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黄金のヴァンブレイス  作者: 岡村 としあき
第一部 第四章 『ロッテ・ルーインズ』
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三十七話 キンイロノカゼ

 私が旧エイドス領を領地として希望したのには、二つの理由があった。


 一つは、私の出身地であること。これは大きい。地元出身の私がルーンナイトになって帰ってくる。きっと他の領地よりも仕事がやりやすいだろう。


 もう一つは、エイドス領はシャナールに一番近い領地である事だ。両国との国境では小競り合いが耐えない。実際、20年近く前に侵攻を受けた際にもエイドス領が真っ先に攻められ、それを撃退したのがエイドス家の先々代当主であり、当時ルーンナイト第1席であったロイド・エイドス……つまり、アルのおじいさんだ。


 戦争の機運は高まっている。シャナールとの戦いが始まるのは時間の問題であった。おそらく、2、3年以内……いや、もしかしたら比較的早い内に……だからだ、私は早く戦場で武勲を立てたい。シャナールから領地とそこに住まう人々を守り、敵を撃退する。私の株も上がるだろう。


 しかし、それがまさか……アルと……戦う事になるとは思いもしなかった。ガイザーを殺したアル……一体、何故そんなバカな事をしたのか。最後に見せたあの時のアルの顔を思い出す。あれはアルじゃない別のアル。きっと……8年経った今は、私の知らない恐ろしいアルになってしまったんだ。


 風と一つになって駆ける馬。私は馬上で色々な思いを巡らせていた。荷物はすでに馬車で運んでもらい、私は一人自分の領地に向かっていた。


 最低限の荷物と身一つ。一人を選んだのは、この道中で気持ちに整理をつけたかったからだ。


 それに、お忍びで自分の領地を見ておきたかった。派手な迎えも歓迎会もいらない。8年経ったあの土地を肌で感じ目で見て、ありのままを受け入れたい。


 夕暮れの林を駆けながら、もう一度アルの事を考える。


 ……今の私達が街中で出会っても、おそらくお互い気付かないだろう。ルーンナイトになった私。野望の為に仮面を被り、自分の心を誤魔化してきた。そんな私を私だと解るはずもない。


 復讐に取りつかれ、醜い殺人者となってしまったアル……。


 ガイザーは下衆とはいえ、アルは人を殺したのだ。しかし、これは運命なのかもしれない。誰か他の者の手に掛かる前に……私の手でアルを……私の知っているアルのままで……殺す。


 あまりに深く自分の世界に入り込んでいたせいか、私はそれに気が付かなかった。わずか数メートル先にはられたロープ。地上から50CMくらいの高さに張られている。


 まずい。そう思った時には遅かった。必死に手綱を握り減速させようとしたが、時すでに遅し。馬はロープに足を取られ、その上に乗っていた私も転倒してしまった。


 林の湿った土の上を転がり、しゃりしゃりとした物が口内に侵入する。


 とっさに受け身を取ったおかげで軽い打撲程度で済んだが、馬は頭を打ったのか動かない。呆けている暇も無く、風を切る音が聞こえ、剣を抜いてその方向に振るう。


 死角から飛んできた矢を切り落とし、精神を集中させる。木々の影に隠れて気配を殺しているが、間違いない。


「……出てきなさい。私はここよ、逃げも隠れもしないわ」


 その声で隠れていても無駄と悟ったのか、十数人の男が姿を現した。


「騎士様よお、哀れな俺たちに恵んでくれや。有り金と、荷物と後……」


 男の一人が私のスカートの下を見て嫌らしい笑みを浮かべた。まったく。この類の輩はこの世界に吐いて捨てるほどいるらしい。


 たぶん、こうしてここを通る商人や旅人を襲っているのだろう。手際のよさと、簡単に姿を現した事から場慣れしているようだ。


 男達は皆、薄汚れたボロを身に纏い、剣を手にして私を見て舌なめずりをする。私を食ってみろ。食中毒じゃ済まさないぞ。


「久しぶりの上物じゃねえか。今日は俺から楽しませてもらうぜ?」


 再び剣を構え、戦闘状態に思考と体をシフトさせる。斬りかかろうとした瞬間。いきなりだ。いきなり金色の風が私の前をかすめていった。


 男の体から腕が無くなり、他の男も次々倒れていく。


 金色の風の正体は少年だった。長い金色の髪は肩まで伸びており、それが少年の動きに合わせてふわりとなびく。サラサラした金のカーテン、そんな印象だった。


 呆気に取られていた私を他の男が襲いかかってきた。咄嗟に剣を繰り出し、男の腹を横に斬る。少年もまた、剣を男の肩に突きつけ戦闘力を奪う。


 容赦のない太刀筋。殺すことに慣れている。年は私と同じくらいなのに、相当な数の『殺し』を重ねてきたのだろう。その足運び、間合いの取り方、構え……。


 どこかで見覚えがある。カウフ流双剣術――。ただし、彼は両手に剣を持っていない、一刀流だった。おそらく、自己流にアレンジしているのだろう。


 剣術としてでなく、純粋な殺人技術(しょうばいどうぐ)として。


 圧倒的な強さ――。もしかしたら剣術は私を上回るかもしれない。あるいは他のルーンナイトと比べても、遜色ない戦闘力か。


 気が付くと、彼は全ての賊を切り伏せ私の前まで来ていた。


 目が合う。


 ――アル!? いや、違うこれもまた、いつもの私の悪いクセだ。金髪の少年を見るたびそう思ってしまうのは、私の中のアルへの愛情からなのか、憎しみなのか、あるいはその両方からなのか。


「大丈夫ですか?」


 少年は優しく微笑んだ。辺りはすでに暗くなっているというのに、彼の笑顔は暗くなっていた私の心を照らした。


 デジャブ。言ってみれば、真夜中の太陽。金色の光。けれどこれも私の悪いクセが招いた幻覚だろう。


「ありがとう。大丈夫です、あなたこそ、お怪我は?」


「ありません。それより、早くここを離れたほうがいいでしょう。村が近いとはいえ、いつまでもこんな暗がりにいるのは危険だ。よかったら僕が送りましょうか?」


 紳士的でとても好感が持てる少年だ。私の事をかなり気にしているらしい。


「私なら、大丈夫。これでも騎士ですから。あなたこそ、早くお行きなさい」


 少年は名残惜しそうだったが、やがて背中を向けると去って行った。ふと、遠くで声がした。


「少年、そんなに急いで一体、どこへ行っていたんだ? まさか、秘密の筋トレか!? 自分に黙って……これは負けていられないな」


 少女の声が暗闇の向こうから聞こえてくる。きっと少年の連れなんだろう。もしかしたら、恋人なのかもしれない。


「オルビアさん……僕の事は名前で呼んでって、言ったでしょ?」


「む……そうだったか? では、どこの筋肉で呼んで欲しい? 僧坊筋か? 腹斜筋か?」


「だから、僕の名前はアルフレッド・エイドスですってば」

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