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黄金のヴァンブレイス  作者: 岡村 としあき
第一部 第五章 『8年目のボーイミーツガール』
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五十話 ニドメノウソ

 僕の寝転がっているベッドの上にロッテが侵入してくる。月の光は遮られ、ロッテの顔は見えない。


 ロッテの息遣いが聞こえる。すぐそこに、人類の半分が望んでやまないユートピアがあった。いや、シャングリラか。それとも極楽浄土か。


『入るぞ、少年』


 唐突にドアががちゃりと開いて、廊下の光が差し込んだと思ったら、黒い長髪の少女が室内に侵入してきて僕は目を細める。


「お、オルビアさん……」


 僕とロッテはベッドの上で固まった。ちょうど、腹筋をする時に足を押さえていてもらう時のポジションといえば、わかりやすいだろう。


「む? お取り込み中だったか? これは失礼した。それにしても少年。君は本当に好きだな。昨日も自分とやったばかりだというのに」


「ヤった?」


 ロッテの顔が険しくなった。


「いや、違うよ! そういう意味じゃないよ!?」


「何が違うというのだ、少年よ。あれだけ自分に尽くさせておいて、一人で満足したというのか! たまに上になってみたらこれだ!」


「上? ふ~ん。あんたナニをしてたわけ」


 ロッテの顔がもっと険しくなった。


「いや、ナニって……何もしてないよ! ただの腹筋だよ! 誤解しないでよ!」


「そう、腹筋を使ってそこのカワイイ子とナニをしたのね」


 ロッテが僕に殺気を向け、オルビアが悲痛な叫び声をあげて頭を抱えた。


「あれだけ自分の筋肉を見て、いいと言ってくれたじゃないか!」


 オルビアが下腹部を押さえている。腹筋の事を言っているのだろうが……それがロッテに伝わるワケが無く……。


「イイ? あんた……どこの筋肉見て言ったのよ。このドヘンタイが!」


 完全に誤解されている。


「いや、だから……筋肉だよ。ほら。その、オルビアは女の子だけど、いつも筋肉の事、真剣に考えてるから……」


 僕は弁解するが、オルビアの特殊なキャラ設定が邪魔をして、理解を得るのは難しいかもしれない。


「女の子が普段から筋肉やっほー! とか言うわけないでしょうが!」


 いや、オルビアは言うんだよ。やっほーも筋肉筋肉も。


「普段からこんなカワイイ子が側にいたんじゃ、そりゃ満足でしょーよ! 謝って損した気分だわ……」


 ベッドから出て立ち上がるロッテを見て、オルビアはまた小さく声を上げた。


「む? あなたは……間違いない、ロッテ様か!」


「え?」


 オルビアは詰め寄り、ロッテの胸をしげしげと眺め。溜め息をもらす。


「さすがロッテ様。いい物をもっていらっしゃる」


「ちょ、ちょっと。何なのよ、この子! アル、なんとかしてよ!」


 そして、オルビアの視線はロッテのスカートの下の、白い足に注がれる。


「むう……素晴らしい。ロッテ様……もしよろしければ……今夜、自分と……その、やりませんか?」


「は、はあ!?」


 ロッテが素っ頓狂な声を上げて後ずさりした。


「大丈夫。自分に任せてください。痛くはしません、こういう事は前が大事。しっかりと体を慣らして準備を整えれば……」


「いや、あたし。そっち方面は……ちょっと……」


 ロッテは頬を赤らめて体をよじらせた。何故だろう、二人のやりとりは僕の中心部に熱く訴えかけるものがある。


「大丈夫。ストレッチや準備運動をすれば、筋肉痛はある程度軽減できるはずです」


「え? ストレッチ? 準備運動? えっと?」


「ロッテ様。一緒に筋トレしましょう! 筋肉は素晴らしいです、ルーンナイト第六席である、あなたの筋肉を見て、再び実感しました!」


「な、な、な。アル! 助けて! ちょっと痛いわよ!」


 ロッテを無理矢理地面に座らせ、ストレッチを始めたオルビアが思い出したように振り返って言った。


「そうだ少年。君にお客さんが来ているぞ。その取次ぎに来たんだったな、自分は。ハハ。筋肉の魔力には打ち勝てんな。恐ろしいものだ」


「そ、そう。じゃあ……僕、行くね。ロッテ……えっと、オルビアと仲良く? してね」


 扉の向こうから『アル、覚えてなさい!』とか『ギャア! これはストレッチじゃない、拷問よ! あんた、軍法会議モノだからね、これは! 覚悟して――ギャア!』とか聞こえたが、客人を待たせては行けないので、そそくさとその場を後にした。同年代の女の子同士、仲良くやってくれる事を願う。


