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黄金のヴァンブレイス  作者: 岡村 としあき
第一部 第五章 『8年目のボーイミーツガール』
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四十一話 ガールミーツボーイ

 アルは私を拒んだ。せめて苦しまないよう、楽に逝かせてあげようと思っていたのに……その最後の私の愛情さえも拒んだのだ。


 アルが構えているのはルーンを武器化した物。それによって私の剣は折れ、使い物にならなくなってしまった。だが、剣が折れても私の心が折れることは無い。


 ルーンの武器化。高等技術だ。前第三席ルヴェルド・ジーンですら、その習得に数年を費やしたという。やはり、アルには才能がある。昔はそれが我が事の様に誇らしかった。


 でも、今は――妬ましい。


「ロッテ……僕の望みは一つなんだ」


 望み。一体何だというのか? 8年前からやり直したい? それとも、キスの続きがしたい? さあ、言ってご覧なさい。


「あいつを、殺さなきゃいけない」


 違うのか。アル、愛情の裏返しは憎しみだけどね、憎しみの裏返しは所詮、憎しみなのよ。


「そんな事、私にはどうでもいいのよ!」


 アルの感触が残ったままの唇で、アルを威嚇する。命令? 任務? 同僚の仇討ち? どれも違う。今私がアルに牙を剥いている理由は大義名分でもなんでもない。ただの……私怨だ。


 けれど本当は……自分でも解らない。憎んでいるのか、愛しているのかも。ただ、独りよがりだっていう事はわかっている。けれど、私の中のアルへの8年分の思いが心を暴走させる。


 そもそもが……これは私のアルへの一方通行の思いなのだ。アルからすれば……私はただの友達だったのかもしれない。けれども、5歳の私にとって世界の全てはアルで、アルが世界の全てだった。せめて、この世界で幸せになりたかっただけなのに、神様は私に永遠に孤独をさまよえと言うのか。


 ……幸せになりたい。


 今すぐこんな戦いをやめて、この手を取ってどこか遠い所へ連れて行って欲しかった。2人だけでいられればよかった。そうすれば、ルーンナイトになんて未練はないし、王の后なんて野望もいらない。でも、それは叶わないのだ。アルの目がはっきりとそれを物語っている。


