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黄金のヴァンブレイス  作者: 岡村 としあき
第一部 第五章 『8年目のボーイミーツガール』
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四十四話 シュウライ

 しばらく僕はその場に立ち尽くした。だってそうだ。ロッテとの再会。そして、戦い。シャナールとの開戦。ルヴェルドのルーンナイト復帰。


 あまりにも短時間で多くの事が起きすぎた。わずか数時間前。この町にたどり着いたばかりの僕に、今のこの状況が想像できただろうか?


 できるわけがない。ロッテにまた会えた事は嬉しかった。でも、僕を殺すと言って刃を交えた時は、やはり悲しいものがった。シャナールの侵攻によってそれは無くなったものの、今まで通りにロッテと言葉をかわす事はもうできない。


 8年はとても長かったんだ。知らないうちに僕はロッテを傷つけてしまっていたのか。あの時……僕は背中越しにロッテの泣き声を聞いた。けれど、それを振り切った。きっと……ロッテに辛い思いをさせてしまったんだろうな。


 そこに後悔はなかった。なによりも僕の心は怒りに燃えていたから。しかし、ロッテをあそこまで歪ませてしまったのはやはり、僕の責任なのか……。


 ロッテの家庭について聞いた事は無かった。ロッテが川にあやまって落ちてしまった時、彼女の素肌を見た。あれは今でも覚えている。


 服で隠れる場所にはアザというアザがあって……思わず目を背けた。ロッテはいつも川原にいて、僕を待っていた。雨の日も風の日も。そこがまるで自分の家みたいに、いるのが当たり前の様に川原にいつもいた。


 どんな家庭かだなんて、想像するまでもない。僕にとってロッテが太陽だったように、ロッテにとっても僕が太陽だったのかも……知れない。


 あの時ああしておけばよかった。人はそう思って人生がやり直せるなら、と願う。けれども人生にやり直しはきかない。ありのままを受け入れて、それを教訓にし、前に進むしかない。


 前に進もう。今はとにかく、ここを離れることが先決だ。そして、いつか全て終わったらロッテに……。


 そこまで考えをまとめるのに一時間くらいが経ってしまった。いけない。早くここから離れなければいけないのに。


 川原を背にして、みんなの待つ宿に向かおうとした時。


 臭いがした。これは……血の臭い。そして耳を澄ませば、鉄と鉄のこすれあう音が聞こえる。


「……何だ?」


 まさか。こんなに早く国境を突破したのか? ロッテ達は一体何をしているんだ!?


 僕は駆ける。町に急いで戻ると、我が目を疑った。


「シャナール軍……」


 町に待機していたのであろう、騎士達は無残に切り裂かれていた。そして、数人のシャナールの兵士が町の人々に剣を向け、どこかに連れて行こうとしていた。その中にはアイクや、幼少時に見知った町の人々の姿があった。


「クソ!」


 駆け出そうとした時、急に背中を引っ張られ裏路地へと体を引っ張られる。


「少年。軽卒だな」


 オルビアだった。オルビアが右手で僕のエリをつかんで、まるで仔猫の首をつかむようにして僕を路地の奥へと連れて行く。


「まずは落ち着くことだ。ここで君が飛び出しても、町の人々が盾にされる。シャナール人とはそういう奴らだ。一応国際条約では、非戦闘員の命を奪う事は禁止されているが、民間人の命もいざとなれば平気で奪う。この世界で一番優れているのは自分達だと思い込んでる、困った連中だよ」


「オルビア?」


「……自分の母はシャナール人の奴隷でな。ガイザーが己の欲を満たすために『買った』のだ。だが、父が母を連れ出し……まあそういうわけだ。だから、人並み以上にシャナールの知識はある。どんな筋トレが流行っているのか、とかな」


 ここは筋トレに突っ込まないほうがいい。


「じゃあ、オルビアはハーフなのか。エルドアとシャナールの」


「そうなるな。意識した事は無いが」


「ところで、一体何が起こっているんだ? それにどこに……ていうか、降ろしてくれない?」


「ん? 自分は筋トレになるし、構わないんだが」


 こんな時でも筋トレとは恐れ入る。


「アルちゃん!」


「アルお兄ちゃん!」


 路地の奥には師匠とリトが座り込んでいた。


「表で腕立て伏せをしていたら、妙な気配がしたのでな。急に男に剣を向けられたので、ヘシ追ってやったら肉弾戦に持ち込もうとしてきた。やはり、鍛えていてよかった。その男をダンベル拷問してやったらシャナール兵だと言うではないか」


 ダンベル拷問が気になる。


「とりあえず手足を縛って、肥溜めに沈めて来たから他の兵士にばれる事はないだろうが、迂闊な行動は取るなよ、少年」


「その兵士さんに色々お尋ねしたら、数十人規模の部隊で国境を迂回して、誰も通らない森の中を進んできたんですって。えらいわよね」


「敵の狙いは……国境に目を向けさせ、手薄になったここを抑える事……か。進軍ルートが確保できたなら、後続の部隊がやってきてロッテ達が挟み撃ちにされる」


「そうだな。叩くなら今しかないが、相手は人質を取った上にこちらよりも数が多い。全員で乗り込んでも結果は見えている。ならば……」


「誰かが陽動に出て、敵の目をひきつけその間に人質を救出する……かな? 問題は誰がやるかだけど」


「ふ。自分に考えがある。こんなこともあろうかと、秘蔵の筋トレグッズを用意してきた。これをみれば、連中もこぞって筋トレを始めるに違いない。自分で言ってなんだが、この知略、末恐ろしいな」


 言葉が出ない。


「ま、まあ。とにかく、陽動はオルビアに任せるよ。リトはどこかに隠れていて。師匠、行きましょう」


「アルちゃん。人質さん達の場所、わかるの?」


「この町で人質を一箇所に集めてかつ、立てこもるのに最適な場所は一箇所しかありません」


 そうだ。僕の思い出が詰まった場所。僕の産まれた家……。

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