三十九話 キャッチボール
登場人物紹介
オルビア・ガーランド
15歳。元騎士。筋トレをこよなく愛するマッスルガール。
破壊的な力を持っているが、外見は年相応の女性の体つきで
決して筋肉ムキムキというわけではない。
ガイザーに仕えていたが、彼の重ねてきた悪行を以前から黙認してきており
自分の両親を黄金のヴァンブレイスに依頼して殺害させていた事から離反。
アルと行動を共にするようになった。
アルの大腿四頭筋がお気に入りらしい。
8年経ったらきっと浦島太郎の様な感覚に陥って、右も左も解らないんじゃないかと不安もあった。けれど、全然そんな事はなくて、僕の中の記憶そのものの風景が広がっており、まったく変わり映えしなかった。
「帰ってきたんだ……」
僕の前には、大きな家があった。僕が生まれて、6年間父や姉達と過ごした思い出の場所だ。そして、ここから僕の旅が始まった。
寂れた様子は無い、きっと新しい領主が今もここに住んでいるのだろう。ちゃんと庭は手入れされていて、大輪のリリアンの花を花壇一杯に咲かせている。僕がリリアンの花を知っていたのは、姉達がこの花が好きで、花壇で育てていたからだ。
父は厳しい人だったから、姉達もよく怒られていた。そんな時、ここから一輪花を摘んで落ち込んで泣いている姉に手渡す。すごく喜んでくれたものだ。
……あとで他の姉が、『ひいきだ』とふて腐れるので、必ず残りの二人にも渡しておくのは忘れない。……食べれるのだという事は最近知った事実だけど。
僕は、家を背にして墓地へと向かう。墓地の一番奥にはエイドス家代々の墓があり、そこに姉達も埋葬されているらしい。
ルヴェルドが『姉さん達に顔を見せて来い』というので、他のみんなと別れ、一人墓参りに出向いていた。
目的の場所にたどり着くと、一際大きな墓の前には老人が一人、祈りを捧げている光景が僕の目に飛び込んできた。
「おや?」
彼は僕に気付き、顔を向ける。その顔には見覚えがあった。執事のアイクだった。8年経った今は白髪交じりだった髪も、完全に白一色になり、それだけの歳月を経たのだという事を再び実感する。
「こんにちは」
「こんにちは、あなたも、先代領主様ご一家のお墓参りですかな?」
アイクは僕の事を覚えていないらしい。いや、幼少期の僕から今の僕を連想し、僕だと解るほうが難しいか。
「はい」
「とても、むごい事件でしてね……旦那様と3人のお嬢様が亡くなられて……まだ6歳になったばかりのぼっちゃんも行方不明になってしまわれて……」
アイクは墓を見つめ、泣いていた。
「3人のお嬢様はぼっちゃんをとても可愛がっておられてね、3番目のセレーナお嬢様はぼっちゃんが産まれた日。それまで嫌いだったピーマンとニンジンを残さず食べて、『今日からはお姉さんになるから』と言ってわがままだったところを少しづつ直されたんですよ」
セレーナ姉さん……。
「2番目のレイナお嬢様はよく泣く子だったんですがね、早くにお母様を失くしたぼっちゃんを悲しませないために、泣くのをぴたりとやめて、元気に笑う子になったんです」
レイナ姉さん……。
「一番上のフィーナお嬢様は、母親を失くした兄弟達の母親代わりになるために、色々と我慢なされました。本当はもっと、外に出て遊んだり、年相応に恋もしたかったでしょうなあ」
僕はただ黙ってアイクの言葉に耳を傾けた。
「きっとぼっちゃんが今もお元気にされていたら、あなたの様な立派な少年に育っているのでしょうが……悲しいですな。先に逝くのはこの老いぼれの私のはずですのに……」
「大丈夫。その子は今も生きていますよ。悲しいこともあるけど……きっと元気です」
本当は『アルフレッドだよ』と言いたかった。でも、言えないんだ。すべてを終わらせる時まで、僕は……。
アイクは僕の言葉で笑顔を見せ、その場を去って行った。ごめんね、アイク。
しばらくその場で黙って立ち尽くした後、墓地を出ようとした。その時だった。
風を切る音。まっすぐに僕目掛けて飛んでくる。もう来たのか? 僕を殺すために来たルーンナイト。
そっと腰の剣に手を添える。思考を戦闘へとシフトさせ、僕に迫る物体に振り向く。
「ごめんなさーーーい!」
飛んで来たのは、矢でもなければ、ルーンでもなく……ボールだった。皮でできた掌サイズのボールを右手でキャッチし、声のしたほうに目を向ける。
小柄な少年が息を切らして僕のところに駆け寄ってきた。
「それ、ぼくのです!」
リトと同い年くらいの少年が、僕の目の前にやってきて、右手を前に出した。これは彼の物らしい。
そっとその小さな手に、ボールを握らせる。少年は満面の笑みを浮かべて僕に頭を下げた。なんだか、子犬のような子だ。黒い髪と半袖と半ズボン。元気印という言葉が似合いそうな少年。
「お兄さんはこんな所で何をしているの?」
「お墓参りだよ。君こそ、こんな所で遊んでたら危ないよ。川原とか、他に友達と遊べるところあるでしょ?」
「ぼく、友達いないから……お父さんの仕事の都合で最近ここに来たんだ。だから、一人で遊んでたの」
友達……一人……ふと、ロッテと出会った時の事を思い出す。あの時の僕も一人だった。でも、ロッテと友達になって二人で楽しく遊んだっけ。
「ねー。お兄さんヒマでしょ? 絶対ヒマだよね? ううん、ヒマな顔してる! だから、ぼくと遊ぼうよ!」
「え?」
答える間もなく、少年に手を引かれ、墓地から少し離れた原っぱでキャッチボールをする事になった。
「いくよー!」
「いいよー」
少年が投げる。僕がそれを受け取る。僕が投げる。少年がそれを受け取る。何年ぶりだろうか? キャッチボールをして遊んだのは。前世では弟とよくキャッチボールをして遊んだっけ。
ひとしきり遊び疲れた僕らは、原っぱの上で寝転がる。
「ぼくね、昔のこと覚えてるんだ」
唐突に少年が口を開いた。昔を覚えている? そりゃ、10年生きていれば、小さかった頃の事も覚えているだろう。
「あ、違うよ! ぼくがちっちゃかったころの話じゃないよ! もっと前の話なの」
「もっと前って?」
「うん。たぶん、前世っていうのかなー。はっきりと覚えてるわけじゃないんだけど、お兄ちゃんがいてね、よく遊んでもらったんだ。さっきみたいに」
「そうなの?」
驚いた。ロッテ以外に前世の記憶を持つ人間に出会ったのは初めてだったからだ。
「でもね、ぼく。知らない男の人に……殺されちゃったんだと思う。お母さんのアイジンだとか言ってた。妊娠してた女の人をケガさせて逃げてるとか言って……その日はお兄ちゃんの誕生日だったのに……。ぼく、すごく怖かった」
少年はそこで口をつぐんだ。そして立ち上がる。
「お兄さんが初めてだよ! ぼく、誰にも言ったことがないから」
「どうして僕に言ってくれたの?」
「お兄さんも、ぼくと一緒だったから」
「え?」
そう言って少年は僕の鳩尾あたりを指差す。
「お兄さんの魂。かわいそうな位、傷だらけだね。ぼくには見えるんだよ人の魂が」
言葉が出てこなかった。
「あ、ぼくそろそろ行かなきゃ! 大事な用事があるんだ! またね!」
「待って、君。名前は?」
「エリオだよ! またね、アルフレッドさん!」