四十六話 キケンナニンギョウアソビ
左右前後、瞬く間に僕は8人の兵士に包囲される。その場にいたほぼ全ての兵士が僕を取り囲んだ。人質を見張っているのはたった2人。
「師匠! お願いします!」
同じく塀の影に隠れていた師匠が飛び出し、見張りの兵士を切り裂く。
「ああン?」
急に起こった出来事にシャナール兵達は、驚きを隠せなかった。瞬く間に師匠が見張りの兵達を殲滅し、人質を解放する。
「師匠はその人たちを連れて、国境の方に逃げてください。こいつらは僕が一人でやります」
考えなしに飛び出したワケじゃない。まさかこいつらだって、もう一人飛び出してくるとは思わなかっただろう。これだけハデに突っ込めば、僕自身がいい陽動になったというものだ。
「気をつけるのよ、アルちゃん」
町の人々を師匠に任せ僕は、バイエルを見すえる。すると、突然バイエルが目を大きく見開いて歪んでいる口元をさらに歪ませた。
「アルちゃン? その長い金髪と生意気そうな目。連れの銀髪のイイ女……ああああ、そうか、そうかあ。お前がアルフレッドかあ!? 話はちゃあんとガイザーから聞いてるよお? 何だっけ? アルバーブのとこに居候してた、いけ好かないガキンチョだろぉ? ガイザーが邪魔だから始末しとくって言ってたアルフレッドちゃン。報告通りじゃないのよぉ、てことはあれか。お前、エイドスの生き残りだったか? ああああああ。嬉しいなあ。天国に逝ったロイドジジイの代わりに、俺に殺されに来てくれたんだねぇ? 神サマ愛してるぅ!」
「何?」
喜色満面といった顔のバイエルは間違いなく気色悪い。
「ガイザーのアホを殺したの、お前だろ? それも、俺に報告入ってンのさぁ。アルちゃンよお。あいつは俺のビジネスパートナーだったのさぁ。おかげでこの数年、たンまりオイシイ思いができたんだよぉ。かわいそうなガイザーちゃん。天国で幸せに暮らちてね」
バイエルは両手を組み合わせ、天に向かって祈りを捧げる。そして何故か頬を大粒の涙が伝い、地面に落ちた。
「……何なんだ、お前?」
泣いていたかと思ったら、今度はバカ笑い。両手を叩いて、今にも笑い転げそうなテンションで顔をほころばせていた。
「あーでも、ありがとちゃン。ガイザーのアホ、見返りにシャナール帝国の貴族にしてくれって、うるさかったのよぉ~。これ、傑作だろぉ? あいつコメディーの才能あるわよぉ。だってよぉ、エルドア猿が一万年の進化の過程すっ飛ばしてぇ~、神聖シャナール帝国の栄えある帝国民にぃ~、なろうっていうんだぜぇ? それも貴族。ヒャハハハ! あーおかしい。いつか殺すつもりだったんだけどぉ。手間省けちゃった、えへ」
再び爆笑。そして、何故か周りの兵士達もバカの様に笑い出す。
「エルドア猿が! 分を弁えろ、はははははは!」
「猿は木の上で暮らすもんだろう、くくくくくく!」
「ひひひひひひひ! ……腹が痛い……ひ?」
包囲の一角。右の兵士の腹を剣で突く。そして兵士の装備していた剣を奪い、対角線にいた兵士の頭に向かって投げる。
「あ……ひ?」
こめかみに刃が深々と刺さり絶命。
まずは2人。そして、あと6人。
「お前らぁ、なーに遊ンでやがる。ガキのママゴトに付き合ってンじゃねー。それとも。俺と人形遊びするかぁ?」
バイエルのその一言で、明らかに兵士達の顔色が変わった。6人の兵士から薄笑いが消え、無表情になる。
まずいな。山賊程度の素人ならまだしも、相手は戦闘訓練を受けたプロだ。一対多数は少々分が悪い。さっきは油断しているところを叩いたが、完全に思考が戦闘に染まっている。
それに、こう数が多い上、至近距離ではルーンの発動までに攻撃を受ける可能性もある。
「エルドア猿が! 死ね!!」
向かってくる兵士に先ほど腹を刺した兵士を持ち上げ、盾にする。まだ彼には息があったのだが、兵士はためらいなく刃を突きつけてきた。
「ふがいない上に、盾にされるとは、愚か者め! 猿と一緒に串刺しになるがいい!」
こいつらは、厄介だ。戦闘技術もさることながら、味方すらも邪魔となれば平然とその手にかける。せめて、包囲されている今。背中を守ってくれる味方がいれば……。
盾にしていた兵士を蹴り、こちらに向かってきていた兵士に当てる。男同士抱きしめ合うかっこうになった所を盾にした兵士の背中ごと、貫く。
これで、3人。しかしすぐに僕を他の兵士の刃が襲う。その太刀筋を見切ると右にかわし、斬撃を繰り出そうとするが、いつの間にか死角に回り込んでいた兵士が僕の喉に向かって、突きを繰り出す。それを紙一重でかわし、地面の土を蹴り上げて周囲に振りまき、目を潰す。
一対一の戦いになら自信はある。負ける気はしない。けれども、一対多数となれば少し話が違う。たくみな連携で僕を少しずつ追い詰めていく。
「ア~ルちゃ~ン。おててからぶった切りましゅかあ? ちょっと痛いけど大丈夫。すぐに痛くなくなるからね~。いい子でちゅからいっぱい泣いて、ママンの名前叫んでいいからねえ? それとも、バイエルパパ~って叫んじゃう?」
バイエルの耳障りな声が僕を苛立たせ、焦らせる。誤算だ。せめて、師匠と一緒に戦うべきだった。
踏みにじられた花壇を目の端に捉える。……あんな事をされて、僕は何を冷静にしているんだ。
8年前のある晴れた日を思い出す。姉弟4人で花の苗に水をあげて、いつか咲き誇るその日を『楽しみだね』と笑い合った。それを思い出した時、何故か視界がかすんだ。
そのかすんだ視界の先に目を凝らすと、僕を殺さんと差し出された剣があった。剣が僕に迫る、ゆっくりとスローモーションのように、ゆっくりと。
しかし僕に剣は届かない。代わりにいい匂いがして、僕は戦いの最中なのにどぎまぎしてしまう。
「何だこの女!?」
「まさか、報告にあった女か?」
「いや、あの女は黒髪だ。こいつは違う。赤髪だ!」
目の前には赤い髪。そして抱きしめたら僕の胸にすっぽりと収まりそうな華奢な体。彼女は振り向く。
あの時のように、いたずらっぽい笑顔を浮かべて振り向く。
「ああン? 何だおじょーちゃン」
バイエルの声で騎士の顔へと変わり、剣を交差させたまま、バイエルに顔を向けて彼女は言った。
「ルーンナイト第六席ロッテ・ルーインズ。お前達の……敵だ」