「おお、お待ちしておりました」


「あなたは……」


 宿の前で僕を待っていたのはアイクだった。


「あの、どうしたんですか? わざわざこんな所まで……」


「昼間助けていただいたお礼が言いたくて、お邪魔させていただいたのですが……」


「そんなの、別に明日でも……」


「いえ、実は急な話ですが、王都にいる息子夫婦の所で厄介になる事になりましてね。明日の朝一番で出発しますので、こんな時間に……ご迷惑だったでしょうか?」


「いえ……そんな事」


「私は老い先が短い。だから、これが今生の別れだと思って、どうしてもあなたにお伝えしたいこともありました。あなたは……アルフレッドぼっちゃんなんでしょう?」


 言葉に詰まる。ここで答えていいものか迷った。


「違う……と言ったら?」


「もしそうであれば、お許しください。そして、あつかましいようですが、今からお話する内容をもし、旅の途中で、ぼっちゃんに出会うことがあったなら……お伝えして欲しいのです」


「話?」


「はい。お嬢様方はぼっちゃんにお母様のいない事を悲しませないよう、その話題だけは避けておりましたが、とうとうぼっちゃんに奥様の事をお話する機会を得られなかった」


 母さん……僕の母親か。


「どういう人だったんですか?」


「奥様は、大旦那様……ロイド様がある日、突然連れてこられたのです。『この娘の事は何も聞くな』と言われ、お屋敷で引き取って……もう40年も前の事になりますかな。とても可愛らしいお嬢さんで、旦那様とは兄妹のように仲良く育ちました。とても大人しい方でね。旦那様には本来、名家のお嬢様を妻に迎えるはずだったのですが、大旦那様の反対を押し切って、奥様と結婚なされたのです。そして、お子を授かり……」


「それが、三人の姉妹と長男の男の子なんですね?」


 そんな逸話があったとは、あの真面目そうな父親が恋愛結婚だとは思わなかった。お爺様の反対を押し切って結婚。そして、二人の間に1男、3女の子供ができたわけか。


「はい。二人の間には常に笑顔と、そして幸せが満ちていました。しかし、エイドスの家はエルドアでも名だたる名家です。当然、跡取りとなる長男が生まれ無ければ、家を存続させる事はかないません。しかし、生まれてくる子は女の子ばかり……4人目をなかなか授かる事も出来ず、奥様は途方に暮れておられた……」


 そんな苦労があったのか……男である僕にはとても想像の付かない事だ。もしかしたら、それでお爺様に何か言われていたのかもしれない。


「しかし、ようやく。ようやく、ぼっちゃんを授かることが出来て、奥様は本当に嬉しそうでした。ぼっちゃんが生まれた時の奥様の喜びようと言ったら……今思い出しても……」


 アイクの目には光るものがあった。それを指ですくい、話を続ける。


「しかし、ぼっちゃんが生まれて半年ほどたったある日……。お嬢様方と山へ山菜を摘みにでかけられた時……足を踏み外されて、崖下へ……亡骸は今もまだ見つかっておりません。だから、あの墓には名前だけ刻まれていて、奥様はそこにはいないのです」


「そう、ですか」


 母さん……どんな顔をしていたんだろうか? きっと、優しい人だったに違いない。今も生きていたら……家族6人で幸せに暮らしていただろうか。


「最後は辛いお話になってしまいましたが……ぼっちゃんは奥様の希望なのです。だから、どんなことがあっても前を見て挫けぬよう生きてください」


 アイクは背を向け、また続ける。


「――そう、伝えていただけますか?」


「うん。伝える。大丈夫、絶対に伝わるから……」


 アイクはそのまま去っていく。僕はその背を見送る。そして心の中で呟く。


 ごめんね、アイク。

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