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黄金のヴァンブレイス  作者: 岡村 としあき
第一部 第五章 『8年目のボーイミーツガール』
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四十五話 バイエル・シャウター

 師匠と共に息を殺し、足音を殺して町の中を進む。完全に不審者だ。物陰から物陰へ、音も無く忍び寄り完全に気配を殺す。


 シャナール軍の兵士たちは町の中を歩き回り、警戒を弱めていない。それでもなんとか僕の家の近くまでたどり着くことが出来た。


 ……案外、泥棒が天職なのかもしれない。そういえば、前世でも家の鍵を失くしちゃって、はしごを使って二階のベランダから自宅に入ったときは、何か複雑な気分だった。弟と妹が『お兄ちゃん泥棒さんみたい』と言って嬉しそうだったが、僕は正直ヘコんだ。


 けれど、現世の僕の家はあの家だ。そして、その庭には案の定、町の人々が何人か連れてこられ、それを十数人の兵士が見張っていた。


 シャナール軍の兵士は青を基調とした軽装の鎧に身を固めている。その兵士の中で唯一鎧を付けずに、赤いマントに身を包んだ銀髪の中年男……あいつがこの部隊の隊長なのだろう。鋭い目つきと歪んだ口元、葉巻タバコをくゆらせて、地面に唾を吐く……嫌な雰囲気を醸し出していた。


「バイエル様。町中で女が一人暴れまわっているようですが……」


 兵士の一人が赤いマントの中年男……バイエルに報告しているのが家の塀の隙間から見えた。


「女ぁ? さっさと殺せ」


「それが、なかなか手強く……素手で鎧を砕いたとの報告も……」


 オルビアだ。


「そりゃ、あれだ。ルーンだな。お前、エルドアは初めてだったか? この国の連中はなぁ、バケモノなンだよ。俺達シャナール人には理解できない力を持ってやがる。未開の野蛮人は不可思議な力を持ってンだ。そうだなあ……とりあえず、半分くらいつれてけ。一人で暴れまわってるって事は、どこかにまだ仲間がいるはずだ。もしかしたら、その辺に隠れてこっちの様子を窺ってるのかもなぁ?」


 バイエルがこちらを向き、目が合った……気がした。


「な~ンてね、エルドア『猿』にそンな知恵はねえか、ヒャハハハ。適当にぶっ殺して来い」


「は!」


 兵士はそこにいた半分の人数を連れて、ここを去った。早くカタをつけねばオルビアとて危ないだろう。


「まったく、俺の部下は使えないねえ、メス猿一匹ひねり潰すのに、な~に手間取ってンだか」


「バイエル様。この屋敷で執事を務めていた男を見つけました」


「ン、ご苦労」


 兵士が連れてきたのはアイクだった。唇から血が流れ、目が腫れている……。


「おい、ジジイ。ロイド・エイドスは死ンだのかあ?」


「……もう10年以上前に……亡くなられました」


「ガッカリだなあ。20年前の礼ができねーじゃないか。確か、あいつには孫娘3人がいたよなあ? 娘はどこだ? ジジイの目の前で、ひ孫作ってやろーと思ってたのによぉ」


「お嬢様方は8年前に……」


「はあああああああ? エイドス家全滅ぅ? 俺の怒りはどこに向けたらいいのー? ここかー?」


 バイエルはアイクの右手にたばこを押し付けた。小さな煙が上がり、アイクの顔が苦痛に歪む。


「あーあ。がっかりだなア。がっかりしたら小便したくなって来ちゃったよお。おい、ジジイ。おトイレどちら?」


「玄関の突き当りを右に……行った所に……」


「あー。めんどくちゃい。お、ちょうどいいのがあるじゃないの」


 バイエルの視線の先にはリリアンの花が咲き乱れた花壇があった。……まさか。


「ここでしちゃおっと」


「お、おやめください! その花は……お嬢様方が大切に育てられた!」


 必死にバイエルの体にしがみつき行かせまいとするアイク。だがバイエルはアイクを蹴り飛ばし、その上に唾を吐いた。


「触るンじゃねえよ、エルドア猿が。バイキン入っちゃうだろー? あれ? ていうか~この花、お嬢ちゃんたちの形見みたいなもン? いいねー、ソレ」


 バイエルは花壇の前まで歩き、そこから一歩踏み出した。


「あ」


 リリアンの花が踏みつけられ、ぐしゃぐしゃと潰される。


「俺はこの花がだいっ嫌いなンだよ。『永遠の愛』? 愛で腹が膨れるなら、世界中を愛で満たしてみろってンだ! ヒャハハハハハハ!」


 バイエルは花壇中の花を踏み荒らし回り、真ん中で立ち止ると、ズボンのチャックを下ろした。そして、水のしたたるビチャビチャという、汚い音が辺りに響き渡る。


 花壇は汚される。姉達との思い出が――踏みにじられ、汚された。


「ふー、すっきり。すっきり。おい、例の女、まだ殺せてねーのか? ヒマじゃねーかよ。せっかく本陣から出てきて、こっちの部隊に回ったのに何も面白くねー」


「も、もうしばらくお待ちください」


「そうだなー。ヒマだし、この中のどいつか、殺しちゃおっか。どうせ、エルドア猿だし」


「は? いえ、それは! 必要以上の殺生はなるべく避けるように皇太子殿下がおっしゃられておりまして――」


「あー、あの童貞威張り腐りボウヤか。あれうぜーよな。お、そうだ! いい事考えたぞ。お前、ちょっとこっちこい」


「は!」


 バイエルは手招きして部下の兵士を呼び寄せる。兵士はまっすぐに近寄って行き。


 赤い飛沫を上げて倒れた。


「ば、バイエル様? 何故、私を……」


 バイエルの抜いた剣が兵士を深々と貫き、それを見たその場の誰もが凍りついた。


「捕らえた民間人がー。剣を奪って反逆しちゃいましたー。哀れ、兵士の一人が命を未開のフロンティアで散らしぃ、上司の俺は部下の無念を晴らすため、反逆した民間人を処刑しましたー。めでたしめでたし。こういう筋書き、どうよ?」


 まるでオペラを演じているかのように狂演するバイエル。これが……バイエル・シャウター……ケツの穴どころか、細胞単位で腐ってる。


「悪魔だ……味方を殺したぞ、あいつ……」


 人質の中の一人が呟いた。


「そんじゃあ、このサクセスストーリーの主人公のオーディション始めようかー。主役は……そこのジジイで決まりー!」


 一人で狂ったように叫び狂い、バイエルはアイクに向けて惜しみない拍手を送る。


「じゃー、逝ってみようかー」


 アイクにバイエルの凶刃が迫る。僕は――。


 意識を集中する。草原を走る疾風をイメージして、風のルーンを唱える。靴底に風を収束。音を置き去りにして疾駆する。

 

「グゴボベ!?」


 僕の右肘を顔面に食らい、奇怪な音を発したバイエルの体が花壇の土にめり込む。尿にまみれた土を顔にくっつけて怒りの形相で僕を睨んだ。


「エルドア猿がぁ。おい、お前らこの猿の手足をブった斬れ! 最後に俺が汚して、辱めて、堕して、殺してやる」


「……おトイレは玄関の突き当りを右に入った所だ。さっさと流れて来い、臭いんだよ、お前は」

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