内してあげるね! うん、それがいい! そうしよう! そうしたほうがいいに決まってる!」
「聞いたことがねーぞ……第一席をパシらせるなんざ……その上、勝手に持ち場離れるなんて……まあ、俺とベルゼリオがいれば、なんとかならなくもないが……」
「あらん、いいじゃない。たまには。それにエリオちゃまがあんな風に子供らしくすねるだなんて、初めて見たわ私」
「まったく……最近のガキは手間がかかってしょうがねえな。エリオちゃんよ、このオカマの武器をさっさと取って来い」
「フフ。ルヴェルドちゃんてば、本当は私と二人っきりになれてうれしいクセに! この、この!」
ファイゼルは嬉しそうにもじもじしながら、肘でルヴェルドを2,3回小突いた。それと同時、ボキッ! とかバキッ! とか小気味良い音が僕の耳に入った。
「やめろ、ベルゼリオ! 脇に肘を打ち込むな、手加減しろバカ! あばらが何本かイっただろうが!」
ルヴェルドが床にうずくまりそうになる所を堪えて、膝を付いた。ファイゼルにからまれると厄介だ……社会的にも、物理的にも……。
「だいじょーぶよ。私とあんたがいるのよ? この最強タッグを破れるヤツはドルイド・ハーケンくらいよ」
「ったく、お前と組むと色々疲れるんだよ、ベルゼリオ」
「タイクツしない女ってことよね、わ・た・し」
ファイゼルとルヴェルドが仲良さそうにじゃれあっていた。あの二人、ルーンナイト時代は仲が良かったのだろうか? 旅の途中でロッテに色々聞いてみよう。
「まあ、そういうわけでだ。アルちゃんよ。ゼオンまでひとっ走り、頼むわ。エリオちゃんの面倒もよろしくな。ワンワンうるさかったら、このクッキーあげれば静かになるからよ」
「うん。わかった……じゃあ、ここでお別れだね……兄さん」
ルヴェルドから紙袋にいっぱい詰まったクッキーを受け取る。
「ロッテちゃんに、セインちゃん、リトたん、オルビアちゃんか……まったく、アルちゃんが羨ましいぜ。ま、男冥利に尽きるわな……行ってきな。そんで……オトナの男になって帰って来い!」
笑顔でサムズアップ。しかし、口元はいやらしく歪んでいて、やはりいつものルヴェルドであった。『大人の男』ってどういう意味だろうか。
「じゃあ、さっそく出発! 早く行こう、お兄さん! ルーインズ卿なんか置いて、さっさと行っちゃおう! それがいいよ! ぼくと二人で旅しよう! それがいいに決まってる!」
「ちょっと、エリオ。待ってよ。他の皆もいるんだし、準備も必要だからちょっと待って」
はやるエリスをなんとかいさめるため、先ほどもらったクッキーをエリスの口に差し込んでみた。途端に大人しくなって、笑顔になる。尻尾が生えてたら、ブンブン振ってそうだ。試しにお手をしてみれば、もしかしたらさっと手を差し出すかもしれない。
「アル……また、一緒なの? あたし……」
振り向くとロッテは神妙な面持ちで、床を見下ろしていた。
「うん。エリオから言い渡された真っ当な任務なんだし、その……ロッテがいれば心強いよ」
「あんたは自分の事に関しては鈍いから……そうね、あたしが必要か。しょうがないわね、焼いてあげるわ、世話」
「よろしくね、ロッテ」
1時間後、みんなに事情を伝えると快く承諾してくれた。もしかしたら『行きたくない!』って言われるかもしれないと思っていたけど、みんなノリノリだった。
『ゼオンには一度、ピクニックで行ってみたいと思っていたの~』
これは師匠の言葉。いや、任務であって、ピクニックじゃないんだけど……。
『おいしいものが一杯あるって伯父さんから聞いたことあるのっ!」
これはリトの言葉。ゼオンを食い尽くしそうで怖い。
『ゼオン流の筋トレには以前から興味があったのでな。上腕三頭筋のトレーニングに関しては、ゼオンは世界一なのだ……上腕三頭筋……フフ』
……らしい。これは誰の言葉かは言わずもがなだ。
三人には、先に町の入り口で待っていてもらうことにした。僕は、再び産まれた家の前でその光景を精一杯目に焼き付ける。すべては8年前、ここから始まった。そしてまた、ここから新しく始める。
あの時僕は、その手を振りきり、その声に耳を塞いで独り行った。けれど、今度は違う。
目が合う。いたずらっぽい笑みを浮かべて彼女が僕の目の前にやってくる。
「遅いね。本当に一瞬置いていこうかと思っちゃったよ」
「あたしを置いていくなんて、軍法会議モノよ。待つのが当然」
「そうだね。友達を置いて行ったりはしないよ。ロッテは僕の大切な友達なんだからさ」
「そうね……『友達』……フフ。アル、覚悟しておきなさい。あたしは……激しいわよ」
「え、何が?」
聞き返そうと思った矢先、エリスが玄関の扉を盛大にこじ開けて、息をハアハアと切らせて僕らの元へやってくる。
エリスが相変わらず、僕にしがみつく。ロッテが僕の隣を歩く。やがて入り口に差し掛かって……3人と合流する。
僕らは歩き出す。王都エルディアを目指し、そしてその先ゼオン王国へ、黄金のヴァンブレイスの手掛かりへ――。
待っていろ、黄金のヴァンブレイス。いつか必ず僕がお前を……。
終わりにしてやる。これ以上誰にも同じ思いをさせないためにも、僕の手で。
第一部 終