 だから、私は。


 風のルーンを唱え、それを地面に向けて放つ。


 風が舞い、アルの視界を奪う。私はその隙に左から回りこんだ。狙いは――アルが腰にさしていた剣。


 アルの死角をついてその脇をすり抜ける。そして、転がるように走り、川原に落ちていた剣を手に入れ、引き抜きアルの元へ向かう。


 アルの剣でアルを殺す。


 私はアルの背後、右上から袈裟懸けに斬りかかる。


 瞬間、石の剣に阻まれてアルには届かなかった。アルの右手が動く。今のアルは二刀流。先日の賊との戦いを見て、分析したデータが役にたたない。――クソ。


 一刀と二刀。明らかに不利だ。片方を防御に使い、一度攻勢に転じれば左右両方からの斬撃が私を襲う。


「ロッテ。僕は嫌だ。君を殺したくない。だから、解って」


 殺したくない。その言葉で私の頭の中は真っ白になる。手加減されているのだ。この期に及んで。かわいくない奴――。


 再びアルの双剣が私に迫る。


 意識を集中する。大地の壁。早き逆風。私の周りに土の壁と風の壁。二重の障壁が発生し、アルの双剣を受け止める。


「アル、そんな『おもちゃ』じゃね、乙女の柔肌には傷一つ付けられないのよ」


 だが、アルは怯まない。まっすぐに私に視線を向け、障壁に阻まれていた双剣に力を入れる。風の刃がうなり、土の壁がひび割れる。


 アルは一歩前へ踏み出す。そして、とうとう風の壁が石の剣に裂かれ、アルが私に迫った。


 想像以上に――強い。


 再び私は斬りかかる。しかし、使い慣れた剣では無い為か、思うように動かせない。


「ムダだよ、ロッテ」


 アルは二つの剣をハサミのようにして私の剣を受け止める。そして、気が付くとアルの顔が目の前にあった。腹部にアルの肘が入る。


 私はその場に崩れ落ち、アルを見上げるかっこうになった。


「もう、僕を追ってこないって約束してくれないか? そうすればこの場は見逃すよ。もちろん、他のルーンナイトの場合は容赦しないけど」


「ふざけないでよ」


 やっぱり、アルはすごい子だ。私にはもう打つ手が一つしかない。これまで実戦で試したことは一度も無かった。出たとこ勝負。それも、悪くない。分の悪い賭けだ。


 アル、どうなっても……知らないわよ。


 意識を集中する。高き岩山。青き大海。春の嵐……確固たる強大な自然の記憶を掘り起こす。


 ルーンはイメージ。そのイメージが強ければ強いほど、威力は上がり、扱いが難しくなる。


 そして、今私は3属性のルーンを唱えた。


 ――三重詠唱(トライキャスト)。こんな形で……それも、アルに対して使うことになるとは……。


 石と風と水の防御幕を全て左手に収束。左手の感覚が無くなりかける。体にかなりの負担を強いているのだ。気を抜けば私の左手は吹き飛ぶだろう。后になる女が傷物では、私の野望はここで終わりだ。だから分の悪い賭けなのだ、これは。


 さらにイメージを加え、盾にする。ビジュアル的には、美麗なデザインの石の盾の中央部に、青色の宝石――水の塊が形成され、盾の周りを絶え間なく風が渦巻いている。と言った感じか。


 これは『イージスの盾』。敵から、色んな嫌な物から私を守ってくれる盾。私を拒む全ての物から私を守ってくれる盾。


「いくわよ、アル……」


 アルの剣を右手に、盾を左手に構えた私は左半身を前に出す。


 盾を前面に押し出し、そのままアルにぶつける。アルは、双剣でこれを受け止める。


 受け止めた瞬間。アルの体は面白いくらいに吹き飛んだ。そうだ。これは、攻撃を防ぐ盾ではなく。跳ね返す、鏡。


「いい気味ね、アル。私はルーンナイトなの。そして、いずれこの国を動かす女になるのよ。その私が、こんな所で倒れるわけには行かないの。あんたとの繋がりも今日ここで全て断ち切って、私は前に進むわ」


 アルは立ち上がる。その目には何の迷いもなかった。いいわ、何度でも来なさい。


 アルが跳躍する。空中から迫るアルに盾を向ける。石の剣が盾に直撃した瞬間、間髪空けずに風の剣をさらに打ち込んでくる。


 私の障壁を破った時とは逆だ。石の剣は土くれになり、風の剣は大気となって霧散する。アルはその反動を受けて体を地面に横たわらせる。すぐにまた立ち上がろうとするが、膝を付いたまま動かない。


「終りね、アル。楽しかったわよ、最後にステキな時間をありがとう。今度は来世で……また会いましょう」


 最後の瞬間。私の視界がかすんだ。何故かは解らない。


 ああ、そうか。泣いてるんだ、私。


 でもこれは、嬉し涙? 悲し涙? 一体何の涙なの?


 かすんでいた視界を元に戻し、アルを見る。


「ロッテ……逃げろ」


「何を言っているの? 理解できないわ」


 アルの体が小刻みに震えている。そして、右手が黒く変色……いや、右手に黒い霧が集まっている。


「逃げろ! 僕の中の闇が這い出てくる前に! 闇のルーンが……ロッテの心に反応してる……のか? くそ、抑えられない! 早く逃げろ、ロッテ!!」


 その言葉を最後に、アルは気を失い、地面に横たわる。一体何が起こっているのか?


 膝が震えた。


 私の中の憎しみとも愛情ともつかない感情は、それを見た瞬間に恐怖へと一瞬で切り替わる。


 倒れたままのアルの右手から黒い何かが這い出て、それが昼間にもかかわらず黒く光っていた。


 なんというおぞましさ。周囲の動物も恐れをなしたのか、水のみをしていた鳥達が一斉に飛び立った。


 この感覚には覚えがある。


 8年前――あの赤いローブの人物。黄金のヴァンブレイスと対峙した時に感じた、あれだ。


 恐怖で私の頭はいっぱいになる。


 闇が――来る。

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