三十六話 ツノルオモイ、ハツシゴト
私がルーンナイトになって数日……突然、緊急招集がかかった。私は登城する準備を済ませ、城下街に出る。ルーンナイトになれば希望する領地を与えられるのだが、選定会の事後処理やら、引継ぎでまだ騎士団時代の宿舎に寝泊りしていた。
エルドア王国。王都エルディアは中央に王城がそびえ立ち、その周りを強固な城壁と深い堀で囲っている。そしてその周りを囲むように4つの区画が整備され、商業区、工業区、農業区、住宅区が存在し、またその4区画を取り囲むように高い石の壁で覆われている。
私の宿舎も、住宅街の一番外れ……王都の入り口近くにあった。整備された道を歩き、城を目指す。緊急召集とはいえ、戦いに行くわけではないので軽装だ。
胸当てとマント……下は膝丈くらいの紺色のスカートという出で立ち。もちろん、左腰に剣を帯びている。
腰まで伸びた私の赤く長い髪が王都の風に揺られ、スカートがふわりとなびく。街を歩けば行く人全てに声をかけられ、握手やサインを求められてしまった。
どうやら巷ではちょっとしたアイドル扱いらしい。中には息子の嫁になってくれなんて、頼んでくる人もいるから困った。
でも、これはこれで悪くない。着実に私という存在が民衆に定着して行っている。私の野望に一歩近づいている。
ふと、住宅街の真ん中でめかしこんで緊張した面持ちの少女が目に映った。あたりをせわしなく見回し、誰かを待っている……恋人を待っているのだろうか?
私は少し気になったので、そっとその様子を観察してみた。
少女が私を見つめ、安堵と喜びの混じった表情で見つめる。すると、後ろから足音がして私の脇をすり抜け、金髪の少年が少女の元へ駆けつけた。
その少年の横顔を見て私は凍りつく。そして、その名前を口にした。
「アル!」
少年は振り返り、非常に驚いた様子で私を凝視する。
「は、はい。確かに僕はアルフォンスですけど……」
アル違いだった。それによく見てみればアルとはぜんぜん顔のつくりが違う。平々凡々を絵に描いたような顔だ。アルは……もっと愛らしく笑う。もっと……。
私の悪いクセだった。同年代の金髪の少年を見ると、全てアルに見えてしまう。そして、その度にアルへの思いを募らせ、絶望し、暗い感情を胸の奥に力いっぱい押し込む。
愛情、絶望、憎しみのサイクルを8年間頭の中で繰り返してきた。その度に私は、自分の野望を思い出し、アルへの思いを頭から排除する。
落ち着きを取りもどし、前を見ると、少年は少女と手をつなぎ、商業区へと歩き出していた。きっとこれからデートなんだろう。
あれが……私とアルだったなら……? あったかもしれない、夢の様な日々。しばしその背中を呆然と眺めていると、悲鳴と共に中年の男が少女の荷物を奪い取って、こちらに向かってきた。
「どけ! ぶっ殺すぞ!」
ご希望通りに体をどかす、ただし、左足をそこに残したままで。私の左足に引っかかり、男は前のめりに倒れこみ気を失っていた。奪われた荷物を男から取り上げ、怯えていた少女に手渡す。
少女は涙ながらに私に感謝の言葉を述べる。その横で少年は、尻餅をついたまま目に涙を浮かべていた。
やっぱり、違う。アルはこんな風に腰を抜かしたりしない。アルなら……私を助けてくれる。手を取って私を引っ張ってくれる。優しく、力強く。そう、初めて出会ったあの時の様に。
アル……アルは今……どうしているだろうか? いいや、だめだ思いを募らせては。私は野望を思い起こし、引ったくりの男を近くにいた兵士に任せ、城を目指した。
「あ~ら、ルーインズちゃんじゃなあい。感心感心。ちゃんと遅れずに時間通りだわね。おネエさん、関心しちゃう」
会議室の扉を開けるなり、声をかけられた。
「おはようございます、ファイゼル卿」
「ルーンナイトの女子は私達二人、力を合わせて頑張りましょうネ」
野太い声でルーンナイト第三席。ベルゼリオ・ファイゼルが私の両手をがっしりとつかむ。長髪とヒゲ……そしてヘソ出しスタイルの服装。私は『彼』が苦手だった。
「気持ちワリイんだよ、ベルゼリオのカマ野郎。いつまで生きてやがる。脳天ブチ抜いてブタのエサにすんぞ、アア?」
