五十三話 エリオ・ハーケン
第八席……エリオの口から飛び出した聞きなれない固有名詞。ルーンナイトは全部で7人ではないのか?
「アルが……ルーンナイトに?」
ロッテが息を呑んだ。
「第八席……影のルーンナイト……歴史に決して名を残す事はない。その存在自体も非公式……存在を認知しているのは陛下と他のルーンナイトのみ。もちろん、大臣共も知らないよ。『エイドスの血筋を絶やしてはならない』。陛下は特にエイドス家をすごく御気に召していらっしゃる。これは陛下の恩情であり、愛だ。何人であれその愛は拒めない」
「……僕をその第八席にして……どうする?」
「第八席は言ってしまえば、ルーンナイト第一席の単なる小間使い。お前をつなぎとめておく鎖の名前、というわけさ。お前には僕の駒になってもらうよ。これでずっと一緒だね、お兄さん。ぼく、すごく嬉しい」
エリオの態度が豹変する。さっきまでのルーンナイトの顔は少年の無邪気な物へと変わる。
「僕には目的がある。それを放り出すわけには……」
「ああ、『黄金のヴァンブレイス』だったね。お兄さんに与える仕事はまさにそれなんだ」
「どういう事だ?」
「あれはぼくらにとって……有害以外の何物でもない。国際的な犯罪者だしね。それが、裏で色々と動き回られてちゃ、ものすごく迷惑。ガイザーの件にしても、バイエルの件にしても……だから、シャナールを除く各国と連携して、あいつを討つ事に決めたんだよ。もちろん秘密裏にね。この大変な時期だからこそ、イレギュラーがあっては困るんだ」
「つまり、僕はこれからも合法的にあいつを追えるわけか」
「そう。さらに、こちらでつかんだ奴の情報は優先的にお兄さんに回す。必要とあれば、こちらから人員を貸し出してもいいし、旅費や、公的な施設も無料で開放するよ。ね、いいお話でしょ?」
エリオがにっこりと笑って僕の手を取った。
「ねー。なりたいでしょ、第八席に? 絶対なるよね? ううん、お兄さんはなりたいって顔してる! だから、ぼくだけのルーンナイトになってよ!」
デメリットは……あるとすれば、僕も戦争に駆り出されるかもしれないという事と、監視が付くかもしれないという事か。メリットは国を敵に回さずに済む事と……何と言っても旅費だな。これで師匠がどんなに使い込んでも、リトがどんなにご飯を食べようとも、オルビアが建物を破壊しまくろうとも、エリオに請求書を回してしまおう。お、むしろメリットの方が大きいじゃないか。これは決まりだな。
「わかった。第八席になろうじゃないか、拒む理由は何も無い。僕は所詮、誰かの影だ。……影のルーンナイト、僕にピッタリじゃないか。それで? まずは何からすればいいんだ? 潜入か? 情報収集か? それとも暗殺か?」
「それでは、最初の任務だ」
エリオは満面の笑みを浮かべて小さくジャンプする。
「ぼくとお菓子食べよう!」
「は?」
「下のリビングにおいしいクッキーを用意してもらったの! 最初の任務はぼくとお菓子食べること! 逆らっちゃだめだよ、お兄さんはもう、ぼくの物なんだから!」
あっけにとられてしまった。ルーンナイト第八席としての最初の仕事が……エリオとクッキー食べる事だなんて……。もしかしたら、延々キャッチボールの相手をさせられたり、パシリをさせられたり、宿題を代わりにやらされたり……パワハラじゃないか、これ? やっぱり引き受けるべきではなかったような……。
「ほらぁ! 早く行こうよ! ルーインズ卿も、いこ!」
「は? はい!」
ロッテは背筋をピンと立てると、部屋を出て先にリビングに向かった。
「エリオちゃまあ! オネエさんも同席していいかしらん? 乙女は糖分が大好きな・の・よ」
「ファイゼル卿は気持ち悪いから、もう王都に帰っていいよー。じゃあね、ばいばい!」
ファイゼルはがっくりと肩を落とし、部屋を出て行く。そして、僕もまたエリオに手を引かれ、リビングへと猛ダッシュした。
「早く早く!」
「エリオ、腕が痛いよ。そんな急がなくてもクッキーは逃げないよ?」
リビングにはすでにお茶が用意され、お菓子の山が供えられていた。
「さあ、お兄さん。いっぱい食べて大きくなってね! それで、これ食べたらお外で遊ぼう!」
「エリオ様……確か、午前中はお勉強の時間だったはずでは?」
テーブルについたエリオは、口の周りいっぱいにクッキーのかけらを貼り付けてリスの様にむしゃむしゃ食べだした。
