四十話 ボーイミーツガール
エリオは元気よく風のように去って行った。その後姿をしばし眺め、僕は思い出す。そういえば、まだ立ち寄っていない思い出の場所があった。
ロッテと出会ったあの思い出の川原。僕は誘われるように川原へと足を運ぶ。
この町に着いたのが比較的早い時間だった為、今はまだ昼過ぎ。もう少しでお茶の時間といったところか。そうだ、あの日も昼過ぎだったかな。
やがて僕は川原に着き、人影を見つける。赤く長い髪。川面を見つめている、あの後姿には見覚えがある。この前の騎士の子だ。
偶然もあるものだ。僕はその後姿にゆっくりと近づく。
「お久しぶりですね、この町で働いていた騎士さんだったんですか?」
少女は振り返らず、背中を向けたまま答える。
「ええ。先日着任したばかりです。あなたこそ、どうしてここに?」
「僕の思い出の場所なんです。初めてできた友達との思い出の場所……かな? どうしても、見ておきたくて」
「そのお友達。今はどうしているの?」
「解りません。けど……」
一呼吸おいて、ロッテの笑顔を思い浮かべる。
「きっと、念願が叶って今は楽しく暮らしてるんじゃないかな。僕なんかと違って」
「そうかしら?」
「え?」
少女の肩が震えた。
「その子はきっと、今も泣いているわ。だって、捨てられたんですもの。あなたに」
「僕は……捨ててなんか……いないよ。僕と一緒にいると彼女に迷惑を掛ける。彼女には僕がいない方が、いい。だって、彼女は……ロッテは、いつでも輝いてたから」
「いつでも? そう、じゃあ今の私は何なのかしら」
「君は……」
少女は震えを止め、こちらに振り返る。
「私は今も泣いている。あなたに捨てられた8年前から、ずっと、ずっと、ずっとよ! 輝いて見えるのは、光を受けていたから。私一人では輝けない。私は月なの。アルフレッド・エイドスの、太陽の光を受けてしか輝けない」
「ロッテ……なの?」
「太陽は沈んだまま、昇ってこない。だから、私は輝けない。一人暗闇で静かに生きている。こうしてね……」
ロッテは左腰の剣を抜いて僕に向ける。
「ちょっと……待ってよ! どうして、どうしてそんなこと、ロッテ――」
「気安く私の名を呼ぶな!」
殺気を感じた。ロッテから。僕は信じられなかった。
「今の私は、ルーンナイト第六席ロッテ・ルーインズ。お前の……敵だ」
斬撃。初めて出会った時とは違う。本物の剣で。僕の肩すれすれにそれが振り下ろされる。
「あんたはガイザー・ドルベンを殺した。この薄汚い人殺しが! せめて私の知っている優しいアルのままで……私の手で殺してやる!」
横からの一薙ぎ。僕はそれを後ろに下がって、回避する。太刀筋にまったく迷いが無い。完全に僕を殺す気でいるのだ。ロッテは……。
「聞いてくれ、ロッテ! ガイザーはヴィーグの街で――」
今度は刺突。無数の銀色の光の残滓が静寂に包まれた川原に生まれる。
「ガイザーがシャナールと繋がっている? 戦術級クレストを密造していた? 知っているのよ、そんな事は! あんたのした事はムダなのよ! シナリオが用意されていたのに、それをブチ壊してくれた! あんたがアルバーブの人間に接触さえしなければ、あんな悲劇が起こる前にカタをつけれたのに……あんたが殺したも同然なのよ!」
喉がカラカラに渇く。僕が現れなければ、カリンもシャイドさんも死ぬことは……無かった?
その一瞬の戸惑いが、ロッテの突きを左腰に受け、腰に帯びていた剣を弾かれる。
そして距離を一瞬で詰められ、ロッテの……14歳になって大人びた顔になった少女の顔が僕の鼻先にあった。
熱い。
斬られた?
いや、違う。
僕はどこも斬られていない。
熱さを感じているのは……唇――。
ロッテと目が合う。目が離せない。初めて感じた柔らかい女性の唇……しかし、その悦楽に浸る間もなく、僕は仰向けに倒され、腹部を踏みつけられる。
「こんな関係にさえならなければ、いくらでも続きができたのにね。愛してるわ、アル。殺したいほど……だから、死んで――」
死ぬ? ロッテの剣が僕に迫った。僕にはそれを受け止める術はない。かわそうにも、ロッテの足が僕の腹を押さえており、逃げることも敵わなかった。
死んだら……どうなるのだろうか? また生まれ変わるのだろうか? それとも、輪廻の輪から外れて僕も永遠をさまようのだろうか?
アイクの言葉を思い出す。姉達は僕を愛してくれた。とても、とても。僕はそんな姉達に何の恩も返していない。
僕に出来ることは何だろうか? 仇を討つこと。そうだ。僕は黄金のヴァンブレイスを殺さなきゃいけない。その為には何を犠牲にしてでも、とあの日決めたはずだ。
何を犠牲にしてでも。それが友達であろうと。何であろうと。
気が付くと、ロッテの剣が折れて、後ろに下がっていた。
僕はゆっくりと起き上がり、二つの剣を構える。
「ロッテ。引いてくれ。僕は死ねない。やらないといけない事があるから」
覚悟を決めよう。カリンの墓前でも覚悟したのだ。いずれこうなる時が来ることを。ロッテがルーンナイトになったのならば、可能性の一つとして十分考えられたじゃないか。
僕は無意識の間に除外してしまっていたのだ。ロッテが僕の敵になるなんて事ないって。
甘さは弱さ。右手の風の剣と左手の石の剣をクロスさせるように構える。ルヴェルドのモノマネだ。風と大地のルーンの武器化……二振りのルーンソード。
「アル……!」
ロッテの目が容赦なく僕を睨む。どうやら、もう、引き返すことはできないらしい。
「いくよ……ロッテ」