五話 ウンメイノヒト
馬車に揺られること数時間。僕は家族に連れられ、隣の町へとやって来た。幸い、異形や盗賊に襲われることなく、無事にたどり着けた。
セレーナ姉さんが一番に馬車を飛び降りて、早く行こうと催促する。子供だなあ……。
「アルに早くおもちゃを買ってあげたいの!」
セレーナ姉さんは甘え上手だ。僕が生まれるまで長いこと末っ子をやっていたんだから、甘えるスキルが熟練している。僕をダシにするのはやめて欲しいが。
「セレーナ、走ったら転ぶわよ。ほら、アル。足元に気をつけて……そう、ゆっくりね」
フィーナ姉さんが先に下りて、僕の手を握ってくれた。ふいにフィーナ姉さんの後ろで派手な音と砂煙が巻き起こってみんな何事かと振り向く。
「いったあ~い」
セレーナ姉さんが何も無いところでずっこけていた。それを見てレイナ姉さんが豪快に笑い、父さんが頭を抱えた。今日は楽しいお出かけになりそうだ。
僕らは馬車を後にして町の中央通りを目指す。洋服屋に、レストランに、ホテルに、本屋。武器屋なんてのもある。その中でも一際目を引いたのが『クレスト屋』だ。
文字通り、クレストという札を製造して販売しているのだが、このクレストというのが、ルーンを使うことが出来ない一般の人でも、ルーンを使えるようにする道具だ。
使えるといっても、用途は限られているし、威力その他はオリジナルであるルーンには遠く及ばない。ただし、誰にでも使えるという利点と、ルーン使用時の精神集中が不要な事から、ルーンを扱える人間でも何枚か所持しているらしい。
「アル、こっちだよお。ほら、おいで」
セレーナ姉さんに強引に手を引かれ、キレイな洋服が展示されている店に連れ込まれた。それからほどなくして、セレーナ姉さんの一人ファッションショーが始まり、暇を持て余した僕は、スキを見て店を飛び出した。
急いで飛び出したおかげで、人にぶつかってしまい、僕はハデに尻餅をついてしまった。
「ごめんなさい、僕、大丈夫?」
差し出された白くて細い右手。それを辿った先には、目鼻がくっきりと整った美しい女性。いや、少女か。立ち上がった僕よりも50cm程背が高いので、大人だと勘違いしたのだが、彼女の身長は160cmにとどくかどうかというくらいだ。
銀の髪は腰まで届き、エメラルドの様な瞳が僕を心配そうに見つめている。年齢はセレーナ姉さんと同じくらい。けれど、どことなく落ち着きがあって、出るトコも出てる。腰には剣を二本挿し、幼い顔立ちからは想像できないが、相当な腕を持っているのかもしれない。
「どこか、痛い?」
黙っていたのを、何か勘違いされたようで僕は慌てて弁解した。
「ううん、大丈夫だよ!」
「そう」
彼女は上品に微笑み、黒い外套を翻しその場を去ろうとした。
「あ、そうだ」
振り向いて、かがみこみ、僕の視線に合わせると、顔を近づける。
「この町に、左手が金色に光ってる人いるかな?」
「ううん、知らない。僕、ここじゃなくて隣の町に住んでるから」
「そう……ありがとう」
少女は残念そうに表情を曇らせ、消沈した。何だろう、彼氏でも探しているのだろうか? 僕は気になって聞いてみた。
「ねえ、その人、お姉ちゃんの彼氏?」
5歳のガキにこんなませた質問をされれば、ちょっと照れ隠しして、『ヤダ~そんなのじゃないわよ!』みたいなリアクションをするのだろうかと思っていたが、僕の予想は的を外れた。
「運命の人……かな」
ものすごくロマンチックな響きだ。けれども。その顔は恋に焦がれる乙女の顔ではなかった。僕は知っている。あの顔は復讐鬼の顔だ。
「ごめんね。私、その人を探して旅をしているの。名前は解らないんだけど、一部では『黄金のヴァンブレイス』って呼ばれてるわ。年齢も性別も解らない、ただ解っているのは左手に金色のヴァンブレイスを身に着けているという事だけ……って僕にこんな事話してもしょうがないね」
「お父さんに、聞いてみようか?」
「え?」
「僕のお父さん、この領地の領主だから、何か知ってるかも」
「本当!?」
「わ!?」
急に僕は両肩をつかまれ、驚いた。
「私はセイン・カウフ。お願い、あなたのお父様の所に案内して!」