「ルーインズ卿はウルサイな~、そんな細かいこと気にしてるとシワが増えるよ~」
ロッテの眉間にシワが刻まれる。エリオもリトほどでは無いが、存分に失礼な子だ。この世代は口が悪いのだろうか……。
それにしても、懐かしい。ここでよく姉さん達と楽しい時間を過ごしたんだ。あの頃の僕はまだ小さくて、膝の上に座らされていたけど……もう、座る事はできないな。いや、座ったらそれこそシスコンもいいところだろう。
「何よ、アル。にやにやしちゃって」
「ロッテこそ、楽しそうだね。あいかわらずスキを見つけて、クッキーをポケットに入れるのはやめたほうがいいと思うけど」
「え!? な、なんで解ったのよ……」
冗談のつもりだったのだが……8年経った今でもヘンなクセになっているらしい。
「二人ばっかりずるいなあ。ぼくもお話に混ぜてよぉ。お兄さんはぼくの物なんだから」
エリオがむくれる。そのむくれた顔が面白い。
「はは。ごめんごめん。実はね、ロッテは昔――」
「こら、アル! ヘンな事をエリオ様に吹き込まないでよ! あたしの株がさがるでしょーが! 軍法会議モノよ」
ロッテが僕の腕を引っ張るので、軽くそれを振りほどこうとしたら……。
「きゃ!」
「あ、ごめんなさい」
僕の後ろにいたメイドさんに当たってしまい、おかわりの紅茶を載せたトレイがひっくり返り、それがエリオの服にかかってしまった。
「ちょっと、あったかい……」
エリオは不愉快そうではなく、むしろ楽しそうにしている。
「ごめん、エリオ。お風呂に入ろう。そのままじゃ風邪引いちゃうよ。すみません、お風呂借りますね」
「え? いいよ!! ぼく、ひとりで入れるから」
久しぶりの我が家なのだ。思い出にもう少し浸りたい。お風呂にも入って、気分をリフレッシュさせたくなった。エリオには悪いけど、ダシにさせてもらおう。それに、これからエリオとは長い付き合いになりそうだし、裸の付き合いというのも必要だろう。前世ではよく弟と一緒に入ったものだ。
「エリオ様。お着替えを用意させておきますので、ここは素直にアルとお風呂へ……アル、お願いね」
「うん。任せて」
まるで息子をお風呂に入れる父親と母親のやりとりのようだ。嫌がるエリオを小脇に抱えて、懐かしい風呂場へと向かう。
「いいよ! こんなの走りまわっていたら乾くよ! おろして!」
「ダメだよ。ほら、脱いで脱いで」
先に浴槽へ向かい、デュアルキャストを使って、お湯を沸かす。実はコレ、けっこう難しい事だ。力の加減を間違えれば、水蒸気爆発を起こして屋敷ごと、木端微塵になる。だから、最小の力で……慎重に……よし。
「お湯沸いたよ、さあ。入ろうエリオ」
「やだ」
エリオはなおも抵抗する。しょうがないので、無理矢理脱がせることにした。
「だ、だめだよ! 自分でやるよ!」
「問答無用! さあ、まずは一枚! そして、これで!」
次の瞬間。僕は絶句する。何故か?
エリオが一瞬で背を向けてしまったが僕は見てしまった。小さな……柔らかい膨らみを……。
信じられないが……エリオは……女の子だった。
「あ、あれ? おかしいなあ」
おかしい。何がおかしいのか自分でもよくわからないが、おかしい。エリオは男の子で……でも、目の前の女の子はエリオで……。
「誰にも言わないでね……この事を知ってるのは、ハーケン家の中でも一握りの人間だけなんだから」
エリオが脱いだ服で前を覆って、節目がちに説明を始める。
「え?」
「ぼくの本当の名前はエリス。エリス・ハーケン。ドルイド・ハーケンの長女だよ……。エリオという名前は……ぼくの双子の兄の名前。ハーケンの家は男子が継がなきゃいけないけど、双子の兄エリオは生まれてすぐ亡くなったの。だからその時。死んだのは妹の方、エリスにしてぼくをエリオとして育てる事になったんだって……でも、ぼく……こんなの本当は……」
「エリオ……」
「お兄さんが初めてだからね。ハーケン家以外の人間で、ぼくが女だっていうのを知ってるのは。……もし、何かあったら責任取ってもらうからね! お兄さんのバカ!」
エリオ……いや、エリスが頬を赤らめ、そそくさと風呂場に入っていった。
『少し、待ってて。できるだけ早くあがるから……』
「あ、う、うん」
エリスが風呂場に入るとドアを閉め、ちゃぽんという、湯につかる音が聞こえてきた。
なんとも、気まずい雰囲気だ。待てよ、そういえば。
「僕、女の子の服を脱がしちゃったのか……」