「やめないか、ブランディッシュ。見苦しい所をお見せしました、ファイゼル卿。ルーインズ卿。朝早くから申し訳ありません」
「バルディッシュの兄貴……。てめえ! よくも兄貴に頭下げさせやがったな! 脳天ブチ抜いてブタのエサにすんぞ、アア?」
バルディッシュ・ハーンとブランディッシュ・ハーン。彼らは双子で、兄のブランディッシュが第四席。弟のバルディッシュが第五席……。
よくキレるほうが兄のブランディッシュ。聡明で知的な方が弟のバルディッシュ。しかし、何故か彼らの間では兄と弟が逆転している。
戦場では共に『銀の悪魔』と呼ばれ、普段は『双天使』と呼ばれている。天使は戦いになると、その皮を内側から食い破り悪魔の本性をさらけ出す。
美しい外見と銀髪。戦場での残虐さから、彼らは敵味方問わず恐れられ、その名が付いた。
「ふむ、これで全員だな」
第二席、ドルイド・ハーケンが私達に目を向け、席に着くよう促す。誰も皆、ドルイドの覇気に圧され、『双天使』もオネエさんも、沈黙して席に着く。
顔にX字の傷……百獣の王が如き双眸で、見るものを威圧するドルイド。
「第一席……エリオ・ハーケン様は王命で動かれている。これで全員がそろった」
狭い会議室に5人のルーンナイトが集められ、『全員』となった。内一人、ドルイドの身内、エリオは別命で出ている。これで全員?
「質問質問~ガイザーちゃんが見当たりませ~ん」
「ハゲ過ぎて死んだんじゃねえ?」
「失礼だよ、ブランディッシュ。彼だって好きでハゲているわけではないんだから、ね?」
お前も失礼だろ、バルディッシュ。
「第七席ガイザー・ドルベンは先日死亡した。何者かによって殺された可能性がある」
途端に笑い出す、バルディッシュとブランディッシュ。
「きひゃははははは! あいつマジで死んだのー? やべえ、腹いってえええ」
「ダメだよ、ブランディッシュ。そんなに笑っちゃ、彼だって精一杯戦って虫けらの様に死んだんだから、ね? くひゃははははは!」
『双天使』は『銀の悪魔』へと豹変する。
「けどまあ、問題じゃないの? ルーンナイトが一人殺されちゃうなんて。彼の代わりなんていくらでもいるけど、末席とはいえ、ルーンナイトだし」
ガイザーが殺された。一体誰に?
「ガイザーはシャナールの一部とつながっていた。我々の情報を流していた事実がある。といっても、ニセモノだがな。あやつを泳がせてしっぽをつかむつもりだったが……」
「生簀の中の魚は、急に空から現れた鳥に食われた……という事ですね?」
「そうだ、ルーインズ卿。どこの誰だか知らんが余計な事をしてくれた。ガイザー如きの命など、取るに足らないものだが、ルーンナイトの面にドロを塗ってくれた礼はせねばならん」
そう言って、ドルイドは立ち上がり一言冷たくいい放った。
「第二席、ドルイド・ハーケンの名の下に命ずる。ガイザーを殺し、ルーンナイトの名を辱めた者を探し出して……殺せ」
全員に戦慄が走った。ドルイドの目は殺気に満ちていて、まるで私達全員を殺すと言っているように聞こえてしまう。
いや、殺さねば、代わりにお前らを殺すという脅しでもあるのだろう。それほどまでにガイザーを失った事はルーンナイトにとって、屈辱なのだった。
「首謀者は、一体どのような者なのですか?」
私は気になって聞いてみた。
「うむ。ヴィーグにて目撃された情報を照らし合わせると面白い人物が浮かび上がってな」
「面白い?」
「8年前、ずっと行方不明になっていたエイドス家の長男。アルフレッド・エイドス」
「アル……エイド……ス?」
どうして、ここでアルの名前が?
「そやつの犯行に間違いあるまい。しかも、情報によると奴は旧エイドス領……お前が希望した領地に向かっておるとの事だ」
「あらん。じゃあ、ルーインズちゃんの初仕事かしらん?」
「は! 代わりに俺がやってやろうかあ?」
「ルーンナイト第六席ロッテ・ルーインズ卿」
気が付くと、皆の視線が私に集まり、ドルイドと目が合った。
「はい」
「アルフレッド・エイドスを殺せ」